ヴェヒター

Guidepost

文字の大きさ
190 / 203
7Sunday

3

しおりを挟む
 宏が高等部へ上がると、また千鶴と離れた。校舎は初等部と中等部だった頃より近い。初等部だけは離れた別棟にあるのだが、高等部と中等部は大きな校舎内に並ぶようにしてある。ただ高等部の者が中等部へ行っても、中等部の者が高等部に行っても目立つため、よほどのことがなければ誰もお互い立ち入らない。
 寮も同じで、敷地内にあるのだが全然違う建物であり、普段会うことすらない。
 できるだけ放課後や休日に会うようにはしていたが、宏が生徒会に入ってしまったため、いつでもは会えなくなった。
 その分、SNSでのやりとりは絶えずしていた。普段あれほど無口な千鶴は、SNSではどんな指の動きで打っているのだと宏でさえ首を傾げたくなるほど、とてつもなく速い勢いで言葉を打ち込んでくる。

『今度の日曜は風紀の仕事もないから、一日どこかへ行こうか』

 宏がそう送った途端、まるで見張っているのかというくらいレスポンスがいい。

『行く』
『遠出じゃなくていい』
『行っていいならヒロの部屋がいい』
『ぼんやりお前の話聞いていたい』
『朝から行っていい?』
『俺が中等部の生徒でも時間決めて入口でお前待っててくれたらいいんだろ?』

 行く、遠出じゃなくていい、という段階で宏が『じゃあ』と打とうとしている間にこれくらいの勢いで反応がある。一応ある程度打ってきた後、宏の返信を待ってくれるようなので、いつも笑いながら宏は改めて返信している。

『朝十時にじゃあこっちの寮入口で待ってるね』

 SNSでの饒舌さがあるので、普段の千鶴も色々内心では言葉を使っているのだろうと宏も思っている。ただ実際はほぼ喋らない。
 千鶴をとてもかわいいと思っている宏にとって、そんな違いすら楽しいだけで不満は特にない。宏が喋っていることに関しても何も返してこなかったりするので一見聞いていないようにも見えるが、千鶴が一言も漏らさず聞いてくれているのだけはわかっているので十分だった。
 宏が高等部へ上がっても千鶴はまだ中等部なので、深い関係になるのはまだ待ってもらっている。そのため、千鶴が宏の部屋へ来ても本当にただ宏が喋ったり二人でぼんやりとくっついたり映画を観たりしているだけだ。
 宏は風紀と言えども生徒会の一員であるので、入寮後六階にある専用スペースの一人部屋で生活している。その部屋で二人きりという状況は、正直宏も気分がそわそわとするのだが、自分を律して千鶴へ笑いかける。
 千鶴はといえば確かに堪えてくれているのだけは伝わってくるが、部屋にいる間ずっと宏にくっついたままだ。

「……チヅ。映画、見にくくない?」

 笑顔のまま宏が言うと、千鶴は無言のままふるふる頭を振ってくる。
 寮に置いているテレビは大きくない。そもそも部屋が狭い。だがベッドの上で後ろから羽交い絞めのままというのは千鶴的に重いのではないかなと宏は思う。宏も少々窮屈だ。もたれられるよう抱えてくれてはいるが、自分の自由に動ける状態と、支えられているとはいえ羽交い絞め状態では大きく違う。
 それでも宏は「チヅがいいならまあいいか」と千鶴のいいようにさせていた。
 千鶴は日々好き勝手生きているし、とことん我が道を行くタイプではあるが、宏と約束をしたことは違わない。中等部を卒業するまではしない、と渋々であっても約束したことは結局どれほど傍にいてくっついていても、一度も破ろうとはしてこなかった。
 その代わり、千鶴が高等部へ入学してきた後、早い内に二人は触れ合うようになった。
 とはいえ入学後、数日は色々と千鶴もバタバタしていたようで姿を見せなかった。連絡だけは来ていた。

『忙しい』
『面倒』
『ヒロに会いたい』
『面倒』
『レクリエーションどうでもいい』
『面倒』
『会いたい』
『面倒』

 ちょくちょく送られてくるSNSに、宏は苦笑していた。

「……チヅ、どれだけ面倒なんだろうね」

 昔からずっと一緒にいるとはいえ、歳が一つ違うと学生の間は全然環境が違う。初等部の頃はさほどでもなかったが中等部、高等部での千鶴が普段どう過ごしているのか宏はわからないし、とても気になる。だからといってたびたび様子を見にいくわけにもいかない。

