9 / 20
9
しおりを挟む
そもそもケーキとして味わえないなら接点さえ持たないってどうよ。
憤りさえ感じたが、元々が接点などほぼなかっただけにイラつくのは何だか違う気がする。とはいえ結弦もイラつこうとしてイラついているのではない。
でも、さ。理由はどうあれ、ケーキだと知られる前と一緒じゃないだろ。あんなこと、まあそりゃ普通は友だちとはしないけど、でもとりあえず顔は知ってるかなって程度の同じバイト先の誰か、よりは親しいだろ。なのに味わえないなら口も利かないって、どうよ。俺、イラつくの間違ってなくない?
だいたいどこまで我慢するというのか。全く味がわからない中、唯一味のする存在が結弦であり、同じアルバイト先で働いており、接点が基本なくとも近くにはいる。
どうせすぐ我慢できなくなるだろうと思っていたが十日過ぎたあたりから「絶対我慢なんてできないに違いない」という妙な自信はほぼ砕けている。だが「本当は食べたいくせに」「いつまで我慢するんだ」などと本人に聞くのは何だか負けた気がして嫌だ。おかげで妙なジレンマに苛まれている。
当然、食べて欲しいのではない。下手すればフォークとケーキの関係性は刑事事件にもなりかねない。時折ニュースにもなるくらいだ。詳しい内容は報道されないが、おそらく舐める程度で済まなくなり、物理的に食べられてしまわれかねないのではないだろうか。どう考えても近寄らないほうがいい存在ですらあるはずだ。だが悪いやつではないし、アルバイト仲間ではあるし、結弦としても親しくなったような気になっていただけに、無視されるのは気持ちよくない。
とはいえ向こうとしても我慢するため近寄らないようにしているのかもしれない。それをこちらから近づくのはあまりに無防備だし我慢している拓にも悪いのではないだろうか。
ではいつまでそんな状態でいるのかと気になるものの、それイコール「いつまで我慢するのか」になってしまう気がする。拓に言えば「本当は食って欲しい」と捉えられてしまってもおかしくない。
クソ、何だよ。何か腹立つな。
基本口を利くことすら元々あまりなかった。それでも顔が合えば向こうから「お疲れ」などと挨拶してくれていた。
顔はやたらいいものの、無口そうで背も高いからか威圧感さえある拓を、おまけにいつも周りには明らかに陽キャタイプの誰かがいたのもあり何となく苦手だと思っていた。その上フォークであり、しかも結弦はケーキだと知る羽目にもなった。全くもって「苦手」から好感度が高まる要素など発生したとは思えない。
それでもフォークとケーキの関係とはいえ、頻繁に同じ場所で同じ時を、それも濃度の高い時間を過ごした。
そんなだったのに挨拶さえ交わさない顔見知り以下の存在扱いされてんのをさ、喜んで受け入れられるほど俺の感情は死んでないんだわ。
だがケーキにしか味覚を感じられない相手に「食いすぎ」「俺はお前の何」などと言っておきながら、「我慢もたいがいにしろ」「無視するな」などと思うのはひどい身勝手ではないだろうか。
ここのところそんなことばかり考えていた。そのせいだろうか、少々上の空で歩いていたのか大学の構内で人にぶつかり、バランスを崩して階段から落ちかけた。
「え、ちょっ」
ぶつかった相手が青ざめながら慌てて手を出そうとしているのが何だかゆっくり見えた。だがそれは空を切ったようだ。一瞬で何も聞こえなくなり世界が静止し、自分の周りだけ重力が働いているように思えた。
あ、これ俺ヤバいのでは。
だが次の瞬間、下にいた誰かが支えてくれた。それでも勢いのせいでその誰かをも巻き込んで階段の途中で倒れこんでしまったが、もっと下まで落ちたり叩きつけられるのは免れた。
「い、っつ……」
動揺と肝が冷えたせいで耳から心臓が出そうになっていたが、自分の下から聞こえてきた痛みから出たのであろう声に、結弦はかろうじて我に返った。
「すっ、すみましぇ、せ、ん! だい、だ、大丈夫、大丈夫ですか……!」
上手く舌が回らなくて思い切りどもりながらも、結弦は慌ててその場から退いて助けてくれた相手を見た。
「ああ、うん。大丈夫。君は? 怪我ない?」
「俺は、はい。その、本当にすみません。あ、あと、あと、ありがとうございます」
上でもぶつかった相手が「ごめん! 大丈夫か」と、明らかに動揺した声で聞いてくれていた。ぶつかったのはお互い様かもしれないが、結弦が上の空でなかったらそもそも簡単に階段から落ちたりしなかっただろう。ぶつかった相手に「こっちこそ悪い! あ……、えっと、大丈夫!」ととりあえず声をかけてから、結弦は助けてくれた相手をもう一度見た。
「あの、あ、あんたは大丈夫、ですか」
体は大きくなくとも一応成人した大人の男だ。軽いわけがないし上から落ちるものを下から支えるのは重力などもあって簡単ではないはずだ。下手すれば結弦よりその人のほうが体に支障あるのではないだろうか。
心配でつい手をその人に伸ばしながら聞けば、なぜか急に妙な顔された。
「あ、あの?」
もしかしたら骨が折れているとかひどい捻挫がわかった、とかかもしれない。結弦は血の気が引く思いで伸ばしかけた手を下ろしながら相手を見た。
憤りさえ感じたが、元々が接点などほぼなかっただけにイラつくのは何だか違う気がする。とはいえ結弦もイラつこうとしてイラついているのではない。
でも、さ。理由はどうあれ、ケーキだと知られる前と一緒じゃないだろ。あんなこと、まあそりゃ普通は友だちとはしないけど、でもとりあえず顔は知ってるかなって程度の同じバイト先の誰か、よりは親しいだろ。なのに味わえないなら口も利かないって、どうよ。俺、イラつくの間違ってなくない?
