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41話
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凪の様子が何となく変だと思いつつも、氷聖はそれが凪をかなり悩ませているものではなさそうだと判断し、翌日は凪の家へは行かずに約束のあった別の子と出かけていた。あまりひたすらそばにいると、さすがに凪も難色を示してきそうだしと、それなりに調整をとっている。
凪にもよく言われているが、氷聖は軽い。とはいえ氷聖は自分を軽いと思っていない。ただ、人との交わりに関して気軽なだけだ。自分がそれなりに気に入れば、誰とでも気軽に体の関係を持つことにも罪悪感はない。特に男なら体が傷つくという感覚もあまりないのでさらに気軽だと思っている。女相手だと相手の心身を心配することもあるし、諸々面倒なことになるのはごめんだ。
かといって今お気に入りの隼に関しては少し扱いは違う。正直他の相手は和颯ではないが、それなりに有象無象だと思ってはいる。
隼は違う。本当に口先だけでなくかわいいと思っている。顔は美少年と言っても過言ではない。最初は物凄くボサボサ髪の眼鏡をむしろ凄いなと思っていたが、わりと早い内から造りがいいことに気づいていた。身長は小さくも大きくもないがバランスがいい。
そんな見た目だというのに本人にまったく自覚なく、もしあったとしても多分どうでもいいと思いそうな、色々関心のない性格で基本的にドライだ。真面目で勉強熱心だが、かといって完全に頑なという訳でもない。ただひたすらドライ。
そんなところがだがとてもかわいいと思うし、かわいければもちろんキスなんて「おはよう」の挨拶よりも気軽にできる。
セックスもやろうと思えばできる。元々氷聖は気軽にするタイプだ。しかし隼に対してあまり性的なことを好んでしたいとは思っていない。それよりも色々連れ回したり色んな経験をさせたりして楽しませてみたい。
氷聖がそんな風に思うのはとても珍しい。ただそれは性的に好きだからでないことは初めからわかっている。
強いて例えるなら、ペットだろうか。とても大事にしたいと思う、例えば飼い猫に対する思いに少し似ている。かわいくて堪らないから色々遊びたいし連れ回したいが、あまり構うと嫌がるのも知っている。そういう時は見て楽しむ。もちろんふらりと出掛けるのも自由だ。どうしようが自由、ただ自分のペットではあるという、かわいい飼い猫の存在のようなもの。
「緋月先輩は何で俺に構うんですか」
昨日、別の約束で会っていた相手と別れてぶらぶらしているとばったり隼に会った。微妙な顔してそそくさと挨拶だけして立ち去ろうとする隼を、氷聖は当然とばかりに引き留め、また前の店に同じように連れ込んだ。
諦めたのか隼はため息つきながらアイスコーヒーを頼んでいた。氷聖は今回も酒を出してもらえず、がっかりしつつもただの炭酸水を頼む。そして一息ついた後に隼がそんなことを聞いてきた。
「そりゃ隼くんがかわいいからに決まってるよね」
「……それっておもちゃってことですか」
あまりに軽く答えるからだろうか、からかわれていると捉えたのか少しムッとしたように隼が聞いてきた。
「えー、まさか。玩具っていうか愛玩としてってのなら多分カズがそう見てるよねえ、そういえば」
「……は? 葵先輩? が、何を?」
「あはは。ねえ、じゃあ俺が隼くんをおもちゃだと思ってるかどうか試してみる?」
ニコニコしながら氷聖が隼を抱き寄せるも、隼は「は?」と怪訝そうな顔をしている。だがかわいい。いや、実際はかわいいというより美形なのだろうが氷聖からすればとてもかわいい。
「んー。そういう顔は簡単に誰かに見せちゃだめだよ」
頭を撫でながら言うと、ますます怪訝そうな表情を隼はしていた。
「……そういえば……俺に構う理由がほんとわかりませんが、でももしかして緋月先輩って、雪城先輩が好きなんじゃないんですか?」
「え? あはは、隼くんてわりにずばずば言ってくるよね。何でそう思うの?」
「すみません。俺、そうですか? ……何でかは、まあ、何と、なく?」
「ふーん」
氷聖がただにっこり頷くと、隼がまたため息ついてきた。
「緋月先輩はほんと中身が見えなくて、俺は苦手です」
「ほんとすっぱりだよね。俺は隼くん大好きなのになあ」
わざと悲しげに答えると、呆れたように隼が氷聖を見てきた。氷聖はにっこり見返す。
「ねえ、そんな隼くんは誰か好きな人、いる?」
「は? 俺、ですか? いえ、いません」
いないと言いつつも何か過ったかのような表情をした隼を氷聖が見逃すはずもなかった。
「今、狼くんが過ったりした?」
にっこり聞くと、隼はポカンと氷聖を見てきた。
「何で」
「何となく?」
隼が言ってきたみたいに氷聖も答える。
「……別に雅也が好きな人ってわけじゃなくて。たまたまペッ……いえ、今身近な相手として頭に出てきただけです。そもそも俺も雅也も男です」
今ペットって言いかけたよね?
