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二
しおりを挟む今からちょうど十五年ほど前に逆上る……。
スノウはその当時、十にやっとなったばかりだった。両親がツアーで宇宙航海中に遭難し、孤児になった所を当時の養父に拾われたのだが、今はすでにその養父すら居ない。彼は、IQ二八五…つまり俗にいう天才の部類に入るのだが、それが原因で養父がS,P,Pの経営している警察学校へ入学させた。スノウは、養父の期待通りその才能を開花させたばかりか、S,P,Pの下にある警察学校で飛び級を重ね、歳の割に早く修士課程を済ませた。S,P,Pに入隊したのは十二を少し過ぎた頃。だが、それは他の者たちにとってあまり面白くない事だったらしい。中傷とやっかみの対象となった。だが、人目もある手前、寮に入るまではそれほどきつくも無かったが、適正テストを無事終え、情報部へ見習いとして正式に配属が決まったある日の夜、宿舎の片隅に呼び出しを受けた。
「その可愛い顔で誑かしただろう?」
五人ほどの男に囲まれ、そう言われたのが初めだった。チロチロ見える部屋の灯が、その男たちを照らす。見知った顔がその中に二人いた。一人は自分と同じ時期に入隊した、嫉妬心からスノウの中傷を広めていた人物である。もう一人は別の部署だが、腕力に物を言わせるという事で悪名高い人物だ。他の三人は知らないが、ジロジロと見ながら笑っている。
「……そっ、そんな事、してませんっ!」
懸命に否定したが、相手はどうやら初めから聞く気が無いようだった。
「嘘をつくなよ?お前くらいの歳で、そう簡単にここへ来れるか?」
そう言って、スノウの顎を捉え、グイと上向かせた。
「……なあ、俺たちに、上官を誑かした術を教えて貰いたいものだがなぁ」
ゾッとした。相手が自分に何を求めているか知って。逃げようとして暴れたが、体格の差は歴然としたもの。何度も殴られ服を破られ、意識が朦朧としてきた。自分の身体に重い物がのしかかって来て、生温かいものが肌を滑る。四肢を抑えられ、自由のきくものと言えば頬を伝う涙だった。
悔しくて悲しくて、死にたいと思った時、急に身体の上から重みが消失した。涙で潤んだ視界に映るのは逆光で黒い輪郭しか映らない一つの影。その者の手にぶら下がる様にして、スノウの上にのしかかっていた男が、喘いでいた。
「ぐっ!きっ……きさ…まっ……!」
「……下衆が」
いつからそこに居たのか判らない。卑下た笑いを浮かべて見ていた者たちが声の主を見て、何人かは瞬間青ざめる。
「“死神”っ!」
入隊したばかりの二人は、声の主の方へ振り返り、他の者たちが怯えた様子を見せるのを馬鹿にした。声の主は女だったのだ。
「たかが女一人に何、青くなってンだよっ!」
「あっ、馬鹿っ!やめろっ!」
その女の正体を知る者たちが蒼白になって止めたのだが、それも聞かず、襲いかかって、逆にあっさりのされる。
掛かってきた二人の服を破り捨てて、片手にぶら下げた男を放り投げると、容赦なくその者の服も破り捨てた。先に破られた二人に振り返ると、ニッと笑う。
「上官命令だ。先程の行為を見てたのだろう?わたしの言いたい事は判っているんだろうなぁ。罪を犯した者は罰を受けるべきだ。……アサシン、バレス。お前たちも同罪だ。そいつの手足を押さえつけて、全てをやり遂げたら報告に来い。……お仕置きされたくなかったらな」
青ざめた二人がコクコクと頷くのを確認すると、何が起きたのか判らないスノウに、女は自分の着ていたトレーナーを脱いで着せて、軽々と抱え上げた。
「グラーゼ。こんな幼い子供を相手に無体な事を強いたお前の罪だ。甘んじて受けるがいい」
冷やかな声が静かに響く。その眼差しを受けて素っ裸のその男たちは震え上がった。命令を受けた二人の男は、ぎくしゃくとした様子でその男に飛び掛かる。女は、それを確認すると、その場を後にした。スノウはそのまま、誰とも知らぬ女の腕の中で、意識を失った。再び意識を取り戻した時、事件から丸々三日経過していた。うすぼんやりした視界に、心配そうな様子のルームメイトが映る
「……喧嘩に巻き込まれたのか?」
開閉一番、彼はそう言った。
「体格差、考えろよ?……傷が原因で熱出したんだぜ?」
「……ジャイドさん、ぼくをここに連れて来た人は?助けて、くれたんだ……」
スノウを助けたあの人は、あの日起きた事を、何も彼も黙っていてくれたらしい。流石にあの屈辱的な出来事に対し、ショックで暫くは眠れそうになかったが、誰もその事を知らずに済んでいる事実が幾ばくかの救いになった。
「お前を連れてきた人?……さあ、知らないな?だって、俺が風呂から帰って来た時、怪我を手当てされた状態で戸口に寄っ掛かっていたんだぜ?」
スノウは声を沈ませて「そう…」と、答えたが、悄気たように見えたのだろうか?彼の横に置いてあった、綺麗に畳まれた物を渡した。
「手掛かりになるだろ?それ」
渡された物は、ちょっと変わったデザインの黒いトレーナー。あの日、スノウを助けてくれた人物が、自分に着せてくれた物である。
「……これだけじゃ、判らないよぉ。だって、ここ、すっごく広いよ?……会えるかどうかも判らないじゃないか」
情け無さそうに布団に顔を伏せたスノウに、ジャイドはニヤリと笑った。
「……そ・れ・が…判るんだな?お兄さんを甘く見るんじゃない」
兄貴風を吹かせつつ、チッチと舌を鳴らして笑った。ジャイドは同期だが三つ下のスノウを、故郷に残してきた弟と重ね合わせているらしい。なんのかんのと言いつつ、まめまめしくスノウの世話を焼いた。
「機動部隊には、それぞれカラーがあるだろ?」
「爆弾・テロ課?国際犯罪課?麻薬課?密売組織課?……数えきれないほどあるじゃないか。上げただけでも、四つだけど、その中の機動部隊だけでも十以上あるよ」
ジャイドは、手近な台から林檎を引き寄せると、ジャックナイフで器用に皮をむきはじめた。
「カラーだけでも、数十種あるし……」
「でも、このトレーナー、手掛かりなんだぜ?だって…」
そういって、向きおわった林檎を四つに切りわけその内の一つをスノウに渡した。
「このトレーナー、『黒』だろ?おまけに、このデザインは、所属の課のマークが入っているし。黒でこの宇宙船と黄色の鎌のマークっていったら……海賊対策課所属の……げっ!」
ショリショリと林檎を齧っていたジャイドの手が止まる。
「……なに?どうしたの?ジャイドさん」
不思議そうに聞き返す、スノウの肩に手を置いた。
「……会う事、諦めろ。……なっ?とても、簡単に会える奴らじゃない……」
陰鬱な様子で諭す様に言った。
「……どういう意味です?」
「機動部隊の中に、特に優秀と言われる部隊が四つあるな?」
スノウは少し考えて思い当たると頷いた。
「爆弾・テロ課、赤の「ギルド」、国際犯罪課、青の「ナアス」と、緑の「ナイトメア」、宇宙海賊対策課、黄の「ドール」……だったっけ?」
ジャイドはスノウの返答に頷くと、声をひそめた。口に出すのがはばかれるとでもいう様に。
「……そう。だけど、難航しそうな凶悪犯罪を起きた時にだけ出動する特殊部隊が実は二つあるんだ。……情報部直属の白の「フルムーン」と、機動部直属で、普段は宇宙海賊対策課所属の、黒の「ダークマスター」。特にこの「ダークマスター」は、他の部隊に比べて異彩を放っているんだ。……何故だと思う?」
スノウは林檎を齧るのを止めて、不安そうに首を横に「知らない」と振った。
「メンバーが、特殊能力保持者で構成されているからさ。……もう判っただろう?」
スノウはうなだれて弱々しく頷いた。
「…………簡単には会えない部隊の人なんだね?雲の上の人だったんだなぁ……」
ジャイドは落ち込み気味のスノウを元気つけようと、ことさら明るく話しかける。
「でもさっ、もうけたじゃん!お前、宝くじより低い確率の人から助けて貰ったんだぜ? それにさ、宝くじで思い出したけど、今度、それぞれの部隊を率いる隊長たちが、くじ引きするだろ?」
中々落ち込みから浮上出来ないまま、陰気に聞き返す。
「なにそれ?」
「なにそれって…情報疎いな?見習いの俺たちが、早く慣れるようにって上からの配慮で、くじに当たったら、各部隊の隊長の従者になれるらしいんだ。選ばれたら、出世コースだぜ?いろんな事、教えてくれるらしいから、その方面の技術も向上するし」
「……ぼくたちの同期、どれくらいいると思う?それに、特殊部隊の人が参加するかなぁ」
ボソボソと残った林檎を齧るスノウに、困った様子でジャイドは顔を覗き込んだ。
「……なあ、そう、落ち込むなよ」
「…………」
「食堂でさ、もしかしたら、見かけるかもしんないじゃん?」
「…………そうだね」
顔を上げるとやっと笑う。
「ぼく、このトレーナー、大事にするよ」
そう言って、トレーナーを抱きしめて、布団の中にもぐり込んだ。
「じゃ、俺、食事に行くから……」
ジャイドは布団の上から軽く叩くと、眠れるように静かに部屋を出た。その頃、食堂では、例のくじの結果で大騒ぎになっていたとは、知る術もなく。
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