たまらなく甘いキミ

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 そもそもなぜ自分がそこまでムキにならなければならないのかと、一晩眠った後に結弦は気づいた。
 なぜ、拓のため心身を微妙に削ってまで食わせてやらなければならないのかわからないが「俺はお前の何」と聞く必要などなかった気がする。実際、拓からは当たり前だろうが、その答えとして「ケーキ」と返ってきた。それはそうだろう。唯一味のわかる、それも極上の味だと昔習ったケーキが近くにいるのだ。ともすれば味わいたくもなるだろう。
 だからといって味わいすぎだと腹立てるのは妥当だと思うが「自分が拓のケーキ」だと言われて腹立たしく思うのは冷静になって思えば微妙におかしい。勝手にお前のケーキ扱いするなくらいは思ってもおかしくないが、「周りにいるケーキが俺だからだってことだよな」「他にケーキがいないからだろ」などと、これではまるで恋人や好きな相手に対し、いちゃもんつけているようにしか聞こえない。

 俺はあの時どうかしてた。三坂くんが「落ち着け」って言うのも仕方ない。つか、すげー恥ずかしいヤツでしかない……。

 アルバイト先の更衣室で着替えている時それらのことが浮かんでしまい、結弦はのたうち回りたいのを堪え、とりあえず頭を抱えた。

「……何やってんだ」
「っ?」

 頭をぶんぶん振っているところで声をかけられ、結弦は我に返った。どう考えても様子のおかしいところを見咎められただろうし、その声は今一番聞きたくなかった声としか思えない。
 恐る恐る顔を上げると、やはりそこには引いたような顔で結弦を見ている拓がいた。

「な、んもしてないし!」
「……あ、そ」

 咄嗟に言い返すとそうとだけ返ってきた。その後の沈黙が痛い。
 これはあれだ、ちょっとノリのいい曲を思い出して云々、と言い訳を口にしようとしたところで、先に拓が制服に着替えながら口を開いてきた。

「どれくらいなんだ」
「ノリ……、……え?」
「ノリで決まんのか?」
「え? や、違、つか、何の話だよ」
「食いすぎってやつ」
「は?」

 何の話だともう一度思った後「そもそもその話をこいつにしたんだった」と結弦は思い出した。あと、わけわからない言い訳をうっかり口にしなくてよかったとしみじみ思った。

「あー……」
「で、どれくらいなんだよ」
「どれくらいって言われても……えっと、頻度ってこと?」

 結弦の言葉に対し、拓がこくりと頷いてきた。

「改まって聞かれても、俺だってわからないよ。今まで人に食われる前提で生きてきてないし」
「どれくらい食えば食いすぎなんだよ、じゃあ」
「どれくらいって……、それも明確にこれくらい! とかはない、けど……お前の場合明らかに食いすぎだろ」
「だからどれくらいで食いすぎって感じんだよ」
「えー……。……バイトで顔、合わすたび、とか? もう俺のこと食い物としか思ってないだろ」
「バイト、別に毎日じゃないだろが」

 食い物としか思っていないだろという言葉に対しての返答はない。口にした後でそれが何より気になるのでは、と何となく自分の中で思った気がする結弦としてはすっきりしない。

「そ、うだけど。と、とにかくお前は食いすぎ。我慢くらいして欲しい」
「お前だって気持ちよさそうなのに」
「き、もちくねーし!」

 ムキになって言い返したが、さすがにこれはバレバレなのだろう。とはいえ「嘘です。気持ちいいです」などと言い直したくない。
 ムッとした顔のままそっぽを向いていると、ため息が聞こえた。

「オーケィ。わかった。じゃあ我慢する」
「え?」

 あっさり「我慢する」と言ってきた拓に、ついポカンとした顔を向けてしまった。拓は冗談を口にしているような顔では、少なくともなさそうだ。

「で、できんのか?」
「まあ。そりゃしたくはねえけどな。別に俺だってお前を食い物としか思ってないわけじゃない」
「え、あ、そ、そうなの、か」
「でもお前からしたら俺は食いすぎだし食い物にしか見えてないと思うんだろ。だから我慢するっつってんだよ」
「な、んで」

 なぜ結弦がそう思うからと、我慢してくれるのか。そう聞こうとしてやめた。その聞き方だとまるで結弦は拓に「我慢していただいている」ような風にもとれて、何だか癪だ。

「何だ?」
「……何でもない。でも我慢って……」

 どれくらいするのか、どの程度するのかといくつか気になったが、それを聞くのも何となく癪な気がするため躊躇していると「じゃあ、そういうことだから」と拓は着替えを終え、更衣室から出ていった。
 その様子を唖然としながら見ていたが、結弦もハッとなり慌てて着替え終え、厨房へ向かった。
 仕事中に元々あまり接することはなかったが、我慢すると言われて以来、ますます接する機会がなくなったような気がする。言われて以来何度か同じ日にアルバイトが入っていたものの、ほんの少し見かけるくらいしか接点はなかった。

 ……見かけるってのは接点にもならない、か?

 別に接点がなくとも問題ない。元々そんな感じだった。とはいえ、理由はどうあれ毎回のように顔を合わせ、話し、拓の家にまで行って挙句、ひたすら味わわれていただけに何となく落ち着かない気がする。

 うん、落ち着かないだけだ、けどな。うん。それに我慢するって言ってもあんだけ俺のこと食ってたもんな。数日もすれば「お願いします」くらい言ってくるかもしれないよな。

 うんうんと結弦は自分の中で頷く。だが、数日どころか一週間、十日と日が過ぎても相変わらず拓とは接点さえないままだった。
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