Winter smile

西崎 劉

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 二日前、ジャイドはこの寮から別の寮へ移動した。彼は例のくじ引きで、かの有名な四強の一つ、赤の「ギルド」へ配属が決まったのだ。赤の「ギルド」の隊長は、通称“炎帝”と呼ばれ、燃える様な真紅の髪が特徴の好戦的な人柄らしい。ジャイドが後で教えてくれたのだが、冗談好きな、面白い隊長だと言っていた。食堂に張り出された当選者の名前には、スノウの名も乗っていた。誰が引いたのかは、判らない。
 当日、その部隊の一人が迎えに来るという事だから、何処に配属されるのかは、迎えにきた人から知らされるようになっている。
 スノウは少ない荷物を旅行バックに詰め込んで、「何処に配属だろう」と、少し心細げにベットに腰掛け、足をブラブラしていた。
 と、扉の外が騒がしくなり、そのざわめきの中、足音が近づいてきた。なんだろうと顔を上げた時、二度ノックする音が聞こえ、スノウが答えて慌てて立ち上がると同時に、扉が躊躇いもなく開いた。
「……スノウ=アジャレスト二等兵?」
 金髪碧眼で長身の男が確認のため、スノウに尋ねてきた。スノウが敬礼して答えると、ちょっと苦笑する。
「……驚いた。これまたひどく若いものだ。軍曹についていけるかねぇ……」
 手元の書類に目を通しながら、上から下まで眺めまわす。
「でも、涙を飲んで、これも運命と思って諦めなさい」
  スノウはおどおどした様子で、目の前の男を凝視する。冗談なのか、本気で言っているのか判らないが、同情しているのだけは、なんとはなしに、理解出来た。
「俺はダーリー=マキシム。階級は伍長で、黒の部隊『ダークマスター』で隊長の副官を勤めている」
 スノウは青い瞳を大きく見開いて、ダーリーを見つめた。手は細かに震えている。
「……ダークマスター……?」
 スノウが震えているのを見て、ちょっと肩を竦めてみせる。
「怖い噂でも、聞いたのかな?……そうだね、例えば、数百ある部隊中、生存率が一番低い仕事が多い…とか?」
 ダーリーは、指を折りつつスノウを見やる。
「横暴で逆らうと怖い変わり者の隊長の事とか」
 スノウはきょとんとした様子で聞き返した。
「横暴?……怖い?」
「横暴なのは、根拠があるんだけどね……」
 深いため息をつきながら、頭を軽く振るダーリーを不思議なものでも見るかの様に、スノウは見つめた。
「『S,P,P』って、男が多いんだよな。それは、わかるだろ?」
 スノウは素直にコクリと頷いた。
「……で、おまけに、情報部の方はどうかしらないが、機動部の方は、ハッキリ言って、柄の悪い者たちが多いんだ。……そうなると、当然、その手の揉め事が多くなる」
 スノウが判らずに首を傾げると、軽く笑った。
「喧嘩は頻繁だな。……まあ、この辺りは、笑って見過ごせるんだが、その…女が圧倒的に少ないだろ?少ない分、男であぶれるヤツも出てくる。町でそれを解消するならいい。ところが、そうでない、困ったちゃんが出てくるんだな?性別関係なく、自分より弱いと判断した者を、ほとんど犯罪行為に近い手段を使ってね、手に入れるんだ」
 スノウは陰鬱になってきた。知らず、視線を落とす。自分も少し前、それで酷い目にあったのだ。
「……それと、隊長の横暴の何処に関連があるんですか?」
 なるべく平常心を保ちながら尋ねると、ダーリーはオーバーアクションをしてみせる。
「それがある。何しろ目撃したら被害者に代わって報復処置を施さずにはいられない奇特なタチらしい。……隊長、男には容赦ないからなぁ。……一般的には、隊長の一方的なイジメで解決しているみたいだけどさ」
 スノウは、そういえば、誰も自分に対して言ってこなかった事を思い出した。
 あれから、何度かあの事に係わった人たちを見かけたが、無関心だったし。だからこそ、平常心で、スノウはいられるのだ。
 スノウが考え込んでいると、ダーリーは、ふと時計を見て、「行こうか?」と促した。
 スノウは、思い切って尋ねてみる事にした。
「……マキシム伍長」
 スノウの荷物を半分持って先に扉を開けたのを、慌てて追いかける。廊下では、ヒソヒソ囁く声がした。中には、やっかみもある。スノウはそれを無視して半分駆け足でついていく。
「なんだ?」
「……“死に神”って、誰の異名なのですか?“ダークマスター”に、おられると人から聞いたのですが」
 ダーリーは、ふと微笑んでアッサリと答えた。
「隊長だよ」
「……えっ?」
「アゲハ=パートンズ。東洋系と北欧の血が半々に入った、黒髪黒瞳の絶世の美女だよ。俺たちの隊長で、君のこれから上官になる人だ」
 ダーリーは、スノウがアゲハに興味があると見て、ニヤニヤ笑う。
「アゲハとは蝶の名前でもあるんだ。だれにも捕まえられないヒラヒラ花から花へと飛び回る蝶。……実際、花から花へ渡り歩いているようなもんだけどな?」
 スノウが複雑な表情で頭を抱え込んでいるのを見ると、ダーリーは寂しく笑った。
「……隊長はね、寂しいんだよ」
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