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8話
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どうにも納得いかないことが多すぎる気がする、と葵は憮然とした顔で台本に目を通していた。
葵のことを知らないばかりか、名前を覚えもしない。葵が目の前にいても食べ物に夢中である。
そんな、それも平凡極まりない男が、葵の仕事っぷりを目の当たりにしても下手すれば寝そうだった。いや、あれは寝ていた。
だというのに平凡男、奏真には居場所を気にして心配してくるような相手がいる。しかも奏真もその相手には葵に接するよりかは関心を持った接し方をしていたような気がする。
ついでに葵の名前を中々覚えなかったくせに、マネージャーである章生の名前はすぐに覚えていた。納得いくわけない。
『──だからと言って知らない振りなんてできるわけ……』
「いや、できない……、違うな……できるはずないだろう、か……」
イライラしながら読んでいるせいで、台本はあまり頭に入っていなかった。
「っち。くそ。ちゃんとやれよ俺」
葵が自分を知らない者はいない、などと偉そうにできるのは、それだけ自分の仕事に自信を持っているからだ。そしてその自信は根拠のないものではない。
もちろん自分の外見がいいのは承知している。だが才能に胡座をかいたこともない。歌は元々得意なほうであったが、トレーニングを欠かさない。演技だってどれほど忙しくても稽古を欠かしたことない。
今もまだ読み合わせすらしていない段階だが、全ての台詞を予め覚えるべく自宅で目を通し一人で音読しているところだった。
正直なところ、学校の成績はあまりよくない。自分で認めるのは癪だが、頭はいいほうではない。なので台本もこうして何度も何度も読み込むのだ。そうして台詞だけでなく自分の役どころもつかみ、周りの役との空気を覚える。
とにかく集中しろよ俺。集中して台本完璧に覚えたら、くそ忌々しい桐江の野郎のとこに押しかけて、今度こそ俺の印象を確固たるものにしてやればいい。
自分に言い聞かせると、葵はようやく集中した。
数日後、何とか時間に余裕できた葵はとりあえず学校へ向かった。授業を受けなければならないのはもちろんだが、奏真のルームメイトやらを見ておきたかった。葵とクラスが同じだと本人が電話で言っていたのを覚えている。
清田剛という名前に心当たりは全くないが、そもそも葵がクラスメイトをあまり覚えていない。教室でも、誰が誰かわからないので、剛を見つけ出すことは自力では無理そうだった。なので話しかけてきた女子に聞く。
「なあ、清田ってどれ?」
「清田くん? あっち。何人かで喋ってるよ」
ニコニコ教えてくれたのはいいが、何人かで喋っているおかげで特定できない。その中で一人は、もちろん葵の足元にも及ばないながらも中々目立った雰囲気はある。しかし他の連中は揃いも揃ってどこにでもいそうな感じだ。多分その中の一人なのだろう。
葵は教えてくれた女子に礼を言うと、そちらへ向かった。
「清田」
とりあえず呼べばどれかが反応するだろうと踏んだ。だがさすがに一人目立った雰囲気があると思ったやつが反応するとは思わなかった。
「何? あ、そういえばこの間はそーまにありがとう」
葵が話しかけることで、むしろ周りが少し挙動不審になりつつ「何、こないだ焔と何かあったの」と剛に聞いている。
奏真は酷すぎるが、剛も他のやつに比べて葵に対する態度が普通だ。おまけに葵に近づいてくると、身長もあまり変わらない。いや下手すれば剛のほうが高いかもしれない。
そんなわけあるか。俺のがきっと高いはず……多分。
「何がありがとうなんだよ。お前は桐……奏真の保護者かよ。というか、ちょっとこっち来い」
そーま、とやたら親しく呼ぶ剛が苛立たしくて、葵はこの間の電話でもしたように自分も奏真を名前呼びする。何だろうか、自分でもよくわからないのだが、何らかの対抗心なのだろうか。
とりあえず周りにじろじろ見られていたのでは話しづらいので、葵は剛を教室の隅に追いやった。
「何? ああえっと、保護者かって言われたらうーん、まぁそうかも。保護者って感じ、あるかもしれないな」
葵の対抗心に対し、剛は気にした様子もない余裕っぷりで、ますます葵を苛立ててくる。
そもそも桐江が地味だってんのにお前も地味でいろよ!
理不尽だとわかっているが、ついイライラそう思ってしまう。
「でも何で穂村がそーま連れてたの?」
学校のやつらも大抵は芸名で葵を呼んでくる。だが剛は違った。腹立たしいが、ほんの少しだけは嬉しさもある。
ほんの少しだ。ほんの。ほんの少しだけどな!
