ヴェヒター

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6Saturday

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 学校が休みに入ると寮も一気に静かになっていく。帰省しない生徒もいるが、大抵は長期帰省したり、少なくとも盆の前後には帰る者が多い。
 大きな寮から人がどんどんいなくなっていくと妙な静寂感が漂う。ただ、風紀や生徒会のメンバーは長期帰省する者はいないようで、夏休みに入っても斗真としては寂しさを覚えることは皆無だ。別に寂しがり屋でも何でもないが、皆のことが好きなので嬉しいというのだろうか。

「おー、お前もそういえば風紀だっけか」

 斗真が自販機に用あって六階のラウンジへ来た時、そこにいた寮長の白根が話しかけてきた。

「はぁ」

 頷くと「生徒会や風紀のヤツらには愛想いいのに俺には冷たいな」と笑われる。寮長に関してあまり知らない上そんな風に言われ、内心「何だこいつ」と思いながらも斗真はニッコリ笑った。

「気のせいですよ」
「ふふ」

 白根もニッコリ笑ってきた。何なんだと思いつつ自販機へ近づいていくと「お前もアップルスペシャル買いに来たの?」と聞かれた。

「いえ。水です」
「えー、水とか味気ないだろ。アップルスペシャルにしろよ」

 煩いバカ。

「僕、甘いジュースはあまり好きじゃないんです」
「そうなの? 見た目に反したヤツだな」

 ほんと、煩いな。何でこんなのが人気あんだよ。

「そうですか?」
「まあ、風紀の悪口が聞こえてきた途端、態度豹変するよーな子だもんな、お前」
「……」

 斗真が黙ったままでいると白根が続けてきた。

「誰にも見られてないと思ってるのか? それとも見られても別にいいとかか? 寮の中だと俺にバレバレだからな。確かに悪口はよくねーけど、だからって脅すのはもっとよくねーぞ。そういうのはやめとけ」

 何のことですと、とぼけてもよかった。
 心当たりはある。この間、たまたまエレベーターを使うまでもないかと階段を上がっていた時、五階フロアの片隅で知らない生徒二人が話をしているのに気づいた。
 別に他人の会話など興味ないのでそのまま上がろうとした時「風紀、うざくね?」「それな。こないだ一年のチビ囲もうとしたら注意してきたわ」といった声が聞こきた。途端、顔に笑顔を張りつけたまま斗真は声のするほうへ近づいて行った。
 制服のネクタイを見たら三年だとわかった。

「先輩方、何かご不満な点でも?」

 二人はぎょっとしたようだったが、斗真の姿を見ると一気に安心したようだ。むしろ嫌な笑みを見せてきた。

「何お前。風紀のファンか何か? 不満だらけだっちゅーの。お前みたいなチビいたぶろうにも中々できないんだからな」
「かわいいねー? 俺らに遊ばれに来たの?」

 学校も寮も広い。そして斗真はまだ一年生だ。だから相手は斗真も風紀だと知らないのだろう。実際見回りをする時しか腕章もつけない。

「自分から来るなんて、誘ってるってことだろ。俺らの部屋へ来いよ」
「安心したらいいよ、俺らがめちゃくちゃかわいがってあげる」

 二人は嫌な笑みを浮かべたまま、斗真の腕に鳥肌を立たせるようなことを言ってくる。

「先輩たちは同じ部屋なんですか?」

少し俯きながら上目遣いで聞くと「そーそー。このフロアな。すぐそこのほら、見えるだろ、あの部屋」と言いながらさらに嫌な笑みを浮かべ手を伸ばしてきた。
 三年は基本寮の四階に集まっている。五階は寮長の部屋がある以外は各フロアに入りきらなかった生徒の部屋がある。大抵は転校生だとか高等部から入学したとかいった理由が大半だが、中には他の生徒と何か問題を起こし移動を余儀なくされた場合も含まれる。寮長と同じフロアであり、その上には風紀委員のフロアがある為、基本的にはこのフロアで生活している者は大人しく過ごしているはずだ。

 ……でも、こーゆー奴もやっぱりいるってわけか。

 内心冷笑した後、手を伸ばしてきたほうの腕を軽く捻って床に倒した。倒されたほうも側にいたほうも、何が起こったのかわからないといった表情をしている。

「汚い手で僕に触らないでくださいね」
「……ってめ」

 見ていたほうが今度は襲いかかってくる。その相手の腕も軽々とつかんで斗真は後ろ手に捻った。

「っいってぇ……! 腕、折れる……っ」
「は。折れませんよこれくらいじゃ。ああでも関節は抜けるかも。折って欲しいなら折りますが」
「なっ、じょ、冗談じゃないっ。つかお前何なんだよ!」

 苦しそうに言っている相手の手を捻ったまま、床から起きあがろうとしている相手の鳩尾を足で思いきり踏みつける。

「っぐ、ぅ」
「ああ、すみません、痛かったですか? でも僕チビなんですよね? だったら大して重みもないですし、先輩も平気でしょ」
「て、めぇ」
「てめぇ、ですか。本当に口の悪いできそこないですね、あなた方は。まあそれなら僕も敬語、使うの勿体ないですよね」

 ニコニコしたままだった斗真は、二人を思いきり見下したように冷たい視線を向けた。

「お前らみたいなのがいるから風紀の皆さんが大変なんだろうが。クソが、殺すぞ」

 絞り出すように言うと、二人とも青い顔で怯えたように斗真を見てくる。

「次、またろくでもないこと言ったりやったりしてるとこ見つけたら、本気でやっちまうからな? まずは指から折ってやる。ついでに爪もはがしてやろう」

 完全に見下した表情のまま、斗真は静かに告げた。激昂して言うよりそれは効果あったのか、二人はますます青白い顔つきになり、声も発せられないまま必死に首を振っている。

「それが嫌なら二度と風紀の悪口を言わないことだね。お前らみたいな頭の悪いやつだとちゃんと叩きこめないだろうし、なんなら今、指の数本、やっておこうか?」
「っひ?」
「し、しませ、ん! 言いません……!」

 先ほどまで勢いのあった雰囲気は影もなく、二人はますます必死になって首を振った。

「は。クソが。いいか? お前らの部屋はわかってるし、それで素性も把握できるからね?」

 ようやく斗真が腕と足を退けても、二人は寄りそうようにして震えている。

 ほんとクソだな。

 さらに冷たい視線を送った後、斗真はそこから立ち去ろうとした。ほっとしたようなため息が聞こえてくる。

「ああ、そうそう」

 斗真はいつものような笑みを浮かべ、振り返った。

「僕も風紀なんですよね。見回り、しますんで」

 その瞬間、二人がまた真っ青になったのが見てとれた。
 恐らく白根はその時のことを言っているのだろうなと斗真は内心思い返しつつ「ただの取り締まりだとは思わないんですか?」と微笑みながら言う。

「そう見えなかったしな。いやまあアイツらも大概だからな、お前が悪いと言い切るつもりねーけど、まあ限度ってものがあるってことだ」

 白根は持っていたアップルスペシャルの缶を飲み干すと立ち上がる。そして「じゃーな」と手を上げ、その場から立ち去っていった。

 ……何だ、俺を脅すんじゃないのか。何なんだほんと。

 少しだけポカンとした表情をした後、斗真は改めて自販機へ向き直った。

「……」

 じっと見た後ボタンを押す。出てきたリンゴの絵が描かれている缶を取り出し、プルトップを開けて口にした。

「……思ってたよりもリンゴだな」

 でもそんなにいらないなと思っていると、風紀副委員長の拓実がやってきた。

「あいつ、中々食えないよね」

 相変わらず眠そうな目でそんなことを言ってきたので斗真は「え」と拓実の顔を見る。

「双葉くんもそれ、好きなの」

 だがすでにいつものようにぼんやりした感じで拓実は続けてきた。斗真はニッコリ微笑む。

「間違えちゃって。でも捨てるのは嫌だしって思って飲んでみたんです。思ってたより美味しいですが、僕は一口くらいで十分かもです! 拓実さんってこのジュースお好きでしたよね。飲みさしでもしお嫌じゃなければ貰ってくれませんか」

 斗真はそう言ってジュースを拓実に差し出した。拓実は怪訝そうな顔しながらも「ありがとう、じゃあ貰うね」と受け取ってくれた。先ほどのことは別に気にならないので普通に嬉しく思い、「えへへ」と実際声に出しながらも斗真は今度こそ水を買った。
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