氷聖は楽しく思う。
でもそのペットって感覚、俺が隼くんに持ってる感情と同じじゃないんじゃないかなー?
「男ね。でもさっき隼くん、男である俺に、男であるナギのこと好きなんじゃないのかって言ってきたよねえ」
「そ、れは……緋月先輩どっちでもいけるって聞いたことあるからで……」
「隼くんは駄目なの?」
「え?」
「男。何か隼くんってそういう決めつけとか偏見とかなさそうな気がしたんだけど」
ない、というより関心がないと言うほうが正しいのかもだけど。
隼がどう考えるのだろうかなと思いながらも、少し怪訝そうな表情のまま首をそっと傾げている隼がかわいいので氷聖はただニコニコそんな隼を見ていた。
そして今日。昨日は行かなかったし、と凪の家へ朝から遊びに行き、まだ眠っているであろう凪の部屋へ入り、氷聖は昨日ここへ来なかったことを一瞬だけ後悔した。
別に明確な何かがあるのではない。だが絶対に、間違いなく、昨日ここに和颯がいた。そして、凪に、何かをした。
氷聖が部屋へ入り、眠っている凪に楽しげに近づいた途端目を覚ました凪を見て、氷聖はピンときた。
「……普段から起きないのにね。それも休みだってのに、俺が来ただけで目を覚ますなんて明日は嵐かな?」
にっこり言いながらも、氷聖は凪の上半身に目をやる。今まで冬でも下手をすれば裸だった上半身はTシャツで隠れている。
「た、たまたまだ」
そう言ってくる凪の顔はひきつっている。
本当に昔から真面目で、そして嘘つけないんだから。
氷聖はベッドに乗り上げ、手を凪の髪にやり、すっと梳いた。
確かに和颯には色々言ってないことはあった。ゆっくり育てていたのになあ、と少し残念に思う。でも、と氷聖はにっこりした。
小さな頃から一緒で、大切だった凪を色んなことから守りたいと氷聖はずっとそばにいた。何ごとも投げやりなのは、凪に何かあった時にこそ全力で助けるため。そしてそのため体を鍛えるのを怠ったことはない。
ただずっとそばにいると、大切過ぎて残念なことに無茶ができなくなってしまう。それは隼がかわいくて酷いことができないのとはまた全然違う。
もちろん快楽に呑まれ酷くつらい思いをするというなら、凪に関してはとても、させたい。ただ痛い思いや酷い思い、本当につらい思い。そういった諸々を味わわせることはできなくなってしまう。
「ナギ……」
でもカズがそれをしてくれたなら、話は違うよね……。
にっこりした氷聖はもう一度、凪の髪を優しく撫でる。
多分今までの反動もあるだろうし、和颯のあの腹黒さなら楽しんで凪を抱いたことだろう。もちろん和颯も本当に酷いことを凪にしないと氷聖はわかっている。だからこそ先ほどは一瞬後悔をしたとは言え今や腹立たないし、むしろ感謝すら覚える。
だって抱かれたであろうナギの様子は悲観的じゃない。俺に隠そうとはしているけど、それは絶望やつらさのせいじゃなく、ただ単に俺様なプライドから来ているんだよね。ほんっとナギはわかりやすいね。
凪の隼への態度でも、そうだ。例えば氷聖が隼へしたキス一つでも、凪の反応は多少の独占欲に近いものはあれども主に心配だった。別の時に雅也で念のため試してみたからわかる。雅也はそれこそ全身の毛を逆立てるかのように怒っていた。普通はこんな風に怒るだろう。
とはいえ氷聖も、和颯に凪を多分先に味わわれてしまっているというのに、ある意味歓迎しているので反応としては間違っているのかもしれないが。
とりあえず、凪はとてもわかりやすい。
「カズにされたのは、つらかった? 痛かった? 大丈夫?」
「な、何の話だ!」
本当に、わかりやすい。
「んー? 分からない? だったらわかりやすいように教えてあげるね」
凪にもよく言われているが、氷聖は軽い。とはいえ氷聖は自分を軽いと思っていない。ただ、人との交わりに関して気軽なだけだ。自分がそれなりに気に入れば、誰とでも気軽に体の関係を持つことにも罪悪感はない。特に男なら体が傷つくという感覚もあまりないのでさらに気軽だと思っている。女相手だと相手の心身を心配することもあるし、諸々面倒なことになるのはごめんだ。
かといって今お気に入りの隼に関しては少し扱いは違う。正直他の相手は和颯ではないが、それなりに有象無象だと思ってはいる。
隼は違う。本当に口先だけでなくかわいいと思っている。顔は美少年と言っても過言ではない。最初は物凄くボサボサ髪の眼鏡をむしろ凄いなと思っていたが、わりと早い内から造りがいいことに気づいていた。身長は小さくも大きくもないがバランスがいい。
そんな見た目だというのに本人にまったく自覚なく、もしあったとしても多分どうでもいいと思いそうな、色々関心のない性格で基本的にドライだ。真面目で勉強熱心だが、かといって完全に頑なという訳でもない。ただひたすらドライ。
そんなところがだがとてもかわいいと思うし、かわいければもちろんキスなんて「おはよう」の挨拶よりも気軽にできる。
セックスもやろうと思えばできる。元々氷聖は気軽にするタイプだ。しかし隼に対してあまり性的なことを好んでしたいとは思っていない。それよりも色々連れ回したり色んな経験をさせたりして楽しませてみたい。
氷聖がそんな風に思うのはとても珍しい。ただそれは性的に好きだからでないことは初めからわかっている。
強いて例えるなら、ペットだろうか。とても大事にしたいと思う、例えば飼い猫に対する思いに少し似ている。かわいくて堪らないから色々遊びたいし連れ回したいが、あまり構うと嫌がるのも知っている。そういう時は見て楽しむ。もちろんふらりと出掛けるのも自由だ。どうしようが自由、ただ自分のペットではあるという、かわいい飼い猫の存在のようなもの。
「緋月先輩は何で俺に構うんですか」
昨日、別の約束で会っていた相手と別れてぶらぶらしているとばったり隼に会った。微妙な顔してそそくさと挨拶だけして立ち去ろうとする隼を、氷聖は当然とばかりに引き留め、また前の店に同じように連れ込んだ。
諦めたのか隼はため息つきながらアイスコーヒーを頼んでいた。氷聖は今回も酒を出してもらえず、がっかりしつつもただの炭酸水を頼む。そして一息ついた後に隼がそんなことを聞いてきた。
「そりゃ隼くんがかわいいからに決まってるよね」
「……それっておもちゃってことですか」
あまりに軽く答えるからだろうか、からかわれていると捉えたのか少しムッとしたように隼が聞いてきた。
「えー、まさか。玩具っていうか愛玩としてってのなら多分カズがそう見てるよねえ、そういえば」
「……は? 葵先輩? が、何を?」
「あはは。ねえ、じゃあ俺が隼くんをおもちゃだと思ってるかどうか試してみる?」
ニコニコしながら氷聖が隼を抱き寄せるも、隼は「は?」と怪訝そうな顔をしている。だがかわいい。いや、実際はかわいいというより美形なのだろうが氷聖からすればとてもかわいい。
「んー。そういう顔は簡単に誰かに見せちゃだめだよ」
頭を撫でながら言うと、ますます怪訝そうな表情を隼はしていた。
「……そういえば……俺に構う理由がほんとわかりませんが、でももしかして緋月先輩って、雪城先輩が好きなんじゃないんですか?」
「え? あはは、隼くんてわりにずばずば言ってくるよね。何でそう思うの?」
「すみません。俺、そうですか? ……何でかは、まあ、何と、なく?」
「ふーん」
氷聖がただにっこり頷くと、隼がまたため息ついてきた。
「緋月先輩はほんと中身が見えなくて、俺は苦手です」
「ほんとすっぱりだよね。俺は隼くん大好きなのになあ」
わざと悲しげに答えると、呆れたように隼が氷聖を見てきた。氷聖はにっこり見返す。
「ねえ、そんな隼くんは誰か好きな人、いる?」
「は? 俺、ですか? いえ、いません」
いないと言いつつも何か過ったかのような表情をした隼を氷聖が見逃すはずもなかった。
「今、狼くんが過ったりした?」
にっこり聞くと、隼はポカンと氷聖を見てきた。
「何で」
「何となく?」
隼が言ってきたみたいに氷聖も答える。
「……別に雅也が好きな人ってわけじゃなくて。たまたまペッ……いえ、今身近な相手として頭に出てきただけです。そもそも俺も雅也も男です」
今ペットって言いかけたよね?
