月と太陽

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10話

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 部活中、フェンス越しに智充たちと帰宅する日陽が見えた。練習とはいえ試合中だったため、しっかり見ることはできなかったが、那月の脳裏に楽しそうにしている日陽が浮かぶ。友人と一緒なのだから普通のことだと思いつつ、胸が疼いた。

 俺だけを見て欲しい。
 俺以外に笑顔を向けないで欲しい。
 俺だけの日陽でいて欲しい。

 ともすればそんな風に考えてしまう。那月は自分がこんなにも独占欲が強いなんて知らなかった。日陽とつき合う前も、智充に嫉妬したり隙あらば日陽が自分を見てくれるよう心を砕いてはいたが、いざつき合うとここまで明らかに理不尽なほど独占欲を募らせるとは思っていなかった。

「お前どうかした? 怖い顔してんぞ。疲れたとかか?」

 部活が終わり部室で着替えている時、隣にいた友人が話しかけてくる。

「そうかも」

 ハッとして那月は笑顔で返す。

「まぁ、今日ハードだったもんな。帰りどうする?」

 苦笑しながら納得している相手に、部活での疲れは全くないながらも那月は話を合わせる。

「まぁね。あーうん、疲れたし普通に帰ろうかな」
「確かにな。他のやつらも皆帰るっぽいし。……そいや生徒会ってまだやってんのかな」
「どうだろ。ああ、夏川の双子のお兄さん、生徒会だっけ。一緒に帰るの? 仲いいね」
「っち、ちげーよ。あ、いや生徒会やってんのはマジだけど別に一緒に帰るとか別に」

 テニスしている時は颯爽としているはずの相手が妙に動揺しているのを見て、那月はあまり突っ込まないほうがいいかなとただニッコリ笑った。

「ハードだったけど思ったより早く終わったし、この時間なら生徒会の人もまだいるかもだね。とりあえず俺、帰るよ。バイバイ」

 校門を出るまでは、まだ残っている友人とすれ違ったりして携帯を弄れなかった那月は、学校を出て軽い坂になっている道を歩きながらようやく日陽への文字を打った。少しすると返信が来たが、日陽はまだ家に帰っていないようだった。智充たちとカラオケ店にいるらしい。

『お前も来る?』

 気軽に聞いてくる日陽の文面に、那月は口元を少し歪めながら笑った。ますます胸にモヤモヤとしたものが広がり、そして蠢く。
 独占欲が強くなっていることには驚いているが、昔から自分の負の部分はそれなりに把握しているし、あえてさらけ出そうと思ったことはない。何でも思ったことを口にして楽しい思いをしたことはないし、口にしないほうが円満にやっていけるということをすでに小学生の頃、把握している。それもあり基本的には笑顔で対応という名の誤魔化しをしているが、それに関しては多少バレてもさほど気にならない。
 だが、那月が今抱えているこの燻った気持ちだけは日陽に知って欲しくないと思っている。日陽の親友に対して嫉妬し、ドロドロした思いを抱えている自分など、知って欲しくない。
 普段は日陽に対しては、これでも那月は自分をさらけ出しているほうだった。それでも日陽なら受け入れてくれると知っていたし、そんな日陽だから大好きだった。

 ……この気持ちだけは、でも絶対駄目だ……。

 ただ、知って欲しくないけれども自分だけを見て欲しい、などと勝手なことは思う。
 中学の頃、同じクラスになった日陽と話が合い、仲よくなった。もちろん最初は友人として好きだった。そんな日陽の一番近くにはいつも智充がいた。日陽が一番先に頼るのも、相談するのも、ふざけ合うのも何もかも智充だった。
 ただの友人だとしてもそんなことに対して嫉妬はするのだろうか。恋愛感情がなかったとしても、友人としてイライラしたりするのだろうか。那月にはわからない。二人に対して嫉妬する自分の気持ちが、日陽に対して恋しているからだと早い段階で気づいたからだ。
 気づいても、最初は素直に自分の気持ちを受け入れられなかった。戸惑い、何かの錯覚か間違いだろうと彼女を作ってみたりもしたが、結局は自分の気持ちに対して誤魔化しようがなく、別れた。
 認めると余計につらかった。男同士という不毛な思いを抱えるだけでも心にのしかかってきたが、それよりも那月にとって日陽と智充の仲がつらかった。
 もちろん、疑ったことなどない。二人は本当に仲のいい、ただの幼馴染でしかない。そこに恋愛感情がないことくらい那月にもわかる。
 ただ、どうしようもないのだ。日陽の一番が自分でないのだろうなと気づかされるのが。今は違っても、いつかあの二人が那月のような思いを抱えないと言い切れないことが。
 普通なら親友で男同士だというのにあり得ないと思うかもしれないが、現に友人だったはずの那月は日陽を好きになった。
 それでも今までは友人という枠でいたからか、ずっと何とかやってこられた。つらいことはつらいし、ちょくちょくムッとしつつも、とりあえず那月自身が日陽と仲よくしていたいという気持ちに必死になっていたのかもしれない。
 つき合うことになった今、必死な気持ちは今も変わらずあるが、関係性が変わったことによって無意識にどこか甘えやワガママが出たのだろうか。

 つき合っているのだから、俺を見て。俺だけを見て。

 多分意識していない時ですら、そんな風に考えているのかもしれない。

「あ、黒江じゃん」
「黒江くん、部活今帰りー? 一緒に遊ぼーよ」

 コンビニエンスストアの傍を通りかかると、去年同じクラスだった女子たちが声をかけてきた。

「何? 買い食い? いいね。でも俺、今日部活大変だったからこのまま帰るね、ありがとう」

 考えごとしていたにも関わらず、那月はすぐにニッコリ微笑むと「バイバイ」と手を振る。女子たちもニコニコ手を振り返してきた。
 むしろ日陽以外になら咄嗟にでも人当たりのいい対応できる。日陽のことが大好きなのだったら、日陽に対して一番、自分のいいところが出るはずだろうにと那月は小さくため息ついた。下手したら一番いいどころか、最悪な感情すらさらけ出してしまいそうだった。
 さほど遅い時間ではなかったものの、電車に乗っている間にじわじわと暗くなってきていたようだ。学校を出た時はまだ夕方といった空だったのだが結構薄暗くなっている。しかも、何故か日陽の家へ無意識に向かっていたようだ。

 俺、何してんだろ。

 そう思いつつも、那月はそのまま日陽の家までやってきた。そして日陽の部屋を見上げる。
 電気はついていなかった。一応先ほど連絡をした時のやりとりで那月がカラオケには行かないと返信したら『じゃあ帰ったら連絡する』とまたすぐに返信あった。部屋の灯りも灯っていないし連絡もないのでやはりまだ帰ってきてはいないのだろう。一瞬だけどうしようかと考えた後、那月はこのまま待つことにした。
 もちろん会う約束はしていないし、用事がある訳でもない。ただ、顔が見たいなと思った。そしてホッとしたいな、と。
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