頭の中で繰り返した後に、だがと葵は剛をじろりと見た。
「さん」
「え?」
「さんをつけろ」
「……穂村、さん?」
剛が微妙な顔をしつつも敬称をつけてきたところで葵は頷いた。
「あいつが──」
だが、自分のことを知らなかったから仕事をしているところを見せていた、と言うのは悔しい。言いかけてから葵はふいと顔を逸らした。
「お前に説明する筋合いはねぇ」
「別にいいけど……じゃあ何かな」
苦笑している剛に内心うっとなるが、葵は何でもない様子で剛をまたじろりと見た。
「今日、お前の部屋へ行く。放課後案内しろ」
「えっ? 何で」
「いいから連れてけ」
「そりゃ構わないけど……ああ、そーまに用事? だったら携帯かけるかメッセ送るかで連絡すればいいのに」
その言葉で、自分がまだ奏真の番号すら知らないことに葵は気づいた。
葵のことを知らないばかりか、名前を覚えもしない。葵が目の前にいても食べ物に夢中である。
そんな、それも平凡極まりない男が、葵の仕事っぷりを目の当たりにしても下手すれば寝そうだった。いや、あれは寝ていた。
だというのに平凡男、奏真には居場所を気にして心配してくるような相手がいる。しかも奏真もその相手には葵に接するよりかは関心を持った接し方をしていたような気がする。
ついでに葵の名前を中々覚えなかったくせに、マネージャーである章生の名前はすぐに覚えていた。納得いくわけない。
『──だからと言って知らない振りなんてできるわけ……』
「いや、できない……、違うな……できるはずないだろう、か……」
イライラしながら読んでいるせいで、台本はあまり頭に入っていなかった。
「っち。くそ。ちゃんとやれよ俺」
葵が自分を知らない者はいない、などと偉そうにできるのは、それだけ自分の仕事に自信を持っているからだ。そしてその自信は根拠のないものではない。
もちろん自分の外見がいいのは承知している。だが才能に胡座をかいたこともない。歌は元々得意なほうであったが、トレーニングを欠かさない。演技だってどれほど忙しくても稽古を欠かしたことない。
今もまだ読み合わせすらしていない段階だが、全ての台詞を予め覚えるべく自宅で目を通し一人で音読しているところだった。
正直なところ、学校の成績はあまりよくない。自分で認めるのは癪だが、頭はいいほうではない。なので台本もこうして何度も何度も読み込むのだ。そうして台詞だけでなく自分の役どころもつかみ、周りの役との空気を覚える。
とにかく集中しろよ俺。集中して台本完璧に覚えたら、くそ忌々しい桐江の野郎のとこに押しかけて、今度こそ俺の印象を確固たるものにしてやればいい。
自分に言い聞かせると、葵はようやく集中した。
数日後、何とか時間に余裕できた葵はとりあえず学校へ向かった。授業を受けなければならないのはもちろんだが、奏真のルームメイトやらを見ておきたかった。葵とクラスが同じだと本人が電話で言っていたのを覚えている。
清田剛という名前に心当たりは全くないが、そもそも葵がクラスメイトをあまり覚えていない。教室でも、誰が誰かわからないので、剛を見つけ出すことは自力では無理そうだった。なので話しかけてきた女子に聞く。
「なあ、清田ってどれ?」
「清田くん? あっち。何人かで喋ってるよ」
ニコニコ教えてくれたのはいいが、何人かで喋っているおかげで特定できない。その中で一人は、もちろん葵の足元にも及ばないながらも中々目立った雰囲気はある。しかし他の連中は揃いも揃ってどこにでもいそうな感じだ。多分その中の一人なのだろう。
葵は教えてくれた女子に礼を言うと、そちらへ向かった。
「清田」
とりあえず呼べばどれかが反応するだろうと踏んだ。だがさすがに一人目立った雰囲気があると思ったやつが反応するとは思わなかった。
「何? あ、そういえばこの間はそーまにありがとう」
葵が話しかけることで、むしろ周りが少し挙動不審になりつつ「何、こないだ焔と何かあったの」と剛に聞いている。
奏真は酷すぎるが、剛も他のやつに比べて葵に対する態度が普通だ。おまけに葵に近づいてくると、身長もあまり変わらない。いや下手すれば剛のほうが高いかもしれない。
そんなわけあるか。俺のがきっと高いはず……多分。
「何がありがとうなんだよ。お前は桐……奏真の保護者かよ。というか、ちょっとこっち来い」
そーま、とやたら親しく呼ぶ剛が苛立たしくて、葵はこの間の電話でもしたように自分も奏真を名前呼びする。何だろうか、自分でもよくわからないのだが、何らかの対抗心なのだろうか。
とりあえず周りにじろじろ見られていたのでは話しづらいので、葵は剛を教室の隅に追いやった。
「何? ああえっと、保護者かって言われたらうーん、まぁそうかも。保護者って感じ、あるかもしれないな」
葵の対抗心に対し、剛は気にした様子もない余裕っぷりで、ますます葵を苛立ててくる。
そもそも桐江が地味だってんのにお前も地味でいろよ!
理不尽だとわかっているが、ついイライラそう思ってしまう。
「でも何で穂村がそーま連れてたの?」
学校のやつらも大抵は芸名で葵を呼んでくる。だが剛は違った。腹立たしいが、ほんの少しだけは嬉しさもある。
ほんの少しだ。ほんの。ほんの少しだけどな!
頭の中で繰り返した後に、だがと葵は剛をじろりと見た。
「さん」
「え?」
「さんをつけろ」
「……穂村、さん?」
剛が微妙な顔をしつつも敬称をつけてきたところで葵は頷いた。
「あいつが──」
だが、自分のことを知らなかったから仕事をしているところを見せていた、と言うのは悔しい。言いかけてから葵はふいと顔を逸らした。
「お前に説明する筋合いはねぇ」
「別にいいけど……じゃあ何かな」
苦笑している剛に内心うっとなるが、葵は何でもない様子で剛をまたじろりと見た。
「今日、お前の部屋へ行く。放課後案内しろ」
「えっ? 何で」
「いいから連れてけ」
「そりゃ構わないけど……ああ、そーまに用事? だったら携帯かけるかメッセ送るかで連絡すればいいのに」
その言葉で、自分がまだ奏真の番号すら知らないことに葵は気づいた。
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