氷聖は楽しく思う。
でもそのペットって感覚、俺が隼くんに持ってる感情と同じじゃないんじゃないかなー?
「男ね。でもさっき隼くん、男である俺に、男であるナギのこと好きなんじゃないのかって言ってきたよねえ」
「そ、れは……緋月先輩どっちでもいけるって聞いたことあるからで……」
「隼くんは駄目なの?」
「え?」
「男。何か隼くんってそういう決めつけとか偏見とかなさそうな気がしたんだけど」
ない、というより関心がないと言うほうが正しいのかもだけど。
隼がどう考えるのだろうかなと思いながらも、少し怪訝そうな表情のまま首をそっと傾げている隼がかわいいので氷聖はただニコニコそんな隼を見ていた。
そして今日。昨日は行かなかったし、と凪の家へ朝から遊びに行き、まだ眠っているであろう凪の部屋へ入り、氷聖は昨日ここへ来なかったことを一瞬だけ後悔した。
別に明確な何かがあるのではない。だが絶対に、間違いなく、昨日ここに和颯がいた。そして、凪に、何かをした。
氷聖が部屋へ入り、眠っている凪に楽しげに近づいた途端目を覚ました凪を見て、氷聖はピンときた。
「……普段から起きないのにね。それも休みだってのに、俺が来ただけで目を覚ますなんて明日は嵐かな?」
にっこり言いながらも、氷聖は凪の上半身に目をやる。今まで冬でも下手をすれば裸だった上半身はTシャツで隠れている。
「た、たまたまだ」
そう言ってくる凪の顔はひきつっている。
本当に昔から真面目で、そして嘘つけないんだから。
氷聖はベッドに乗り上げ、手を凪の髪にやり、すっと梳いた。
確かに和颯には色々言ってないことはあった。ゆっくり育てていたのになあ、と少し残念に思う。でも、と氷聖はにっこりした。
小さな頃から一緒で、大切だった凪を色んなことから守りたいと氷聖はずっとそばにいた。何ごとも投げやりなのは、凪に何かあった時にこそ全力で助けるため。そしてそのため体を鍛えるのを怠ったことはない。
ただずっとそばにいると、大切過ぎて残念なことに無茶ができなくなってしまう。それは隼がかわいくて酷いことができないのとはまた全然違う。
もちろん快楽に呑まれ酷くつらい思いをするというなら、凪に関してはとても、させたい。ただ痛い思いや酷い思い、本当につらい思い。そういった諸々を味わわせることはできなくなってしまう。
「ナギ……」
でもカズがそれをしてくれたなら、話は違うよね……。
にっこりした氷聖はもう一度、凪の髪を優しく撫でる。
多分今までの反動もあるだろうし、和颯のあの腹黒さなら楽しんで凪を抱いたことだろう。もちろん和颯も本当に酷いことを凪にしないと氷聖はわかっている。だからこそ先ほどは一瞬後悔をしたとは言え今や腹立たないし、むしろ感謝すら覚える。
だって抱かれたであろうナギの様子は悲観的じゃない。俺に隠そうとはしているけど、それは絶望やつらさのせいじゃなく、ただ単に俺様なプライドから来ているんだよね。ほんっとナギはわかりやすいね。
凪の隼への態度でも、そうだ。例えば氷聖が隼へしたキス一つでも、凪の反応は多少の独占欲に近いものはあれども主に心配だった。別の時に雅也で念のため試してみたからわかる。雅也はそれこそ全身の毛を逆立てるかのように怒っていた。普通はこんな風に怒るだろう。
とはいえ氷聖も、和颯に凪を多分先に味わわれてしまっているというのに、ある意味歓迎しているので反応としては間違っているのかもしれないが。
とりあえず、凪はとてもわかりやすい。
「カズにされたのは、つらかった? 痛かった? 大丈夫?」
「な、何の話だ!」
本当に、わかりやすい。
「んー? 分からない? だったらわかりやすいように教えてあげるね」
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