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12話
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この週末はまた実家へ帰っており、奏真は兄とも久しぶりにゆっくり会えた。
兄である奏一朗(そういちろう)は有名大学の大学生であり、いずれは親の会社を継ぐ予定の、奏真からすればハイスペックな人間だ。顔も整っていて平凡顔の奏真とは似ても似つかない。奏一朗は父親によく似ている。奏真は一応母親にどちらかといえば似ているかもしれないが多分先祖の誰かに似たのだろうと昔、親戚に言われたのを何となく覚えている。
そんな奏一朗だが、弟である奏真をとてもかわいがってくれる。そして奏真も兄である奏一朗に昔から奏真なりになついていた。
美味しい料理も満喫したしと、ほくほく寮へ戻ってきたら数日見かけなかった葵がまた来ていた。
芸能人であるらしい葵はどうもそれを奏真に主張したくて堪らないのか、やたら煩い気がそろそろしていたが、もしかしたら剛と友人なのかもしれない。それを抜いても煩いのには変わらないが、剛の友人なら部屋にまで来るのもわかる。奏真は内心、自分の考えになるほどと頷いた。
仕事場にまで連れていかれるほどに芸能人主張してくる葵がそれでもよくわからなかったが、そのお陰で弁当を食べられたりもしたし、まあいいかとは今でも思っている。
「それにしても俺は関係ないんだし、ごうの部屋へ行けば……」
奏真の部屋にまで入ってくる葵に言えば、何故か変な顔された。
「意味わからないこと言うな。ただでさえお前自体が意味わからない存在なんだからな」
「……俺こそ意味わからない」
芸能人というのは難解な考え方でもしているのだろうか。奏真は怪訝に思いつつも面倒なので流すことにした。呟くと、チェックしていた店の記事へ視線を戻す。
「だいたい、何でそこにあいつの名前が出てくんだよっ?」
だが葵が終わらせてくれない。あんたの友だちだからだろ、と思いながら奏真は「面倒」という気持ちを隠すことなく表情に込めて葵をまた見る。
「また無表情そうなのにそういう顔をする……! せっかく今日は一日十個限定の抹茶ブラウニー持ってきてやったってのに、いらねーの……」
「いる」
とりあえず、よくわからないのは多分芸能人だからなのだろう。面倒臭くてわからなくてもいいやと奏真は思った。美味しいものを提供してくれる、実はかろうじていい人らしいとわかれば奏真としては悪くない。
むしろ芸能人だからだろうか。希少な美味しいものを葵と知り合ってから食べる機会が以前より増えた気がする。幸せとともに、甘さ控えめほろ苦のしっとりした抹茶ブラウニーを噛みしめていると「美味いか?」と葵が満足そうに聞いてきた。
「うん。穂村くんは食わないのか?」
「俺はもう食った」
何故か嬉しそうな感じすらしてくるのを怪訝に思いつつ、そういえばと奏真は続けた。
「ごうと?」
「……あ?」
ここで何故か苛立たしげな様子になった。やはり芸能人は謎だと奏真はそっと思う。
「剛と食べたって意味……」
「何でそこであいつが出てくんだよ。何であいつと食わなきゃなんだ。つか何であいつに食わせんだよ!」
「……?」
「そもそも何であいつだけ名前呼びなんだよ」
よくわからないが質問は最後だけだろうかと奏真はとりあえず口を開いた。
「幼馴染みだから」
「……ッチ」
そして何故そこで舌打ちなのか。
「穂村くんって、」
「葵」
「え?」
「葵」
あおい、とは何だっけと思った後に思い出した。
下の名前だっけか。
「穂村くんでいいけど」
「よくねえ。奏真って俺も呼ぶし、お前も俺のことは葵って呼べ。穂村くんでも、焔でもなく、葵な」
そういえば、たくさん名前があったんだっけかと奏真は納得した。たくさん名前がある人には、たくさん名前がある人なりの考えや悩みでもあるのだろう。
とはいえ親しい相手でもないのに何故自分が名前呼びしないとなのかとは思う。別に自分がどう呼ばれるかは相手の好きにすればいいが、呼ぶ側としては言いにくいのはごめんだ。文字数で考えると名字も名前も同じ数だが、こういうのは気持ちの問題だろう。
こういったことを剛に言えば「そーまは普段食べ物のこと以外何も考えてなさそうなのに、たまに頑固だな」と笑われたりする。
「何で……」
「何だよ」
「何で俺と穂村くんは親しくないのに名前で呼ばなきゃなの」
「てめ……。つか、あいつのことは名前で呼んでるだろ!」
「だから幼馴染み……」
「ッチ。俺はっ?」
「……?」
「だからお前にとって俺は何だよ」
「食べ物く」
「食いもんくれる人とか言うなよ?」
「……芸能人」
「ッチ」
また二回も舌打ちされた。改めてよくわからない人だと奏真は面倒臭く思う。構わず必要なものを準備して部屋を出ようとしたら「話の途中でどこ行くんだよ」と肩をつかまれた。
「風呂」
「は?」
「早めに入ってゆっくりしたいから」
「この俺が部屋にいるのにっ?」
「部屋の中にあるし……」
「あー、この部屋出たダイニングルームっつーのか? そこにあんのは知ってる。二人部屋の中にあろうが関係ねーんだよ、そーじゃなくてだな!」
「……うるさ……」
「ああっ?」
「そんななら一緒に入れば? 狭いけどセパレートタイプだし……」
鬱陶しいのでそう言えば、何故か葵は赤くなって絶句していた。
兄である奏一朗(そういちろう)は有名大学の大学生であり、いずれは親の会社を継ぐ予定の、奏真からすればハイスペックな人間だ。顔も整っていて平凡顔の奏真とは似ても似つかない。奏一朗は父親によく似ている。奏真は一応母親にどちらかといえば似ているかもしれないが多分先祖の誰かに似たのだろうと昔、親戚に言われたのを何となく覚えている。
そんな奏一朗だが、弟である奏真をとてもかわいがってくれる。そして奏真も兄である奏一朗に昔から奏真なりになついていた。
美味しい料理も満喫したしと、ほくほく寮へ戻ってきたら数日見かけなかった葵がまた来ていた。
芸能人であるらしい葵はどうもそれを奏真に主張したくて堪らないのか、やたら煩い気がそろそろしていたが、もしかしたら剛と友人なのかもしれない。それを抜いても煩いのには変わらないが、剛の友人なら部屋にまで来るのもわかる。奏真は内心、自分の考えになるほどと頷いた。
仕事場にまで連れていかれるほどに芸能人主張してくる葵がそれでもよくわからなかったが、そのお陰で弁当を食べられたりもしたし、まあいいかとは今でも思っている。
「それにしても俺は関係ないんだし、ごうの部屋へ行けば……」
奏真の部屋にまで入ってくる葵に言えば、何故か変な顔された。
「意味わからないこと言うな。ただでさえお前自体が意味わからない存在なんだからな」
「……俺こそ意味わからない」
芸能人というのは難解な考え方でもしているのだろうか。奏真は怪訝に思いつつも面倒なので流すことにした。呟くと、チェックしていた店の記事へ視線を戻す。
「だいたい、何でそこにあいつの名前が出てくんだよっ?」
だが葵が終わらせてくれない。あんたの友だちだからだろ、と思いながら奏真は「面倒」という気持ちを隠すことなく表情に込めて葵をまた見る。
「また無表情そうなのにそういう顔をする……! せっかく今日は一日十個限定の抹茶ブラウニー持ってきてやったってのに、いらねーの……」
「いる」
とりあえず、よくわからないのは多分芸能人だからなのだろう。面倒臭くてわからなくてもいいやと奏真は思った。美味しいものを提供してくれる、実はかろうじていい人らしいとわかれば奏真としては悪くない。
むしろ芸能人だからだろうか。希少な美味しいものを葵と知り合ってから食べる機会が以前より増えた気がする。幸せとともに、甘さ控えめほろ苦のしっとりした抹茶ブラウニーを噛みしめていると「美味いか?」と葵が満足そうに聞いてきた。
「うん。穂村くんは食わないのか?」
「俺はもう食った」
何故か嬉しそうな感じすらしてくるのを怪訝に思いつつ、そういえばと奏真は続けた。
「ごうと?」
「……あ?」
ここで何故か苛立たしげな様子になった。やはり芸能人は謎だと奏真はそっと思う。
「剛と食べたって意味……」
「何でそこであいつが出てくんだよ。何であいつと食わなきゃなんだ。つか何であいつに食わせんだよ!」
「……?」
「そもそも何であいつだけ名前呼びなんだよ」
よくわからないが質問は最後だけだろうかと奏真はとりあえず口を開いた。
「幼馴染みだから」
「……ッチ」
そして何故そこで舌打ちなのか。
「穂村くんって、」
「葵」
「え?」
「葵」
あおい、とは何だっけと思った後に思い出した。
下の名前だっけか。
「穂村くんでいいけど」
「よくねえ。奏真って俺も呼ぶし、お前も俺のことは葵って呼べ。穂村くんでも、焔でもなく、葵な」
そういえば、たくさん名前があったんだっけかと奏真は納得した。たくさん名前がある人には、たくさん名前がある人なりの考えや悩みでもあるのだろう。
とはいえ親しい相手でもないのに何故自分が名前呼びしないとなのかとは思う。別に自分がどう呼ばれるかは相手の好きにすればいいが、呼ぶ側としては言いにくいのはごめんだ。文字数で考えると名字も名前も同じ数だが、こういうのは気持ちの問題だろう。
こういったことを剛に言えば「そーまは普段食べ物のこと以外何も考えてなさそうなのに、たまに頑固だな」と笑われたりする。
「何で……」
「何だよ」
「何で俺と穂村くんは親しくないのに名前で呼ばなきゃなの」
「てめ……。つか、あいつのことは名前で呼んでるだろ!」
「だから幼馴染み……」
「ッチ。俺はっ?」
「……?」
「だからお前にとって俺は何だよ」
「食べ物く」
「食いもんくれる人とか言うなよ?」
「……芸能人」
「ッチ」
また二回も舌打ちされた。改めてよくわからない人だと奏真は面倒臭く思う。構わず必要なものを準備して部屋を出ようとしたら「話の途中でどこ行くんだよ」と肩をつかまれた。
「風呂」
「は?」
「早めに入ってゆっくりしたいから」
「この俺が部屋にいるのにっ?」
「部屋の中にあるし……」
「あー、この部屋出たダイニングルームっつーのか? そこにあんのは知ってる。二人部屋の中にあろうが関係ねーんだよ、そーじゃなくてだな!」
「……うるさ……」
「ああっ?」
「そんななら一緒に入れば? 狭いけどセパレートタイプだし……」
鬱陶しいのでそう言えば、何故か葵は赤くなって絶句していた。
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