ヴェヒター

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7Sunday

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 宏の言葉に千鶴は怪訝そうな表情で首を傾げる。ああ、意味が通じなかったかなと宏は千鶴に微笑みながら考えた。
 いつもぼんやりしているイメージが千鶴にあるせいか、恋愛などに関しても、あまりよくわかっていないのかもしれないと思った。かといって「恋愛の意味で好き」という表現以外でもっとわかりやすい表現が浮かばない。
 千鶴はだがそういう意味で首を傾げていたのではない。実際のところ「俺はずっとヒロを恋人だと思ってたんだけど」と心の中で話していた。
 千鶴も別に恋愛や性に対し発達しているわけではない。かといって遅れているわけでもない上、宏のことは物心がついた頃からそういう意味で好きだった。
 いくら無口とはいえ、脳内ではむしろ千鶴は活発だ。なので小児の頃から宏がその他大勢と全然違うことも理解していたし、その違いが特別なものだともわかっていた。
 さすがに幼児の頃はただ好きでくっついているだけだったが、小児の頃はわかってくっついていた。周りは微笑ましい様子で見ていたようだが、千鶴としては自分の欲望を全うしていただけだ。
 欲望と言っても精通すらしていない頃なので「ただ好きだからくっついていたい」という辺りは基本幼児の頃と変わらない。自分の中での意識が違うだけだ。
 ただ、宏に「好きかもしれない」と言われた時にはそれなりに成長している。

「恋人だと思っていたけどヒロは違ったのか……? そして『かもしれない』は取れないの?」

 心の中で言いつつ、やはり無言のまま千鶴がじっと宏を見ていると、ニッコリ微笑まれた。

「恋愛として好きだと伝わってるといいな。そしてチヅもそう思ってくれるようになると嬉しいな」

 穏やかな声で言ってくる宏を千鶴はさらに見つめた。

「俺はずっと恋人だと思ってた。でも俺がそう思うと嬉しいということはお前も恋人になりたいと思っていいのか」

 もちろん心の中でだけ話しているので宏には伝わっていないが、千鶴は手を伸ばし宏の両頬に両手を添えた。
 中等部に入ってさほど経っていない千鶴の背は、まだあまり高くない。宏のほうが、高い。それを不満に思いつつ、手を添えたままじっと見ていると「どうしたの」とまた微笑まれた。
 ずっと一緒だったし、ずっとかけがえない存在同士であることはわかっている。宏が「好きかも」と自覚しても、今さらこれくらいのことで宏が変に意識したり照れたりしないのはわかるし、千鶴としてもそのほうが落ち着く。
 なのでふるふると首を振った後、宏の顔を少し引き寄せ、自ら近づき宏の唇にちゅっとキスした。宏は少しの間ポカンとしていたが、またすぐに微笑んでくる。

「チヅも俺のこと、恋愛として好き?」

 優しく聞いてきた宏に、千鶴はもう一度ちゅっとキスした後、コクリと頷いた。
 気づいたら恋人だったと思っているのは実際のところ千鶴だけで、宏の意識では恐らくこの頃から二人は恋人になったと考えているだろうと思われる。とはいえ恋人になったからといって、特に何かが変わるわけでもなかった。
 キスは小さな頃にもしたことある。もちろんそれに込めた気持ちは似て非なるものだ。幼小の頃も、ただ単に何も考えずちゅっとしたというより好きで一緒にいたい、くっついていたいという思いがあったと思う。恋人となってからもそこは変わらない。好きで一緒にいたい、くっついていたいと思いがある。気持ちの違いと言えば、それに性的な気持ちも加わったところだろうか。好きな相手と唇を重ねるのが気持ちいいから、したい。
 ただ、恋人という明確な関係になっても、中等部にいる間は健全なキスくらいしかしていない。千鶴としてはそれ以上の深いキスもしたいと思っていたが、唾液のやりとりを交わすようなキスをしてしまうと、もっと深くしたくなるとしか思えなかったからだ。
 正直千鶴としては宏相手なのだからどこまででも進みたいとは思ったが、宏がその前にけん制してきた。けん制と言ってもあからさまに威圧するのでも威嚇するのでもなく、とてもやんわりではあるのだが。

「チヅのことは大好きだけども、深い関係にはせめて二人とも義務教育が終わってからがいいな」

 千鶴が「何故」という目で宏を見つめると、珍しく気持ちが通じたようだ。「どうしてって目で見てるように見えるよ」と宏は微笑んできた。

「何となく、かな。せめて義務教育くらいは終えたいなぁっていう俺のわがままかな? ただでさえ本当なら親に申し訳なく思う関係だろうと思うからね。たまたま俺の親もチヅの親も多分受け入れてくれるだろうとは思うけれども、俺とチヅはこれからずっと子孫を残せないからね」