だいたいどこまで我慢するというのか。全く味がわからない中、唯一味のする存在が結弦であり、同じアルバイト先で働いており、接点が基本なくとも近くにはいる。
どうせすぐ我慢できなくなるだろうと思っていたが十日過ぎたあたりから「絶対我慢なんてできないに違いない」という妙な自信はほぼ砕けている。だが「本当は食べたいくせに」「いつまで我慢するんだ」などと本人に聞くのは何だか負けた気がして嫌だ。おかげで妙なジレンマに苛まれている。
当然、食べて欲しいのではない。下手すればフォークとケーキの関係性は刑事事件にもなりかねない。時折ニュースにもなるくらいだ。詳しい内容は報道されないが、おそらく舐める程度で済まなくなり、物理的に食べられてしまわれかねないのではないだろうか。どう考えても近寄らないほうがいい存在ですらあるはずだ。だが悪いやつではないし、アルバイト仲間ではあるし、結弦としても親しくなったような気になっていただけに、無視されるのは気持ちよくない。
とはいえ向こうとしても我慢するため近寄らないようにしているのかもしれない。それをこちらから近づくのはあまりに無防備だし我慢している拓にも悪いのではないだろうか。
ではいつまでそんな状態でいるのかと気になるものの、それイコール「いつまで我慢するのか」になってしまう気がする。拓に言えば「本当は食って欲しい」と捉えられてしまってもおかしくない。
クソ、何だよ。何か腹立つな。
基本口を利くことすら元々あまりなかった。それでも顔が合えば向こうから「お疲れ」などと挨拶してくれていた。
顔はやたらいいものの、無口そうで背も高いからか威圧感さえある拓を、おまけにいつも周りには明らかに陽キャタイプの誰かがいたのもあり何となく苦手だと思っていた。その上フォークであり、しかも結弦はケーキだと知る羽目にもなった。全くもって「苦手」から好感度が高まる要素など発生したとは思えない。
それでもフォークとケーキの関係とはいえ、頻繁に同じ場所で同じ時を、それも濃度の高い時間を過ごした。
そんなだったのに挨拶さえ交わさない顔見知り以下の存在扱いされてんのをさ、喜んで受け入れられるほど俺の感情は死んでないんだわ。
だがケーキにしか味覚を感じられない相手に「食いすぎ」「俺はお前の何」などと言っておきながら、「我慢もたいがいにしろ」「無視するな」などと思うのはひどい身勝手ではないだろうか。
ここのところそんなことばかり考えていた。そのせいだろうか、少々上の空で歩いていたのか大学の構内で人にぶつかり、バランスを崩して階段から落ちかけた。
「え、ちょっ」
ぶつかった相手が青ざめながら慌てて手を出そうとしているのが何だかゆっくり見えた。だがそれは空を切ったようだ。一瞬で何も聞こえなくなり世界が静止し、自分の周りだけ重力が働いているように思えた。
あ、これ俺ヤバいのでは。
だが次の瞬間、下にいた誰かが支えてくれた。それでも勢いのせいでその誰かをも巻き込んで階段の途中で倒れこんでしまったが、もっと下まで落ちたり叩きつけられるのは免れた。
「い、っつ……」
動揺と肝が冷えたせいで耳から心臓が出そうになっていたが、自分の下から聞こえてきた痛みから出たのであろう声に、結弦はかろうじて我に返った。
「すっ、すみましぇ、せ、ん! だい、だ、大丈夫、大丈夫ですか……!」
上手く舌が回らなくて思い切りどもりながらも、結弦は慌ててその場から退いて助けてくれた相手を見た。
「ああ、うん。大丈夫。君は? 怪我ない?」
「俺は、はい。その、本当にすみません。あ、あと、あと、ありがとうございます」
上でもぶつかった相手が「ごめん! 大丈夫か」と、明らかに動揺した声で聞いてくれていた。ぶつかったのはお互い様かもしれないが、結弦が上の空でなかったらそもそも簡単に階段から落ちたりしなかっただろう。ぶつかった相手に「こっちこそ悪い! あ……、えっと、大丈夫!」ととりあえず声をかけてから、結弦は助けてくれた相手をもう一度見た。
「あの、あ、あんたは大丈夫、ですか」
体は大きくなくとも一応成人した大人の男だ。軽いわけがないし上から落ちるものを下から支えるのは重力などもあって簡単ではないはずだ。下手すれば結弦よりその人のほうが体に支障あるのではないだろうか。
心配でつい手をその人に伸ばしながら聞けば、なぜか急に妙な顔された。
「あ、あの?」
もしかしたら骨が折れているとかひどい捻挫がわかった、とかかもしれない。結弦は血の気が引く思いで伸ばしかけた手を下ろしながら相手を見た。
19
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる