ヴェヒター

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6Saturday

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 夢の中で慶一はあんこになっていて、まんじゅうの生地に押しつぶされそうだった。苦しいし生地からもはみでそうだし、このままではあんことしてダメな気がする。
 そんなわけわからないことを思いながら、実際息苦しさで目が覚めると朝だった。目が覚めてもやはり苦しく、おかしいなと思っていると青葉が思いきり自分をぎゅうぎゅう抱きしめている状態だと気づき、慶一は微妙になる。
 あんこの気持ちを実感したとともに、青葉のひっつきように呆れ、引き剥がそうとしたが剥がれない。思いきり力を入れて押せばどうとでもなるのかもしれないが、気持ちよさそうに眠っているのにそこまでするのもどこかかわいそうな気がすると思った後、慶一はため息ついた。
 どうにも自分は青葉に甘いのではないかと思ってしまう。あんこじゃないけれども、このままじゃ駄目な気がする。
 前に散々な目に合わされていたことに関しては、とりあえず今の慶一が青葉に抱く感情に関係ないと思っている。それは関係なく、とりあえず甘やかし過ぎていて駄目なのではないかと思うのだが、でもどうにも厳しくできない。そんな慶一に対し青葉は「冷たい」などと言ってくるのだから納得いかない。
 全く、と再度ため息ついていると「ん……、けー、ち、くん……」と青葉の声がした。眠っていたから掠れているのだが、その声につい昨日眠りに陥るまでしていた行為が頭を過り、慶一は少し赤くなった。
 昼にもしたというのに、夜も青葉は離してくれなかった。何度も後ろから、そして向き合って前から、と激しく求めてくる青葉を、慶一もひたすら受け入れるしかなかった。
 ああ、と顔を覆いたくなったところでまたさらにぎゅっと抱きしめられ、慶一は思わず驚いてぎょっとした。

「おはよ、慶一くん……」
「……うん、おはよ……」

 考えたら寮のそれも同じフロアに住んでいるというのに、一夜を明かしたことはなかった気がする。慶一は今さらながらに気づいた。
 同じ寮で、学年は違えども同じ学校で、青葉は生徒会とはいえ同じ風紀でと当たり前のように顔を合わせていたので、意識していなかった。
 朝目覚めて隣に青葉がいることに何だか落ち着かず、慶一は体をもぞもぞさせた後、起きあがろうとした。

「えー、もう起きんの? もうちょっとベッドでいちゃいちゃしねぇ?」
「な、何言ってんだよ……」

 慶一は困った表情になった後、構わず起きあがる。
 正直本当は横になっていたい気もする。それは青葉といちゃいちゃしていたいからというより、体がだるいからだ。昨日散々海で遊んだ上、昼も夜も何度も青葉に抱かれたせいだ。
 すっきりするためシャワーでも浴びようと何気に青葉を見たら青葉の前髪が完全におりているのに気づき、どこか微笑ましい気持ちになる。

「何?」
「あ、いや。前髪」
「んー? ああ。いっつも上げてるもんな」

 青葉がどこか照れくさそうにしながら前髪をかき上げる。だが濡れてもいないしセットもされていない青葉の髪はすぐにサラサラおりる。

「……髪」

 慶一が呟くと青葉が怪訝そうに慶一を見てきた。

「何かそうやっておろしてるほうが俺は好きかな」

 本当にそう思って呟いたのだが、言った後自分は変なことを言ったのではないかと赤くなった。

「あ、今のは髪のことで……」
「マジで?」
「いやだから……」
「慶一くん、前髪おりてる俺のが好き? そーなの?」
「……」

 妙に必死な青葉に慶一は閉口する。

「え、どーしよ。だったら俺、ずっともうおろしてよかな。あーでもさー俺、髪おりてたら幼くね? なんかガキっぽくなるよーな気がしていっつも上げてたんだけど」

 確かに前髪がおりている青葉は幼く見えた。とはいえ普段も特に大人っぽくはない。背もあるし慶一よりしっかりした身体つきでもある青葉は別に一見幼くは見えないが、同学年の永久に比べるとやはり少し幼く見える。
 斗真と比べても仕方ないのであえて比べないが、そう思っているのを斗真がもし知ればあのかわいらしい笑顔のまま無言の圧力をかけてきそうだと慶一はそっと思った。
 そして青葉を改めて見る。前髪がおりている青葉はやはり幼く見える。だが、それがかわいいと思った。

