ヴェヒター

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2Tuesday

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「君が襲われているのに気づいた雫が、相手やっつけた後に連絡してきたんだ。雫は一年前の薬物事件の時も寮長の白根さんに頼まれてこっそりと協力してくれていたからね、何か違和感あると気づいたのかもしれないね。俺に直接連絡してきたんだよ」

 宏はニコニコしたまま説明してくれた。
 慧を襲った相手も、薬のせいで朦朧としている慧も、どちらも放置するわけにいかず、かといって表沙汰にしないほうがいいと判断した雫は、直接宏に連絡してきたらしい。
 宏は連絡を受けた時、そばにいた生徒会会計三年の瑠生と一緒にやって来て、雫に自分の部屋の鍵を渡して慧を運ぶよう言ってから、瑠生と一緒に襲った側の生徒の対処をしたようだ。

「ああ、運ぶって言ってもね、君はぼんやりとしていても歩けるようだったよ。ただ薬が効いているようだったから、とりあえず俺の部屋に運ばせたんだ。後で考えたらチヅに何か悪いなあとも思ったんだけどね」

 いやいや何が悪いってんです、と慧は微妙に思いつつも俯いた。
 歩けるといえどもぼんやりして薬で多分ふらふらだったであろう自分を雫が運んできたのだという事実が落ち着かない。

「ベッドに座らせると君はすぐ寝ちゃったらしいんだ。雫はもう風紀室に戻ってるかもしくは自分の部屋に戻ってるんじゃないかな。ああそうそう。君が眠っている間に俺の知り合いの医者に君を一応診てもらってはいるよ。でも明日でいいからこの病院で改めてちゃんと診てもらってきて。瑠生のとこじゃないけどね 」

 話を聞いている内にだんだん頭がはっきりしてきた慧がベッドから出ると、宏は病院の名前が書いてあるメモを渡してきた。瑠生は大きな病院の息子であるが、そこじゃないほうが都合がいいということだろう。

「はい……。そしてあの、すみませんでした……俺が油断したばかりに……」

 今まで、襲われる方に油断が多少なりともあったんじゃないかと慧は思っていたが、何よりも自分が一番油断していた、と思う。

「それは気にしないで。誰だって絶対なんてないんだよ。それに間違えないで。油断とかじゃない。被害を受けた子が悪いんじゃない。あくまでも加害者が悪いんだからね。ああそれとね、この件はちょっと生徒会が預かるから、ごめんね、委員長たちにもまだ話さないでくれるとありがたいな」

 宏が優しげに微笑んだ。

 油断……とかじゃ、ない。

 慧はその言葉を噛みしめた後にハッとなった。生徒会が預かるということは、事態はそれなりに問題ありということと、多分隠密に動くということだと理解し、慧は「はい」と頷いた。確か一年前の薬物事件の時も生徒会ですら表立って動けなかったと慧も記憶している。

「よかった。あとね、聞きたくないかもだけど俺なら一応聞いておきたいかなって思うから……。君を襲った相手ね、薬に関してはなにもまだ言わないんだけど君を襲ったことだけは話してきたよ」

 もう取り調べているのか、と慧は間違いなく腹立たしい相手だというのにほんの少しだけ襲った相手に憐憫の気持ちが湧いた。

「はい」
「どうやら君のこと、ずっと好きだったらしいね。でも前に一度断られたみたい。でも諦められなくてっていう、本当に心底つまらなくもどうしようもない理由だったな……」

 宏はまだニコニコしているが、慧には言葉尻に不穏さを感じられた。いつも何しているのか色々と不明な会長だが、生徒会だけでなく風紀委員も含め皆のことを大事に思っているらしいとは聞いたことある。自分のことで怒ってくれているのかもしれないと思うと照れくさいながらに嬉しい気持ちが湧くのだが、それでも怖いと慧はそっと思った。

「と、とりあえずありがとうございました。その、何か俺に確認とかあれば……思い出せる限りお答えしますんで」

 慧は慌てて頭を下げ、部屋から出て行こうとした。

「ありがとう。ほんと大丈夫でも明日はちゃんと病院に……ただし指定したところにだけど行ってね。窓口で俺の名前出してくれたら大丈夫なようにしてあるから。あと、雫が心配してたみたいだから後で行ってやって」

 しずが……。

「はい」

 何となく複雑な気持ちになりながらも、慧は素直に頷いた。そして部屋を出ると思いもよらず目の前に副会長の千鶴がいて、思わず慧の心臓が跳ねる。

「ち、千鶴さ……ん」

 千鶴とは同じ学年なのだがあまりに独特の雰囲気があり、慧や雫ですら敬語を使ってしまう。
 千鶴は無表情で無言のまま慧を見た後、宏の部屋へ入っていった。「チヅには内緒に」と言っていた宏を思い出し、何となくここはすぐ離れたほうがいい気がして、慧は急いでエレベーターへ向かった。
 足元はもう全然ふらつかないので、多分薬は切れたのだと思われる。それでも宏に言われたので明日は病院へ行くつもりではある。
 特別フロアのある六階から自分の部屋がある三階まで降りてくると、慧はどうしようかと考えた。
 エレベーターは建物の左右にある。そして慧は咄嗟ではあるが正面から見て右側、要は雫の部屋がある側のエレベーターに乗っていた。六階のフロアは繋がっているのでどちら側も行きやすさに違いはないというのにと慧は微妙な顔になった。自分の部屋へ行くには連絡通路を通らないと行けないのだが、そうするとどのみち通路横にある雫の部屋を通ることになる。

