ヴェヒター

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4Thursday

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 週末はまた実家から呼ばれ、三里はちょっとした集まりに参加させられた。大層なパーティはさすがに頻繁に行われるものではないが、父親曰く「つき合いはビジネス上大切」らしい。要は遊びではなくこれも仕事の一つなのだそうだ。ちゃんと仕事さえしていればどうでもいいのではないのかと三里が言えば「お前は偉そうなわりに青いな」と生ぬるい顔で見られたことがある。

「るせぇな! だいたいそんなら親父が頑張ってろよ。何で俺まで」
「お前は跡取りだって自覚を少しは持て。別に他にしたいことが見つかるってんなら無理強いはせんが、特にやることもない上に親の金で好き勝手やるだけでいいなんて思ってたら追い出すからな」

 そんな風に言われると言い返す言葉が出てこない。
 三里は口も態度も基本的に悪いせいか、甘やかされて育ったイメージがあると言われたこともある。だがそれなりに甘やかされているのかもしれないが、実際には一人っ子のわりに案外ぞんざいにというか普通にそこそこ厳しく育てられている。
 週末も面倒だと思いつつ、三里は大人しく昼食会だか何だかわからないものに顔を出した。
 ぴしっとしたスーツもどきを着て黙っていれば三里もそれなりに見える気が、自分でもする。一応学校ではわりとモテているらしいこともわかっている。とはいえ男子校だ。ありがたくも何ともない。かといってこういう場で寄って来る女性に関しては不信に陥っている。以前はもう少しモテていることに対して堂々と偉そうにできていたかもしれないが、最近は食傷気味なのもあり、できたら寄ってくるなとさえ思っている。
 今日も人数はさほど多くないとはいえ、どこぞこの会社に席を置いているだのコンパニオンをしているだのといった女性が寄ってきて辟易していた。たまに社長令嬢だという控えめな女性もいるにはいるが、やはり三里に寄りついてくるタイプで多いのは、三里が後退りしたくなるような女性ばかりの気がする。
 父親には「お前が軽そうに見えるかもしくは操縦しやすそうに見えるんじゃないのか」と救いもないことを前に言われた。とはいえそんなつもりはないしどうしようもない。あと、どうにも父親は「優しい言葉」というものが欠けているような気がする。
 逆に母親は三里に甘いといえば甘いが、父親に対してのほうが甘いので、普段から父親と対立でもすると、ほぼ間違いなく母親は父親の味方をする。

 ……俺ってもしかして、モテて恵まれているイケてるヤツってより、どっちかっつーと不憫なヤツなんじゃねぇだろな……?

 ため息つきながらそんなことを考えていると「こんにちは、三里さん」と声かけられた。若い女の声に、三里はビシリと身構える。だが目の前に来たのは実際本当に若い、恐らく中学生くらいのおしとやかそうな少女だった。

「えっと……」

 誰? と聞きそうになり、さすがにこういう場でそれは駄目なんだっけと戸惑っていると、相手は「お久しぶりです、千代です。前にもお話したんですが、お忘れなさいました?」と朗らかに笑いかけてきた。
 そういえば、と三里は薄らとした記憶を辿る。どこかのパーティだかこういう場かで、どこかの社長令嬢と一緒に来ていたような気がしないでもない。二人ともどうみても子どもだったので、ガツガツした女性にいい加減辟易していた三里はむしろ安心して喋っていた気がする。
 それでもただ会話しただけだし、当然と言えば当然だが中学生相手に体の関係を持つこともなかったので、そのまま記憶の底に埋もれていた。

 いや待て、当時は少なくとも彼女たちは小学生だったっけ?

 そう思いつつ、もちろん名前どころか何している子かも記憶にない。少なくとも下の名前は今名乗ってくれたけどな、と三里は笑いかけた。見たところ気さくそうな子に見えるのもあり、三里は冗談ぽく切り返した。

「わりぃな、千代、ちゃん。俺、記憶あんまよくねーんだ。親父にも呆れられてんだよね」
「そうなんですか? 意外です」

 千代と名乗る子はおかしそうに笑ってきた。

「え? そ、そう? 俺、見るからに記憶悪そう、とか言われっけど」
「そんなことありません。お仕事でもないのにいつも色んな方とお会いされててもしっかり対応されてますし、凄いなって思ってます」

 年下からものすごく丁寧な言葉遣いをされた上、あまり純粋にそんなことを言われ慣れていない三里は、赤くなりながらも悪い気はせず「そ、そっか」とニッコリ笑いかけた。

「はい。私の憧れです」
「マジで」
「はい。兄にも三里さんのことよくお話するんです。いつもお会いしてる兄がズルイと言うとため息つかれますが」
「え?」

 照れた笑顔のまま三里は固まった。

 待って、ほんと千代ちゃんって、誰? もしかしてちゃんと覚えてなければならない子だった? 親父にまた呆れられる系? つかいつも俺と会ってる兄?

