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私の中では、『女性でいたい』と思う気持ちと、『少しは男であっても良いかな』と思う気持ちが、陰陽図のように渦巻いている。
間違いなく、それは私を作り上げている根源の一部であり、何より、そのお陰で今まで道化を演じ続けられていた。
ここまでの悲しい気持ちを作り上げた要因でもある。
唯々、私にとっては大事な部分でもあり、大きな弱点でもある。
私の一人称は、日によって、毎回毎秒変わる。
『私』、『僕』、『俺』……。
基本的に、『私』が日用会話では活躍する。
しかし、ふと『僕』と『俺』が顔を出す。
男を演じ続けてきた代償だ。
言う度に、酷い自己嫌悪に陥る。
彼女がいたことはあったが、『恋人』ではなく『友達』という感覚だった。
どうしても、『同性』という感覚が、頭で理解する以上に強く押し寄せる。
男の子を好きになったこともある。
今もあるが、どうしても恐怖心とトラウマが強くて、直ぐに冷めてしまう。
このままで良いのかと考える日々が、私を悩ませる。
相手を傷つけ、自分も傷付いて、そこまでして恋愛しなくてもいいのではないだろうか。
本気でそう思う自分がいる。
逆に、年齢から焦る自分もいる。
女性との交際経験がある以上、男性へのトラウマがある以上、私自身がXY染色体として子孫を残す可能性の方が大きいと、法的にも家庭を持つことで親族や親戚が心から祝福出来て、その逆だと寧ろ後ろ指をさされて石と塩を投げつけられる気がして、自分の中で葛藤している。
恐ろしく、自分の中で葛藤が、人生を邪魔する感じ。
私は、私を八方塞がりに、自分からしている気分だ。
『こんなはずじゃなかったのに。』
もし、これが幼少期の自分の長い夢であったなら、誰かの仮想世界の中で見ている、違う元の自分の意思とは違う何かという陰謀論の中ならば、どれだけ良かったのだろう。
そんな現実逃避のようなことばかり考える自分に、ほとほと嫌気が差す。
『私は、私の、ありのままの姿でいいのだ。』
『他人の目線を気にする必要なんてない。』
『自分を曝け出せばいい』
『思ったことは考えずに口にするべきだ』
日本というのは、そういう国柄ではないのは重々承知なのだ。
それ故に、こういう表現を見ると苛立ちとウザったさを禁じえない。
だが、自分を曝け出さず押し殺して、他者の目を気にしながら体裁を大事にして周りに溶け込んで個性を消す国であっても、少数たる他者を否定して蔑んでいい理由にはならない。
私は、そう思う。
寧ろ、考えに考えて、手足が竦もうとも常に必死で相手との相違や感情を感じ取り、あらゆる周囲の思考に敏感になって生活をしなければいけないからこそ、マイノリティに対して否定的になってはいけないと思うし、差別的な考えや極端な思想を曝け出すべきではないと思う。
そうしなければ、発言者の『自分』という価値が下落してしまう。
私自身も、そういった言葉に翻弄され続けてきた。
罵倒や差別的な言葉を浴びせられ、その報復かのように言い返したり、違う相手に浴びせてしまったりして、その所為で自分の自己肯定感や自己評価も下がり、周囲からの評価も下がった。
今思えば、本当に馬鹿馬鹿しかったと思う。
子どもながら、何故こんな簡単で単純な物事に気付かず、過敏になっている自分がいるのか、あまりにも不思議過ぎて仕方がなかった。
だからこそ思うのが、『何故、純粋な筈の子どもが、そういった差別的な言葉を『他人に浴びせる』ことを大多数がやっているのか?』。
幾ら、小学生ならギャングエイジがあって、排他的になる時期を迎えるということがあっても、元来なら単純に考えて、そういった言葉を掛けて相手を深刻に傷付ける必要性を見出さないだろうし、気付漬け方など知る由もない筈だ。
精々、物を隠したり壊したりする程度の、軽いとは言わないが単純で、赤ちゃんにもできるような拒否と否定しかできようもない筈だ。
私は、この事については自分の経験から、周囲の大人がそういった差別用語などの否定的な言葉を子どもの前で平気で話しているか、若しくは当人に浴びせているのだろうと思う。
そういう教育を受けた子どもが一定数、幼保・小学校の子どもの中に必ずいるのではないだろうか。
それが、例え一人だけであろうと影響力は大きい。
子どもだけでなく、人間というものは面白いもので、多数派に属し多数決で物事を決定し判断しながら、それを一番の楽とするにも拘らず、少数派に排他的になる一方で“異質な一人”に対しては一気に染まる。
言わば、朱に交われば赤くなるのだ。
いくら良心深く教育しようとも、極一部の悪意的な教育を施し、悪意深く成長するのを望む大人も、受け入れがたいが存在するのだ。