 ……どうせ通るわけだしな。それに宏さんにも言われたしな。

 自分に言い訳しながら、慧はムスッとした顔で雫の部屋をノックしていた。

「だから桂真お前ピンポンっていう文明の機器が……」

 しばらくするとそんなことを言いながら雫がドアを開けてきた。

「は?」
「あ?」

 お互いポカンとした様子で見合っていたが、先に雫が我に返った。

「けい、お前大丈夫なんかよっ?」

 両肩をつかまれ真剣な様子で言われた慧は、気圧されたようにさらにポカンと雫を見た。

「まだ具合悪いのか? くす……いや、ちょ、中入れ」

 薬、と言いかけて雫は思いとどまったように口を一旦閉じると慧を中に引き入れてきた。慧は黙って従う。ドアが閉まってからそして口を開く。

「薬はもう多分抜けた。一応明日、宏さんが指定してきた病院には行くが大丈夫だ。……その、お前が助けてくれたん、だろ。……あ……その、あれだ、助かった」

 今が礼を言う一番のタイミングだと思ったというのに、慧は「ありがとう」と一言が言えずにムッとしたように「助かった」と言い直す。

「……いや。まあ、大丈夫なら……」

 雫はだがそれに突っかかるどころか本当にホッとしたような表情を見せてきた。それが妙に落ち着かないので「じゃあそういうことだ」と慧は部屋を出ようとした。

「つかなんであんなとこ一人で歩いてたんだよ。馬鹿かよ」

 ホッと安心したからだろうか、雫がいつもの雫らしくなった。その言葉に、慧は部屋を出ようとしたことも忘れてまた向きなおり雫を睨む。

「お前に馬鹿と言われる筋合いはない。元はと言えばお前のせいだろうが!」
「は? 何で俺のせいなんだよ」
「お前が昨日、キモいことしてきた上に何か謝ってくるからだろ!」
「はぁ? てめぇなにわけわかんねぇこと言ってんの? んで謝った俺のせいになんだよ? むしろ謝る俺悪くねぇだろうが!」
「それだよ!」
「どれだよ!」
「お前絶対俺を下に見てんだろっ」
「は?」

 慧の言葉に、雫は本気で意味わからないといった風に慧を見てきた。慧はイライラそんな雫を見返す。

「だいたい謝るくらいなら最初からすんなよ……! そもそもお前はじゃあ何で謝ってきたんだよ。どうせ謝っといてやるかみたいな感じなんだろうが!」
「あぁっ? そもそもって、そもそもテメェがムカつくからだろうが! だからこっちはイラッとしてだな! ……くそ。でもそれは悪いと思ったから謝ったんだ。だというのに何だよそれ。いきなりして悪いと思ったからお前相手に謝んのムカつくながらに謝ってやったんだろうが!」
「んだと! お前がムカつくんだよ! だいたいほら、見てみろ! それこそなんだよ。謝ってやってるってなんだ。やってるって! 何で俺がお前に上から目線で謝られなきゃなんないんだよ!」

 言い合いになると慧は絶対に引き下がれない。他からも攻撃的なところがあると言われているこの性格だけはどうしようもない。先ほどまで薬でふらふらだったことも、そして危険から雫が助けてくれたことも忘れて慧はイライラ言い返した。
 雫も同じようにイライラした様子でそれに対し言い返そうとしてきた。だが開いた口を一旦閉じるとため息ついてくる。それがまたどうにも慧を腹立たしくさせてきた。

「本当に、自分の勝手でいきなりああいうことして悪いと思ったからこっちは謝ったんだ。それがムカつくってんなら謝る気はもうねぇ。わけわかんねえヤツだな。とりあえず謝罪を受け取らねえってんならどうしようか? これからは断ってすればいいんか?」

 ため息ついた後に言ってきた雫の言葉の意味がわからず、慧は「は?」と雫を見返した。すると「今からするから」と言ってきた後に雫は慧の後頭部を引き寄せ軽くだがキスしてきた。
 唇が離れた後、慧は状況がわからず口を開けたままポカンとする。だがすぐにハッとなり、雫の胸倉をつかみあげた。

「キモいっつってんだろが! もうほんっとお前死ねよ!」
「ちゃんと断っただろ」
「あれは断ったと言えないだろが! じゃなくて! 俺がそれこそお断りなんだよ……! 何してくれやがる……!」
「るせぇな。じゃあ何だよ謝ればいいか?」
「くそ! だからお前の白々しい謝罪なんているかよ……! されんのもムカつくし謝れんのもムカつく」

 睨みつけながら言うと、雫はニヤリと笑いながら胸倉を持つ慧の手を離してきた。

「へえ? だったらやっぱりこれからはいきなりしていいってことか」
「あぁっ? どこをどうとったらそうなんだよ……! お前キモい。マジキモい」
「あーあー、うるせぇ。もうキモいでいいから。とりあえずテメェはとっとと部屋戻って寝ろよ。んで二度と一人で妙なとこ歩いてんじゃねえよ」

 睨みつける慧に対し、雫はどこか軽くあしらうような感じで自らドアを開け、慧を押し出した。

「おま……」
「とっとと寝ろ」

 そして慧の目の前でドアを閉めてきて慧をさらにイラつかせた。だがそのイライラのおかげもあり、部屋へ戻ると潔太に先ほど起こった出来事がバレることもなく「また雫と喧嘩」と苦笑されただけだった。
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