「悪くないと思う……」

 ぶっきらぼうにそれだけ言うと、慶一はシャワーを浴びに行った。

「おはようございます、慶一さん」

 広間へ行くと随分前に起きてすっきりしているといった風の斗真がニコニコ挨拶してきた。

「おはよ」
「ぐっすり眠られました?」

 斗真はもちろんそのままの意味で聞いているのだろう。だが慶一は妙に青葉を意識してしまい「ふ、普通」とだけ顔を逸らしながら答える。そんな慶一を見て、斗真はなぜ慶一がそんな態度なのかすぐわかったが、ただニッコリ微笑むだけに留めた。
 少し離れたところでは睦が青葉を見て「あお、何なのガキみてー」と笑っている。青葉は「うるせー」と言い返しながらもどこかやたら嬉しそうだ。いつも前髪を立てているのに完全におろしている青葉を周りも「何か幼い」と思いながらも、青葉が本当に嬉しそうなのでそっとしている。

「特に予定ないなら、せっかくだし皆で海へ行かない?」

 広間に入ってきた宏がニコニコ言うことに、誰も反論はなかった。全員揃ったところで朝食をとってから、皆で屋敷の側にあるプライベートビーチへ向かう。
 皆で一緒に、といえどもやはりそこでも好きに過ごしていた。
 千鶴は宏とパラソルの下で飲み物を飲んだりぼんやり過ごしている。
 慶一もその近くのパラソルの下にあるリクライニングチェアーに横になり、何やら音楽を聞きながら昼にもなっていないのに昼寝の体勢に入っていた。
 他の皆は即席のビーチバレーで遊んだり大きなゴムボートに乗って途中で揺らしたりして誰が落ちるかなどといった風に、子どものように遊んでいた。
 こういった場合、一番ノリノリなのはもちろん睦と青葉だが、いつもは皆の兄のような位置にいる瑠生も涼しい顔しながら大いに乗るし、良紀も同じだ。永久は仕方ないですねといった顔しながらもそのノリについていっているし、黄馬も楽しげだ。
 三里はよく普段から不憫な目に合っているが、こういった場合もそれは変わらず、気づけば五回は海に落とされていた。
 途中で宏や千鶴も参加したり、寝ている慶一も引き摺りこまれたりとひたすら馬鹿みたいに騒ぐ。
 昼は宏の屋敷で働いている人が用意してくれたらしい、バスケットに詰められた大量のサンドイッチなどをその場であっという間に平らげていく。

「何かさ、海では焼きそばなんっしょー?」
「焼きそば? なぜ?」

 睦がパンをむぐむぐ口に含みながら言うと、瑠生が怪訝そうに首を傾げた。

「海水浴場で売ってるらしーっすよ」

 青葉が楽しげに答える。

「かき氷とかも定番ですよね」
「カレーとかもありますよねえ」

 斗真と良紀もニコニコ答えてきた。二人はよく知っていそうな感じがして、皆は「わりと海水浴場へ行くの」と聞こうと思ったが、すぐに「ああ家業……」と思いつき妙に納得している。

「海で焼きそばかあ。食べてみたいね。今度日本の海水浴場も皆で行こうね」

 自分も好き勝手行動するわりに宏は「皆で」というのが好きらしく、よく色々誘ってきたりする。

「でも多分今からだと日本はくらげばっかじゃねーっすかね」

 青葉がそう言うと「そっか」と残念そうな顔していたので「来年! は、でも宏さんら卒業してるっすよね。んじゃ代わりに秋、どっか皆で祭りか何か行きましょーよ」と慌ててつけ加えていた。
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