それが、悪いことではあるが、絶対的に無くそうとは思わない。
その意義が、自分の身を守るための教育と言われれば、虐待ではあるが、そうなのかもしれない。
当然、認められるものでもないが、自分たちも当事者である以上、非難も出来そうにない。
私は、その事実の中で幼少期から常に、自分の中の『自分の性の在り方』を大きな課題として突きつけられて生きてきた。
暢気な子どもを演じる一方で、実は全く暢気ではなかったのだ。
どちらが先なのか、卵が先か鶏が先か、お陰様で23歳の時に周囲との違和感から診断した結果がIQ153程度である。
何の因果があるかは分からないが、これが本当なら虐待を受けてきたショックで覚醒したようなものだ。
思わず自分を呪いたくなる。
そう、私は、ある種の性的虐待を常に受けてきたのである。
唯一自分に褒めることができるのは、それで殻に閉じ籠りきってしまうのではなく、だからこそ賢く、強かに生きてやろうと考えながら、それでも傷付かないために道化を演じる弱さに縋り付いてきたのだ。
何が本心で、どれが本当の自分かなんて言うのは、とっくの昔に忘れ去ってしまっていた。
それでも、忘れながらも面影を探すだけの力を残していたのは、自分の意地だったのかもしれない。
嫌なものは嫌だ。
傷付くものは傷付く。
辛いものは辛い。
受け入れられないものは受け入れられない。
反対に、大事なものは大事であって、好きなものは好きだ。
心安らぐものは安心するし、自分を象徴するものには全力で応える。
努力だって惜しまない。
それを主張するほど、幼くは無く、少し大人で聞き分けが良すぎた自分が、自分を苦しめてしまっていた。
ただし、聞き分けが良くなかったら……と考えると、自分の分岐の未来が恐ろしくて仕方がない。
恐らく、グレていただろうし、真面なことをしていなかっただろう。
自分で言うのも何だが、今の賢さと強かさは一切なく、子供じみた虚け者だったと思う。
他に、大事な自分の姿というものを見出せず、酷く自分の性のことだけに囚われ続けていたかもしれない。
それだけ、他人に拒否される、受け入れられないということは怖いものなのだ。
況してや、それによって差別や虐め、果ては虐待なんかを人間がやって良い筈がないのだ。
誰にも、他人を虐げる権利は無く、それを行えば自分に同じものが返ってくる。
同じように、虐げられ傷付けられるのだ。
だからこそ、私は本当の意味で『優しい人間』というものになりたいと心から願う。
間違いなく、それは私を作り上げている根源の一部であり、何より、そのお陰で今まで道化を演じ続けられていた。
ここまでの悲しい気持ちを作り上げた要因でもある。
唯々、私にとっては大事な部分でもあり、大きな弱点でもある。
私の一人称は、日によって、毎回毎秒変わる。
『私』、『僕』、『俺』……。
基本的に、『私』が日用会話では活躍する。
しかし、ふと『僕』と『俺』が顔を出す。
男を演じ続けてきた代償だ。
言う度に、酷い自己嫌悪に陥る。
彼女がいたことはあったが、『恋人』ではなく『友達』という感覚だった。
どうしても、『同性』という感覚が、頭で理解する以上に強く押し寄せる。
男の子を好きになったこともある。
今もあるが、どうしても恐怖心とトラウマが強くて、直ぐに冷めてしまう。
このままで良いのかと考える日々が、私を悩ませる。
相手を傷つけ、自分も傷付いて、そこまでして恋愛しなくてもいいのではないだろうか。
本気でそう思う自分がいる。
逆に、年齢から焦る自分もいる。
女性との交際経験がある以上、男性へのトラウマがある以上、私自身がXY染色体として子孫を残す可能性の方が大きいと、法的にも家庭を持つことで親族や親戚が心から祝福出来て、その逆だと寧ろ後ろ指をさされて石と塩を投げつけられる気がして、自分の中で葛藤している。
恐ろしく、自分の中で葛藤が、人生を邪魔する感じ。
私は、私を八方塞がりに、自分からしている気分だ。
『こんなはずじゃなかったのに。』
もし、これが幼少期の自分の長い夢であったなら、誰かの仮想世界の中で見ている、違う元の自分の意思とは違う何かという陰謀論の中ならば、どれだけ良かったのだろう。
そんな現実逃避のようなことばかり考える自分に、ほとほと嫌気が差す。
『私は、私の、ありのままの姿でいいのだ。』
『他人の目線を気にする必要なんてない。』
『自分を曝け出せばいい』
『思ったことは考えずに口にするべきだ』
日本というのは、そういう国柄ではないのは重々承知なのだ。
それ故に、こういう表現を見ると苛立ちとウザったさを禁じえない。
だが、自分を曝け出さず押し殺して、他者の目を気にしながら体裁を大事にして周りに溶け込んで個性を消す国であっても、少数たる他者を否定して蔑んでいい理由にはならない。
私は、そう思う。