 誰だ。
 もしかして千代の兄は三里と同じ学校なのだろうか。しかし今さら名字を聞けない。ただああいう学校にいると、親の職業を知っていたりする。まだ親の職業をそれとなく窺うほうがマシだろうかと三里はおずおず切り出した。

「そういえば千代ちゃんのお父さんは、今日は……」
「いえ、今日もお友だちの家から一緒に連れてきてもらいました。厚かましくてすみません」
「い、いや、そんなことは全然」
「父は今日、確か展覧会があるとかで……書道のことは私あまりよくわからなくて。お茶のほうがまだ」

 うふふと笑う千代に、三里は「そうなんか」と返しながらも頭の中では素早く考えを巡らせていた。
 展覧会。
 書道。
 兄。

 え、待って?

 色んなワードが、と言ってもたった三つだが、とてつもなく三里の中でひっかかってくる。

「彼のお父さん書道家じゃないですか。で今度特別な展覧会があるのを聞いて一ノ倉にもし出来るなら招待してもらえないかと頼んでまして……」

 そんなことを言っていた後輩を思い出す。とてつもなく微妙な顔になりながら、三里は何でもない風を装って呼びかけた。

「一ノ倉千代ちゃん……」
「はい、何ですか?」

 間違いない。

 この子は……永久の恐らく妹……!

 改めて三里は千代を見た。おしとやかでいてどこか古風ささえ感じさせる凛として整った綺麗な容姿にさらさらした黒髪。目つきはそれこそ全く違うが、長い千代の髪を脳内で短くしたら思いきり永久と繋がった。

「マジかよ……」
「え?」
「あ、いや」

 怪訝そうに見てきた千代に、三里は誤魔化すように笑いかける。

「千代ちゃんってお兄さんと仲いいんか? ほら、永久」
「はい、そうですね。兄はとても私をかわいがってくださいます」

 ああ、やっぱ妹……!

 とはいえ千代は永久のけんもほろろな様子とは全く違い、温かみさえ感じる笑顔を見せてきた。それでも三里よりも何歳か年下であろう千代の落ち着きようは永久と似ている。

「千代ちゃんって今いくつ? 中ニくらい? まさか三年じゃねぇよな?」

 三里の言葉に千代はポカンとした後、また静かに笑ってきた。

「一年です」
「あ、マジで」

 中学一年ということはほんの数ヶ月も経ってない前は小学生だったということだ。そう考えるとやはり相当落ち着いているなと三里はそっと感心する。
 これが他の女子だと「ひどーい、私老けて見えた?」だの「どんな風に見えてたの?」だの挙句の果てには学年を言う前に「何年に見える?」だのと返ってきた気がする。そして、そこまでお前のこと気になってねぇよ、自分の見た目聞きすぎどんだけ自分好きなんだよと内心突っ込んでいただろう。
 千代のこういうところも何となく永久に似ている気がした。

 ……永久も千代ちゃんみてぇにもっと笑いかけてきてくれてたらかわいかっただろうによ。

 ふとそんな風に思った後で少しイラッとした。なぜあれほどまで意味もわからず嫌われている永久のことを気にしなければならないのか。
 そんな風に思っていると千代が「長々と失礼しました、ついお話できるのが嬉しくて」と言ってきた。

「え?」

 ポカンと千代を見ると、遠慮気味に笑っている。もしかすると永久のことでイライラしていたのが顔に出ていたのだろうかと、三里はむしろ笑いかける。

「あ、いやわりぃ。ちょっと違うこと考えてて。千代ちゃんさえよかったらもっと話そう」

 千代が側にいることで、他の誰かを避けられる。そんな打算的な気持ちもあるにはあるが、何となくこの落ち着いた相手が例えつい最近まで小学生だったとしても三里にとってどこかホッとできたことのほうが大きかった。
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