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21話
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「イーディス様、一体どうなさるのですか」
男が出て行った後、フリーデが青ざめた顔色のまま聞いてきた。
「とりあえずベッドのシーツを破るのを手伝って。少しの間くらいならレリアード殿下も眠ったままでいてくださるかしら」
とはいえ起きて泣かれても申し訳ないがシーツを破るほうが優先だ。破った後にフリーデにあやしてもらうしかない。
フリーデは「大丈夫だと思います」とシーツをはがしたベッドの上にそっとレリアードを置いてからイーディスの真似をしてシーツを破いていく。何をするのかといちいち聞いてこないところもやはり優秀な侍女だったのだろうなと思われた。
イーディスは時折、祈りの言葉を少し大きめに呟きながら、裂いたシーツをしっかりと結んでいった。
「いい? 時間がなさ過ぎてこれしか浮かばないの。窓から逃げます。レリアード殿下は私がおんぶ紐を余ったシーツで作ったもので固定するから、あなたも勇気を出して私の真似をして下りて」
「お、んぶ、ひも? いえ、わ、わかりました」
フリーデがさらに青ざめつつも頷いてきた。さすがに何のことかわからなさ過ぎて漏れたようだが、おんぶ紐が何かをいちいち説明してられないのでイーディスもそのまま流して先にシーツで作った長い紐の先を重いベッドの足に結び付けた。
おんぶ紐のやり方が正しいかも正直定かではない。病院に入院していた時に年寄りたちから聞いたり、見舞いに来ていた若い夫婦でも昔ながらの方法でしている人がいたのを見たことがあった程度だ。
とりあえずレリアードの背中に裂いたシーツの中心を合わせて小さな体の脇に通してしっかり支え、肩車の要領で自分の背中にレリアードを回した。そして前かがみになり首の高さにレリアードを乗せてシーツで作った紐が緩まないよう気を付けながら胸の前でその紐を交差させる。前かがみのままその紐を後ろでに回しレリアードの尻から太もも辺りに紐をしっかりと回し、また前に持ってきた。そして腹の辺りで結ぶ。
見た目など拘っていられない。レリアードがしっかり固定されているのを確認すると、イーディスはフリーデに頷いて見せて、窓へ急いだ。そして開けた窓からベッドに結び付けてあるシーツの紐を投げる。
正直なところ、イーディスも前世はほぼ寝たきりだったし今だってこんなことはさすがにやったことがない。緊張と怖さで胸が痛かった。だが泣いてなどいられないし今は何とかして逃げなければならない。せっかく新しい人生を謳歌していたのにまた早くに望まない死を迎えるのはごめんだ。おまけに生まれたばかりでこれから過ぎる赤子をむざむざ死なせる訳にはいかない。
「落ち着いて、ゆっくり下りるの」
フリーデに言いながらもイーディスは自分にも言い聞かせているつもりだった。深くゆっくり呼吸する。レリアードはこんな状況でもまだ眠っていた。普段ならどこかおかしいのだろうかと思うところだが今は神やレリアード、そして陛下や皇后陛下にすら感謝したい。
足から体を窓の外へ出す時が一番怖かった。さすがに少し泣きたい。だがぐっと堪え、イーディスは慎重にシーツの大きめに作った結び目を手や足の支えにしながらゆっくり下りていった。幸いあまり高くはなかったようで、何とか地に足がついた時は叫び踊り倒したい気持ちだった。
上を見上げ、不安そうに窓から覗き込んでいるフリーデに頷いてみせる。フリーデこそ、前世など覚えていないだろうし生まれた時から淑女として育てられたそれだけが全てだっただろうしで怖かっただろう。だがゆっくり、ゆっくりと何とか下りてくれた。できるのであれば抱きしめてキスしたいくらいだった。
「走って逃げるよ」
「は、はい」
イーディスは普段から体を動かしているし走るという行為は概念としてなら前世から知っている。だがフリーデは今まで走ったこともなければ特に見ることもなかっただろうし、そもそも体を動かすこともさほどなかっただろう。かなり慣れない様子で何とかイーディスの跡を必死になってついて来ようとしていた。
「あぁ! あいつら逃げやがった……!」
背後で男の声が聞こえる。走りながらチラリと窺うと二階のイーディスたちがいた部屋の窓から男の姿が見えた。まずい、と足を早めたいところだったがイーディス自体も走ることにそこまで慣れてはいない。おまけにドレスが足に絡みついてくる。ドレスも破いて足場かおんぶ紐にしてやればよかったとイーディスは忌々しく思った。
