たまらなく甘いキミ

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「……ああ、ごめんね。大丈夫。俺は何ともないよ」

 相手はすぐ笑顔になりながら立ち上がる。そしてあちこち曲げてみせたりしながら「ほらね。君も立ってみて」とむしろ向こうが手を伸ばしてきた。思わずその手を取って立ち上がり、結弦も同じようにあちこち曲げたり伸ばしたりしてみる。少し痛いのはどこかにぶつけたからだろう。折れたり捻挫したりといったことはなさそうだった。

「はい。俺も問題なさそうです。助かりました、ありがとうございます。本当にすみません」
「よかった。あー、えっと俺は結崎。結崎旭日。君は?」
「佐野結弦です」

 結崎 旭日(ゆうざき あさひ)と名乗ってきた相手は一年先輩だった。とりあえずお互い大丈夫と確かめ合い、改めて結弦は礼を述べた。

「大丈夫だからほんと気にしないで」
「はい……ありがとうございました」

 最後にもう一度頭を下げ、結弦はその場を離れた。背後で旭日が「またね」と呟いた気がする。振り返ると自分の手をぺろりと舐めていたように見えた。拓のこともあり、一瞬「まさか今の人もフォークでは」と頭に過った。だが一生の内一度も出会わない可能性が高いだろうに、こうも立て続けに出会ってたまるかと結弦はすぐ否定する。やはり怪我していたのかもしれない。だとしたら申し訳なさすぎるしもう一度謝っておいたほうがいい気もした。だが再度振り返るともういなかった。
 とにかく、改めて情けないし最悪だと思う。ぼんやりして、周りの知らない人にまで迷惑かけてどうする。

 ……とりあえずこれ以上考えごとしないためにも、俺はあいつに「そこまで我慢しなくてもいいのでは」って言うべきじゃ……?

 大学の授業を終え、アルバイトが休みもあり、結弦は適当にぶらぶらして帰ろうと寄り道していた。インドア派なので家は好きだが、どうせさっさと家へ帰っても悶々とするだけのような気がする。
 だがこうしてぶらぶらしていても、結局まだ考えていた。
 こちらから言うのは負けたような気がして何だか悔しい。結弦が頼んで食べてもらっているのではない。むしろ結弦は拓を助けてやっているようなものだというのに、なぜ折れなければならないのか。とはいえこのままだと拓がどこまで我慢するのか全く読めない。もちろん食べて欲しさは全くないが、せっかく親しく、理由や流れはどうあれ、一応親しくなれたのに少し話すどころか無視されるいわれもない。

 だってさ、無視されるってさ、何かさ、何か。

「あー」
「……何、頭抱えて唸ってんだ」
「だって何かこう、すっきりしなく……、て……? あ? え、おま、三坂くんっ?」

 反射的に返事している途中で誰が声をかけてきたのか気づいた。前にも似たようなことがあった気がする。というかそんな気、しかしない。更衣室で同じパターンだったはずだ。向こうからすれば「こいつ見るたびに頭抱えて挙動不審だな」と思われても仕方ないかもしれない。果たして振り向くと、やはり拓が呆れたような顔でそこにいる。

「何でこんなとこにいんの……」
「こんな、言われてもな。ここ、ガッコから近いし」
「あ、そ、そう」

 拓のことを考えていたら本人が急に声をかけてきたせいで、結構動揺した。だが落ち着いてくると次第に「あれ? 声かけてくれんのな」と気づいた。

「お前、外でまでそういう……とにかく、わりと不審者だったぞ。……じゃーな」
「え、あ、ちょ、待って」
「あ? 何か用か」

 待ってと言うと、歩きかけていた拓が立ち止まってくれた。だが素っ気ない。

「いや、別に用ってほどじゃ……」
「あ、そ。じゃあ」
「って、用なければ呼び止めんのも駄目なのかよ」

 声かけてきたくせにひたすら素っ気ない拓に、またイライラした気持ちが湧いてきた。結弦はムッとしながら自分から近づいて拓の服をつかむ。

「おい、安易に近寄んな」
「は? 何だよそれ。俺は菌かよ」
「じゃねえだろ。我慢するっつっただろが」
「ああ、確かにそう聞いた。けど、無視するとかは言われてない!」

 思わず声が少し大きくなったようだ。拓が「落ち着け」などと言ってくる。

「別に落ち着きなくしてるわけじゃない。ただ無視すんなっつってるだけだろ」
「わかった。わかったから。……っち。ちょっとこっち、来い」

 微妙な顔をしていた拓がため息と舌打ちをかましてくれた後、結弦の腕をつかんできた。

「何だよ!」
「いいから」
「三坂? どうした?」
「それ、誰」
「どこ行くんだよ」

 どうやら少し離れたところに友人がいたらしく、結弦の腕をつかんで移動しようとした拓に声をかけてきた。そのおかげで結弦もようやくハッとなる。冷静じゃなくなってたわけではないが、確かに大きな声になっていたかもしれないし、そもそも人通りのわりとあるこんな外で言い合うべきでもない。

「わ、るかったし。落ち着いたから腕、離して。あとお前、友だち待ってんだろ」
「オーケィ。腕は離す。だけど俺の友だちは別に構わん。……ちょっとこいつに用あった! 悪いけど俺抜きで!」
「えー何だよ。しゃーねえな」
「りょーかぃ。またな」

 友人たちは多少ぶつぶつ言いながらも快く手をあげながらこの場から去っていった。

「い、いいのか」
「別にいい。それより……、……って、お前……もしかしてどっか怪我、してんのか……?」
「は? いや、してないけど……」

 怪我した覚えはない、と怪訝な顔で拓を見ると、すでに腕は離していたものの距離までさらに離しながら拓が鼻と口元あたりを手で覆っている。

「何だよその臭いもんから離れたみたいなの!」
「違うだろ……その、逆……」

 逆……、って……、あ、え? 怪我……。

 怪我はしていないと思ったが、階段からは落ちかけたっけと結弦は自分の腕や両手を見た。そして片方の手のひらに怪我があるのに気づいた。
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