寧ろ、考えに考えて、手足が竦もうとも常に必死で相手との相違や感情を感じ取り、あらゆる周囲の思考に敏感になって生活をしなければいけないからこそ、マイノリティに対して否定的になってはいけないと思うし、差別的な考えや極端な思想を曝け出すべきではないと思う。
そうしなければ、発言者の『自分』という価値が下落してしまう。
私自身も、そういった言葉に翻弄され続けてきた。
罵倒や差別的な言葉を浴びせられ、その報復かのように言い返したり、違う相手に浴びせてしまったりして、その所為で自分の自己肯定感や自己評価も下がり、周囲からの評価も下がった。
今思えば、本当に馬鹿馬鹿しかったと思う。
子どもながら、何故こんな簡単で単純な物事に気付かず、過敏になっている自分がいるのか、あまりにも不思議過ぎて仕方がなかった。
だからこそ思うのが、『何故、純粋な筈の子どもが、そういった差別的な言葉を『他人に浴びせる』ことを大多数がやっているのか?』。
幾ら、小学生ならギャングエイジがあって、排他的になる時期を迎えるということがあっても、元来なら単純に考えて、そういった言葉を掛けて相手を深刻に傷付ける必要性を見出さないだろうし、気付漬け方など知る由もない筈だ。
精々、物を隠したり壊したりする程度の、軽いとは言わないが単純で、赤ちゃんにもできるような拒否と否定しかできようもない筈だ。
私は、この事については自分の経験から、周囲の大人がそういった差別用語などの否定的な言葉を子どもの前で平気で話しているか、若しくは当人に浴びせているのだろうと思う。
そういう教育を受けた子どもが一定数、幼保・小学校の子どもの中に必ずいるのではないだろうか。
それが、例え一人だけであろうと影響力は大きい。
子どもだけでなく、人間というものは面白いもので、多数派に属し多数決で物事を決定し判断しながら、それを一番の楽とするにも拘らず、少数派に排他的になる一方で“異質な一人”に対しては一気に染まる。
言わば、朱に交われば赤くなるのだ。
いくら良心深く教育しようとも、極一部の悪意的な教育を施し、悪意深く成長するのを望む大人も、受け入れがたいが存在するのだ。
それが、悪いことではあるが、絶対的に無くそうとは思わない。
その意義が、自分の身を守るための教育と言われれば、虐待ではあるが、そうなのかもしれない。
当然、認められるものでもないが、自分たちも当事者である以上、非難も出来そうにない。
私は、その事実の中で幼少期から常に、自分の中の『自分の性の在り方』を大きな課題として突きつけられて生きてきた。
暢気な子どもを演じる一方で、実は全く暢気ではなかったのだ。
どちらが先なのか、卵が先か鶏が先か、お陰様で23歳の時に周囲との違和感から診断した結果がIQ153程度である。
何の因果があるかは分からないが、これが本当なら虐待を受けてきたショックで覚醒したようなものだ。
思わず自分を呪いたくなる。
そう、私は、ある種の性的虐待を常に受けてきたのである。
唯一自分に褒めることができるのは、それで殻に閉じ籠りきってしまうのではなく、だからこそ賢く、強かに生きてやろうと考えながら、それでも傷付かないために道化を演じる弱さに縋り付いてきたのだ。
何が本心で、どれが本当の自分かなんて言うのは、とっくの昔に忘れ去ってしまっていた。
それでも、忘れながらも面影を探すだけの力を残していたのは、自分の意地だったのかもしれない。
嫌なものは嫌だ。
傷付くものは傷付く。
辛いものは辛い。
受け入れられないものは受け入れられない。
反対に、大事なものは大事であって、好きなものは好きだ。
心安らぐものは安心するし、自分を象徴するものには全力で応える。
努力だって惜しまない。
それを主張するほど、幼くは無く、少し大人で聞き分けが良すぎた自分が、自分を苦しめてしまっていた。
ただし、聞き分けが良くなかったら……と考えると、自分の分岐の未来が恐ろしくて仕方がない。
恐らく、グレていただろうし、真面なことをしていなかっただろう。
自分で言うのも何だが、今の賢さと強かさは一切なく、子供じみた虚け者だったと思う。
他に、大事な自分の姿というものを見出せず、酷く自分の性のことだけに囚われ続けていたかもしれない。
それだけ、他人に拒否される、受け入れられないということは怖いものなのだ。
況してや、それによって差別や虐め、果ては虐待なんかを人間がやって良い筈がないのだ。
誰にも、他人を虐げる権利は無く、それを行えば自分に同じものが返ってくる。
同じように、虐げられ傷付けられるのだ。
だからこそ、私は本当の意味で『優しい人間』というものになりたいと心から願う。
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