「待て……!」
「っあ!」
その内、二階にいた男たちの声に気づいた別の男がイーディスたちに追いついてきた。そしてフリーデが腕をつかまれた。助けようと、イーディスは咄嗟にピアスに念じ呪文を唱えた。途端、水の塊が勢いよく男に放たれる。
「ッチ」
男が怯んだ隙にフリーデの手を引き、男から引き離した。その際に男のソードベルトから剣を引き抜いた。
「おいおい、令嬢様がそんなものを持ってどうするおつもりだ?」
イーディスは少し後退りながら腹のリボン結びを解いた。そしておんぶ紐を緩める。
「フリーデ。紐を緩めたから殿下を私の背中から抱き上げて。そして走って!」
「そ……」
「早く!」
じりじりと後退していた足を止め、剣を構えたイーディスは叫んだ。途端、フリーデはイーディスの背中から奪うようにレリアードを抱え込むと走り出した。
「ッチ。まあすぐ追いついてやる。ご令嬢よ、あんたも無駄なあがきを止めれば楽に殺してやるよ」
「黙りなさい」
イーディスは剣を振るった。完全に舐めてかかっていた男は少し焦ったような顔をしたが、丸腰だというのにあっという間に詰め寄られ、手首をつかまれた。
「っく」
「悪いが俺もだてに剣で食ってないんでね」
ニヤリと笑いかけてきた男の手を何とか振り払うと「おっと、お姫様。油断してるとやられちまいますよ」と別の声がした。剣を振る音を感じ、慌ててそれをまだ持っている剣で受けたが、たったそれだけで手首を痛めそうなほどに重い。レナードやランス、それにジュードと剣を交わした時はこれほどの重みを感じたことなどなかった。筋力をつけるためのトレーニングも欠かしてはいないが、それをしていなかったら簡単に剣を落とすか手首が完全にやられていたであろうほどに重くて痛い。
(ああ、あの人たちは私に合わせて加減をしながら稽古に付き合ってくれていたんだな)
当たり前なことに今さら気づかされた。
「おい、さっさとやっちまえ。俺は先にフリーデ嬢を追うぞ」
「わかった」
「駄目! 行かせない!」
まだまだ人生を謳歌したい。だがそれよりも何よりも今はフリーデとレリアードを守らなければという思いが強かった。
ふと、前世の最期に何とか車椅子を自力で動かして子どもを守ろうとしたことを思い出す。死に物狂いでやればどうにか守れるだろうか。
(クソ、踏ん張れよ私……!)
男が出て行った後、フリーデが青ざめた顔色のまま聞いてきた。
「とりあえずベッドのシーツを破るのを手伝って。少しの間くらいならレリアード殿下も眠ったままでいてくださるかしら」
とはいえ起きて泣かれても申し訳ないがシーツを破るほうが優先だ。破った後にフリーデにあやしてもらうしかない。
フリーデは「大丈夫だと思います」とシーツをはがしたベッドの上にそっとレリアードを置いてからイーディスの真似をしてシーツを破いていく。何をするのかといちいち聞いてこないところもやはり優秀な侍女だったのだろうなと思われた。
イーディスは時折、祈りの言葉を少し大きめに呟きながら、裂いたシーツをしっかりと結んでいった。
「いい? 時間がなさ過ぎてこれしか浮かばないの。窓から逃げます。レリアード殿下は私がおんぶ紐を余ったシーツで作ったもので固定するから、あなたも勇気を出して私の真似をして下りて」
「お、んぶ、ひも? いえ、わ、わかりました」
フリーデがさらに青ざめつつも頷いてきた。さすがに何のことかわからなさ過ぎて漏れたようだが、おんぶ紐が何かをいちいち説明してられないのでイーディスもそのまま流して先にシーツで作った長い紐の先を重いベッドの足に結び付けた。
おんぶ紐のやり方が正しいかも正直定かではない。病院に入院していた時に年寄りたちから聞いたり、見舞いに来ていた若い夫婦でも昔ながらの方法でしている人がいたのを見たことがあった程度だ。
とりあえずレリアードの背中に裂いたシーツの中心を合わせて小さな体の脇に通してしっかり支え、肩車の要領で自分の背中にレリアードを回した。そして前かがみになり首の高さにレリアードを乗せてシーツで作った紐が緩まないよう気を付けながら胸の前でその紐を交差させる。前かがみのままその紐を後ろでに回しレリアードの尻から太もも辺りに紐をしっかりと回し、また前に持ってきた。そして腹の辺りで結ぶ。
見た目など拘っていられない。レリアードがしっかり固定されているのを確認すると、イーディスはフリーデに頷いて見せて、窓へ急いだ。そして開けた窓からベッドに結び付けてあるシーツの紐を投げる。