「……友だち、ちゃんといるといいんだけど」

 もちろん友人という存在が千鶴にとって必ずしも必要なものだと断言はしないが、いないよりいたほうがきっと楽しいと思うし、宏「が」何となく安心できる。
 中等部の頃も大抵夜は一緒にいたし普段も特に気にならなかったのだが、今は生徒会に入っているのもあって恐らく宏もあまり時間を作られない。だからかもしれない。千鶴からしたら余計なお世話だろう。宏が勝手に心配し、勝手に気にしているだけだ。
 千鶴の親だけでなく、宏も昔から千鶴を甘やかしていた記憶しかない。さすがに高校生になっても千鶴があのままである責任の一部は自分にあるとしか思えないと宏は苦笑する。

 ……でも、そんなチヅのままでいいとわりと思ってるからなあ。

 苦笑した後、自分に呆れた。
 千鶴が入学して少し経った頃、授業中だが生徒会の仕事絡みでグラウンドを通りかかった際、体育の授業らしい千鶴を見かけた。本人は相変わらずひたすらぼんやりしていたが、周りの幾人かがそんな千鶴に何やら話しかけたり柔軟を手伝ったりしていた。宏はホッとしつつその光景がかわいらしく見え、微笑ましく思えた。案外うまくやっているのだなと安心した。
 千鶴が入学したての頃はだが「面倒がらずにもっと周りを見て欲しいなあ」とも思っており千鶴がひたすら送ってきた後SNSにも『きっと楽しいから色々やってごらん』と返したらその後返信が途絶えた。
 その時はきっと用事ができたか何かだろうなと思っていたが、その後もずっとなかったのでさすがに少々不思議には思っていた。
 するとその夜、宏の部屋に千鶴が訪れてきた。

「いらっしゃい、どうしたの? 忙しいの終わったの?」

 千鶴はふるふると首を振りながら中へ入る。何か用でもあったのかなと思いながら、とりあえずベッドへ座らせて飲み物でも用意しようとしてると腕を引っ張られた。不意のことだったのでそのままバランスを崩し、宏は千鶴に寄りかかるようにしてベッドに倒れた。

「チヅ?」

 怪訝な顔で宏が千鶴を見ると、いつも基本無表情な千鶴がどこかムッとしたような表情を浮かべている。

「どうしたの? 何か怒ってる?」

 宏が聞くとコクリと頷いてきた。

「……ヒロだけ」
「?」

 千鶴は相変わらず心の中では饒舌に告げていた。

「色々何てしない。楽しいのはヒロといる時。ヒロともっといたいのに何でヒロは色々やれなんて言うんだ。俺はそんなの求めてない。今も昔もずっとヒロだけなのに、ヒロだけ欲しいのに、でもヒロに言われたからずっと我慢してきたのに、何で突き放すようなことを言うんだ」

 ひたすら心の中で思った後、千鶴はぎゅっと宏を抱きしめた。ただその声は当然宏には届かない。なので千鶴が何を言いたいのか、どうしたのかもわからない。
 ただ、ヒロだけと言いながらぎゅっと抱きしめてきた千鶴に、宏は何となく察するものがあった。

「……俺もチヅがずっと傍にいてくれるだけで嬉しいよ? でもそれだけじゃダメなんだよチヅ」

 穏やかな声で言うも、千鶴は宏を抱きしめたままふるふる首を振ってきた。

「チヅ……」

 困ったと多少思いつつも、やはりそんな千鶴がかわいくて仕方ないとも思う。宏は抱きしめられたまま自ら千鶴にキスした。
 そっと触れ合うキスからそれはゆっくり深くなっていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Please,Call My Name

叶けい
BL
アイドルグループ『star.b』最年長メンバーの桐谷大知はある日、同じグループのメンバーである櫻井悠貴の幼なじみの青年・雪村眞白と知り合う。眞白には難聴のハンディがあった。 何度も会ううちに、眞白に惹かれていく大知。 しかし、かつてアイドルに憧れた過去を持つ眞白の胸中は複雑だった。 大知の優しさに触れるうち、傷ついて頑なになっていた眞白の気持ちも少しずつ解けていく。 眞白もまた大知への想いを募らせるようになるが、素直に気持ちを伝えられない。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(2024.10.21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。

処理中です...