たまらなく甘いキミ

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 とはいえ大した怪我ではない。手のひらを少し擦っていたようで小さな擦り傷があるくらいだ。

「怪我ってほどじゃないし」
「ばっ、おま、俺に食いすぎとか言うならな、お前も配慮くらいしろよ」
「は?」
「前に言っただろが。つか前も手のひら怪我したんだよな。そんでお前の血から甘くておいしそうな匂いがしたせいで……」
「あ」

 そういえば確かにそうだった。そのせいで拓がフォークであり結弦はケーキだったのだと知った。忘れていたわけではないし確かに同じような状況だというのに、フォークの感覚がわからないのもあり全然結びつけていなかった。

「普通、忘れるか?」
「わ、忘れてたわけじゃないし」
「絶対忘れてただろが。クソ。近寄んな」
「お前があからさまに距離取るからだろ。まるで俺がすっげ臭いみたいに見えるだろが」
「おま……、っち。だいたいよくそんなで俺に文句言えるな」

 まだ鼻と口に手を当てたまま拓が睨んできた。その間もじりじりと結弦から距離を取っていく。理由はわかるし、そうしてくれてありがとうと思うべきなのだろう。理性ではわかる。自分でも警戒心など持たなければとの自覚もある。だが拓が鼻を押さえながら逃げるように距離を取っていくという状況がどうにも腹立たしい。

 わかってるけど。わかってる。わかってるけどさ!

「だいたいこっち来いつったのお前だろ」
「そ、れは佐野がまた落ち着かねえ感じだったからだろが」
「んだよ、落ち着かない感じって! それに百歩譲ってそうだとして」
「譲られなくてもそーだったんだよ」
「うるさい。そうだったとして、来いっつっておきながら距離空けるとか失礼すぎるだろ」
「……わかって言ってんだよな?」
「……」

 脅すように言われ、結弦は顔を逸らした後に拓をそっと見上げる。拓はまだ鼻と口元に手を当てたままだが、思い切り何かを堪えたような表情をしていた。

「……そ、んなに俺、食いもんみたいな匂い出てんの」

 知識としてわかってはいるが、結弦自身フォークではないので実際どれほどなのかはわからない。また、習った中にも匂いが漂うというのはなかった。そもそも普段から漂っていたら即周りいるかもしれないフォークにケーキだとばれるはずだ。とはいえ体液を普段は晒さないし、近くにいる上に拓は結弦がケーキだと知っている。
 それにしても、顔がいいながら普段無口そうで威圧感さえある印象の拓が、それほど何かを堪えるような表情をするものなのかと今さらながらに結弦は唖然と拓を見上げていた。

「は? おま、今さら……ざけんな」
「だ、だって」
「っち。とにかく、その手どうにかしろ」

 いらいらしたような顔で、拓は鼻を押さえていないほうの手でポケットから絆創膏を取り出し、結弦のほうへ手を伸ばしてきた。結弦はそれを唖然と見る。

「おい。さっさと受け取れ」
「あ、うん。つか、絆創膏持ち歩いてんの? お前が?」
「どういう意味だ。いや、いい。とにかくさっさとしろ」
「わかったよ」

イライラしたように見てきた拓に、結弦はしぶしぶ受け取って絆創膏を使った。

「でもこんなで効果あんの?」
「してないよりマシ。じゃあな」
「って、結局立ち去んのかよ!」
「は? どうしろってんだ」
「どうしろって……どうすんだ?」

 相変わらず素っ気ない態度ではあるが、無視までするつもりではないようだ。ならば結弦としても別に引き留める必要などないのではないだろうか。

「おい。俺に聞くな」
「……。だ、だいたい隙あらば離れようとしてるけど、じゃあ何で最初に声、かけてきたんだよ」
「お前がどう見ても不審者みたいだったからだ」
「ぐ」
「他に用はない。それに怪我してるお前の近くにいたくない」
「……、だよ」
「何? 聞こえなかった」
「聞こえないなら近くにくればいいだろ」
「お前な……」
「我慢って、いつまですんだよ」

 結局聞いている。とはいえ後で頭をまた抱えることになるのだろうが、今は聞かずにはいられなかった。

「……さあ。お前がいいっつーまで?」

 俺? え、決定権は俺なの?

 確かに食いすぎだと言い出したのは結弦だ。だが我慢すると宣言したのは拓だ。なら「いつまで我慢する」とまで言うものではないのだろうか。

「な……」

 ハードルが高い。いつまで、と言うことで「いつまで我慢すれば俺を食っていいぞ」と言っているようなものだ。もちろん食べて欲しいわけない。だが言わなければ拓は無視とまではいかないとしても接点を持とうとしてこない。本人いわく「我慢しているから」ということだし気持ちはわからなくもないが、食べられないなら接点は取らないと言われているように思えてしまう。まるで食べ物としての価値しかないと言われているような気になってしまう。
 それに全く食べ物の味がしないというつらさは想像を絶する。それを知ってしまった状態で「一応親しくなった以上、今後友だちとして接して欲しいが、食べるのは困る」と言い切れる強さ、というか非情さを結弦は持ち合わせていない。
 何と答えればいいのか本気で困っていると拓がため息ついてきた。

「陸に上がった魚か、お前は」
「は……」
「……はあ。なら、お前はどのくらい空ければ俺に食うのを許してくれるんだ?」

 大人か。

 結弦の困惑を感じ取ったのか、とてつもなく譲歩したような言い方で拓は聞いてきた。

「……べ、別にどれくらい、とか、ないし……」

 対して俺はすねた子どもか。

 すっきりはっきりした言い方でないのはわかっている。わかっているが、こういう言い方しかできない。少なくとも今は。

「……オーケィ。その時によるってことだな。わかった。とりあえず今回結構俺は我慢した。だから褒美も兼ねて、今から食わせてくれないか?」
「……、……ぃ、……、……ぃい、よ」

 どんどん顔が熱くなる気がした。嫌だとも言えたはずだが、気づけば結弦はかろうじて頷いていた。
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