 穏やかな声で言うその内容に「そんなの関係ない」と思いつつ、宏がこの先もずっと一緒だと思ってくれているのがわかり、千鶴はそれが嬉しくて大人しく納得した。その後すぐ納得したことを後悔したが。
 中等部在学中も宏はやたら周りにモテていた。それはそうだろうとは千鶴もわかる。それなりに背のある体躯はスラリとしている。手足が長い。そしてあまりハーフとわからない顔つきではあるが、色素の薄い髪や肌がまるで透けるように儚げに見える。実際のところは儚げでも何でもなく、楽しいことが大好きで社交的な性格だ。
 誰にでも親しげだが、妙に漂うオーラのせいで相手からは親しげな態度を返されるよりは尊敬的な目で見られることが多い。おかげで千鶴としてはまだ助かってはいる。それでもモテている状態は、千鶴にとって気に食わない。

 独り占めできるならそうしたい。
 したいけれども方法がわからない。
 どうしたらできるのかわからない。

 それが、宏の全てを得られたら、独占できるような気持になれる気がした。
 鉛筆を削る行為は、そんな不満も和らげてくれる。初等部の頃から始めたのだが、当時も宏が中等部へ行ってしまったので色々と持て余した千鶴が手持無沙汰にやり始めると、存外おもしろくなったのだ。
 宏が一緒だった時はそうでもなかったが、片時もなるべく離れていたくない千鶴にとって、一学年でも違うのは大きい。大きいが、どうしようもないのでひたすら鉛筆を削ることで気持ちを集中させた。
 元々文房具が好きなのもある。文房具雑貨を見ていると、何となく気持ちが落ち着く。そして鉛筆を削る行為は、気持ちが集中するだけでなくいかに綺麗に研ぎ澄ませるかという達成感もある。
 また、外見の柔らかさから誰も想像つかないようだが、千鶴の中で蠢く宏が好きすぎる上での嗜虐心や破壊衝動にも似た感情を移せる。和らげるのでなく、移す。
 あと、便利でもある。少しでも宏に変な近づき方している輩を見つけたら、その相手の顔すれすれの辺りに鉛筆を投げる。すると大抵の者は固まる。たかが鉛筆なので、一見物騒でもない。なので千鶴は軽率に使う。コントロールには自信があるが、正直当たってもいいくらいの気持ちさえある。
 ただ、投げられた側にしてみればたかが鉛筆ではなかった。投げた先に壁があると、下手すれば鉛筆が刺さっていることもある。鉛筆が刺さるという、意味のわからない状況も怖いし、それが自分すれすれに飛んできたのも怖い。
 とはいえ投げた相手は千鶴であり、その者からすればとても物静かで可憐な少年にしか見えず、とりあえず色々意味わからなさすぎて固まるのだ。
 宏はとりあえず相手が怪我をしていないことに安堵しつつ「ごめんね」とその場を離れる。本当なら千鶴に「ああいったことはしたらだめ」だと叱らなければならないのだが、いかんせん宏は千鶴に甘い。

「危ないよ」

 せいぜいそう言うくらいになってしまう。千鶴はそんな宏にきゅっと抱きつくだけだ。ある意味バカップルなのだろうが、二人とも見目がいいので周りにもし誰かいてもついほんわかと眺めてしまう。
 抱きつく状態だった千鶴だが、中等部に在学している間にどんどん身長は伸びていった。高等部二年の今では、とてつもなく高いとまではいかなくてもそこそこの身長はある。宏は逆にさほど伸びていない。

「イギリス人の血が混じっているはずなのにおかしいねえ」

 あまり伸びなかったことに関して宏は全く気にしていないようで、千鶴に微笑みながら言ってきた。ずっとずっと宏の身長を抜きたいと思っていた千鶴としてはありがたいことだ。千鶴は何も言わず宏をふんわりと抱きしめる。
 歳だけは追い抜けない。だからせめて身長だけでも、とずっと思っていた。
 自分が包容力のあるタイプでもなく頼りがいのある性格でもないことは承知している。それに関しては別に好き勝手やっている自覚もあるので嫌だと思ったこともない。ただ、大好きな宏だけは、自分のできる範囲で包み込みたいとも思っている。
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