月と太陽

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41話

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 他愛もない話は楽しい。一時期そんな話すらできなくなっていた分、余計に楽しいと日陽は思った。ふんわりした気分になったり、きゅんとしたり、照れたり。
 その流れで思い切って「ところで、今からお前ん家、行っていい?」とハッキリ言い切ると、ひたすらジュースを飲んでいた那月が目に見えて固まっているのがわかった。やはり気のせいじゃないのだろうなと日陽は理解した。キス以外してこないのもたまたまではないのだろう。
 理解しても、那月の日陽への気持ちを疑うことはない。その点は楽というか、大好きなのだといつも全力で示してくれる那月がありがたいと思う。
 多分、またどうでもいいことか、那月独特の考えか何かで悩んでいるのだろうと日陽は内心ため息ついた。あと、それなりに気合を入れて「家に行っていいか」と言ったものだから、固まられると切ないというか、何というか気恥ずかしい。一人で「週末エッチだ」と気合を入れて空回る図は居たたまれない。

「……嫌ならいい」
「ち、違うんだ、嫌とかじゃなくて……」

 ひたすら抱かれていた時のようにかなり深刻そうなら日陽も全力で「どうしたんだ」と聞くが、さすがに四六時中那月に何かありそうだと思うたび聞いていたら、ただの煩いやつだろうと日陽は思う。だからとりあえず引くと、那月が焦ったように否定してきた。だが言いかけても言い淀んでいる。
 駅に着いたが、構わずそのまま家へ帰るためのホームへ向かう。途中でいつの間にか飲み終えていたらしい那月が紙パックをゴミ箱へ捨てていた。
 家へ行けないなら、駅前で過ごすかいくつか電車に乗って街へ向かってもよかったが、そういう気分でもない。こういう場合はお互い近所だと便利だなとそして思う。那月の家へ行こうが行くまいが最寄駅は同じなので話途中でも構わずホームで電車を待てるし、来た電車に心置きなく乗れる。
 部活が終わった後のこの時間は、サラリーマンたちと重なるのかそれなりに車内は混んでいる。そんな中で先ほどの話はしにくい。かといってせっかく他愛もない話は楽しかったし怒っているわけでもないので、日陽は何もなかったかのようにどうでもいい話をした。

「で、そん時俺な――」
「日陽」

 話の途中で那月が名前を呼んできた。本当にどうでもいいような話ではあったので中断されても気にならず、日陽は「何」と那月を見る。

「俺、俺……お前家に連れ込んだらそのままな、またひたすらヤっ……むぐ」
「ひたすらヤベーくらい難しいゲームとかな! わかるわかる」

 日陽は咄嗟に那月の口を手で塞いだ後で慌てて離し、誰も聞いていないにしてもとりあえず誤魔化すように言ってから那月をジロリと睨んだ。ひたすらヤる、とでも言う気だったのだろうか。こんな公共の場で。

「お前、ざけんな。こんな人多いとこで何言う気だよ、ちょっと後にしろ」

 そっと囁くと、那月は少しだけ赤くなりながらもコクリと頷いてきた。とりあえず赤くなるのも止めて欲しいと思いつつも、かわいいと思ってしまうのはどうしようもない。日陽も男だ。
 あと、本当に「ひたすらヤる」と言うつもりだったのならとつい思ってしまうと、どうにもドキドキしてくる。日陽はそれこそひたすら違うことを考えるようにした。
 最寄り駅へ着くと暫くはまだ無言のままだったが、歩きながら日陽はようやく切り出した。

「で、何て?」
「え?」
「さっき言いかけて俺が止めた……」
「……ああ。その……俺、自分がすごい情けないから本当は日陽に言いたくないんだけど……」
「ああ、うん。……あの時みたいな深刻なやつじゃないなら、無理に言わなくていいぞ」

 そういうことは日陽にもある。

「でも、言わないと伝わらないし……」
「お前のセリフとは思えないな」
「もう。日陽、ちょっとだけ黙ってて」

 先ほどまで元気がなさそうだった那月は、ようやく笑いながら殴るふりをしてきた。日陽も笑って頷く。

「その、俺の家に連れ込んだらね、俺絶対日陽としたくなる。すごいヤりたくなる。……で、またひたすらヤってばっかになったり閉じ込めたいとか思うようになったらどうしようって思ったらね、その……セックスするのちょっと怖くて……」

 ふんふん、と聞いていた日陽は思わず顔が熱くなった。日陽からしたらこれもまるで熱烈な告白をされているように聞こえる。

「……だからその、家へ呼べなくて……」
「……だから最近全然俺としなかったってこと?」
「あー……うん……。日陽が好き過ぎて、また俺、おかしなことになったらどうしようって思ったら尻込みしちゃって」

 こいつはほんとに。

 日陽は呆れつつも正直嬉しくもあった。すぐにマイナスなことを考えつつもひたすら自分厨な恋人。そんなの愛しいに決まっている。

「あの時みたいなのにはならないよ、那月は」
「……何で」
「だってヤキモチ妬きながらもさ、もういいだろってくらい発散してるし、こうやって情けないから言いたくないって言いながらも気持ち、伝えてくれてる」
「あ……うん、何か日陽に言わないことに罪悪感とかすら感じて」
「だから、大丈夫」

 日陽が笑って大丈夫だと言うと、那月は嬉しそうに日陽を見てくる。その様子がまたかわいいなと思いながら、日陽はもう一度同じセリフを言った。

「ところで、今からお前ん家、行っていい?」

 那月は今度は嬉しそうな顔のまま「うん」と頷いてきた。あれほど何度も那月の家に行き、そしてひたすら絡み合っていたというのに、妙に久しぶりな感じがする。
 家へ入ると、相変わらず家の中はシンとしていた。那月は慣れているのかもしれないが、やはり毎日ひたすらこんなだと寂しいなと日陽は思う。普段は日陽も親が煩いと思ったりするが、ずっと誰もいない家で一人は寂しい。

「今日も親、遅いのか」
「っていうか、出張でいないよ」
「え、そうなのか?」

 高校生の子どもを一人にして出張で両親ともにいないということってあるのだろうかと思わず日陽は驚いてしまう。だが那月は珍しいことでもないような様子だ。今まで何となく仕事で帰ってくるのが遅いだけだと思っていたが、出張なんて思いつきもしなかった。

「……俺、泊まってこうか?」

 別にたまたま来ただけの日陽が泊っていこうが、出張がよくあるならなんの足しにもならないかもしれないと思いながらも口にしていた。すると那月が目を見開いてきた。

「ま、まじで……? そ、そんなのほんとに監禁しちゃうかもだよ……?」

 今まで泊まったことはそういえばなかった。だがそれにそんな反応をするのか、とむしろ日陽は笑ってしまった。
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