正直なところ、イーディスも前世はほぼ寝たきりだったし今だってこんなことはさすがにやったことがない。緊張と怖さで胸が痛かった。だが泣いてなどいられないし今は何とかして逃げなければならない。せっかく新しい人生を謳歌していたのにまた早くに望まない死を迎えるのはごめんだ。おまけに生まれたばかりでこれから過ぎる赤子をむざむざ死なせる訳にはいかない。
「落ち着いて、ゆっくり下りるの」
フリーデに言いながらもイーディスは自分にも言い聞かせているつもりだった。深くゆっくり呼吸する。レリアードはこんな状況でもまだ眠っていた。普段ならどこかおかしいのだろうかと思うところだが今は神やレリアード、そして陛下や皇后陛下にすら感謝したい。
足から体を窓の外へ出す時が一番怖かった。さすがに少し泣きたい。だがぐっと堪え、イーディスは慎重にシーツの大きめに作った結び目を手や足の支えにしながらゆっくり下りていった。幸いあまり高くはなかったようで、何とか地に足がついた時は叫び踊り倒したい気持ちだった。
上を見上げ、不安そうに窓から覗き込んでいるフリーデに頷いてみせる。フリーデこそ、前世など覚えていないだろうし生まれた時から淑女として育てられたそれだけが全てだっただろうしで怖かっただろう。だがゆっくり、ゆっくりと何とか下りてくれた。できるのであれば抱きしめてキスしたいくらいだった。
「走って逃げるよ」
「は、はい」
イーディスは普段から体を動かしているし走るという行為は概念としてなら前世から知っている。だがフリーデは今まで走ったこともなければ特に見ることもなかっただろうし、そもそも体を動かすこともさほどなかっただろう。かなり慣れない様子で何とかイーディスの跡を必死になってついて来ようとしていた。
「あぁ! あいつら逃げやがった……!」
背後で男の声が聞こえる。走りながらチラリと窺うと二階のイーディスたちがいた部屋の窓から男の姿が見えた。まずい、と足を早めたいところだったがイーディス自体も走ることにそこまで慣れてはいない。おまけにドレスが足に絡みついてくる。ドレスも破いて足場かおんぶ紐にしてやればよかったとイーディスは忌々しく思った。
「待て……!」
「っあ!」
その内、二階にいた男たちの声に気づいた別の男がイーディスたちに追いついてきた。そしてフリーデが腕をつかまれた。助けようと、イーディスは咄嗟にピアスに念じ呪文を唱えた。途端、水の塊が勢いよく男に放たれる。
「ッチ」
男が怯んだ隙にフリーデの手を引き、男から引き離した。その際に男のソードベルトから剣を引き抜いた。
「おいおい、令嬢様がそんなものを持ってどうするおつもりだ?」
イーディスは少し後退りながら腹のリボン結びを解いた。そしておんぶ紐を緩める。
「フリーデ。紐を緩めたから殿下を私の背中から抱き上げて。そして走って!」
「そ……」
「早く!」
じりじりと後退していた足を止め、剣を構えたイーディスは叫んだ。途端、フリーデはイーディスの背中から奪うようにレリアードを抱え込むと走り出した。
「ッチ。まあすぐ追いついてやる。ご令嬢よ、あんたも無駄なあがきを止めれば楽に殺してやるよ」
「黙りなさい」
イーディスは剣を振るった。完全に舐めてかかっていた男は少し焦ったような顔をしたが、丸腰だというのにあっという間に詰め寄られ、手首をつかまれた。
「っく」
「悪いが俺もだてに剣で食ってないんでね」
ニヤリと笑いかけてきた男の手を何とか振り払うと「おっと、お姫様。油断してるとやられちまいますよ」と別の声がした。剣を振る音を感じ、慌ててそれをまだ持っている剣で受けたが、たったそれだけで手首を痛めそうなほどに重い。レナードやランス、それにジュードと剣を交わした時はこれほどの重みを感じたことなどなかった。筋力をつけるためのトレーニングも欠かしてはいないが、それをしていなかったら簡単に剣を落とすか手首が完全にやられていたであろうほどに重くて痛い。
(ああ、あの人たちは私に合わせて加減をしながら稽古に付き合ってくれていたんだな)
当たり前なことに今さら気づかされた。
「おい、さっさとやっちまえ。俺は先にフリーデ嬢を追うぞ」
「わかった」
「駄目! 行かせない!」
まだまだ人生を謳歌したい。だがそれよりも何よりも今はフリーデとレリアードを守らなければという思いが強かった。
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