黒の魅了師は最強悪魔を使役する

暁 晴海

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第一章

仮契約

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「真名を名乗るとは、愚かな事だなユキヤ。召喚者も召喚した相手も、契約を成すまでは決して互いに名を口にしない。何故なら真名を相手に知られる事は、すなわち命を握られるのと同等。これは召喚士…いや、魔力を操る者にとっては常識だ。やっぱお前、どうしようもなく無知だな」

「そ…んな事、しる…っかよ!」

だいたい俺は、お前を含めて誰も召喚するつもりなんて…。

「そんな戯れ言は通用せん。実際にお前は召喚を行い、その結果俺が召喚された。それが全てよ」

男は蹲った俺の傍まで来て片膝をつく。そして激痛で喘ぐ俺の顎を掬い、無理矢理自分へと視線を合わさせた。

「ユキヤ、このまま苦痛にのたうち回って死ぬか、俺と契約するか選べ。魂を差し出すのが嫌なら……身体だけでもいいぞ?お前ならその価値は十分にある」

冷笑を含む甘い男の言葉。真紅の双眼には、あからさまな欲が色濃く浮かんで自分を舐るように見つめている。

痛みで痺れていた思考回路が突如、ハッキリと覚醒する。

そして湧き上がってくるのは、自分に突きつけられた理不尽に対する激しい怒り。

――冗談じゃない!!

前世では病弱な幼馴染の見舞いに行ったり、腐れた姉貴の修羅場に巻き込まれ、忙しさのあまりに彼女を作る暇も持てず童貞のまま儚く散ったというのに。今世では男(人外だけど)に貞操奪われるって、どんな呪いだってんだ!

――え?運命?

なんか腐れ姉貴の声が聞こえた気がする。

って姉貴!ひょっとしなくても、俺にBLの呪いをかけたね?!なにその良い笑顔。ブッ飛ばすぞこの野郎!

――……あまりの展開に、意識が変な方向に現実逃避したらしい。

とにかく!俺はこの人生こそは、可愛い彼女を作って脱、童貞する!そして平凡で幸せな一生を送るんだ。脱、男処女なんて、間違ってもしてたまるか!

俺は身体に思いっきり力を込め、ついでに自分で自分の唇を噛み切り、その痛みで意識を更にクリアにさせると男を睨み付け、叫んだ。

「答えは『否』だ!殺したけりゃ殺せ!それで死んだ後の肉体を好きにするといい!だが魂だけはやらないし、絶対にお前に屈服したりなんてしないからな!!」

そうだ、魂を差し出してしまったら、万が一この世の人生が終わった後、次の人生で脱童貞出来なくなるじゃないか。

死んだ後の身体をおもちゃにされるのは嫌だし、凄い屈辱だけど…。まぁ…死んだ後だし、考えない様にして未来を目指そう。うん、そうしよう。人間、前向きになるのが一番だ。

殺すなら殺せと、見下ろす美貌を睨み付けてると、男……いや、悪魔が何やら目を細めているのが見えた。先程までの憎たらしい笑みも消え、何か心ここにあらずといった様子だ。……というか、呆けている?

「…この俺相手に、随分と威勢のいい奴だ」

少し掠れた声は妙に色っぽくて、何故だか頸がチリリとした。

これは…あれか?怒り通り越して呆れてる?で、でもこっちも男の沽券が関わっているんだ。それにあれだ。無鉄砲なのは若者の特権だし。仮に前世の記憶をプラスすれば、とっくに精神年齢中年であったとしてもだ。

うう…しかし、間近で見ると、本当に整っている顔してるなこの悪魔。父さんと張るぐらいか?俺はゲイじゃないけど、やっぱ綺麗なものは素直に見惚れてしまう。胸もちょっとドキドキ五月蝿くなって、頬に熱が上がってきそう……。

だ、だからって惚れたりはしないけど!

「……分かった。では譲歩してやろう。とりあえずお前とは仮契約で、従魔になってやる」

「仮契約……?」

突如降ってきた意外な言葉に目が丸くなる。つまりはお試し期間という事であろうか。

「そうだ。普通の契約では、従魔は召喚士に絶対服従だが、俺は仮契約だからな。お前を守ったり、戦ったりするのは俺の気が向いた時だけ。それか対価を貰った時だけに限らせてもらう。それが不満なら、本契約すればいい。最もそう遠くない未来で、自主的に俺と契約するって言わせてみせるがな」

「……気が向いた時だけ守るって。それって契約するメリット、俺にあんの?それと!永遠にそんな日は来ないから!!」

まったく、その自信はどこから来るんだよ!この色ボケ悪魔が!諸々の思いを込めて睨みつけてやると、悪魔は爬虫類を思わせる縦割れ瞳孔を細め、ふんと尊大に鼻を鳴らした。

「お前が本気で命の危機だった場合は、ちゃんと守ってやるさ。俺だって本契約になる前にお前に死なれちゃ困るからな。……で、どうする?」

――……考える。

子供同士の決闘だし、命の危険とかは無いと思うが、ローレンス王子がどんな従魔を従えているかはまだ分からない。俺がちゃんと従魔を得られるかどうかも未知数だし、駄目だった時の為に、ある程度の保険は必要かもしれない。

ちなみに、対価とはなんだと聞いてみたら、ちょっと血を貰うとか、キスをするとか、なんならもっと濃厚な戯れ合いとかならより効果的?……遠慮します。

まあ、命の危機の時は守ってくれるみたいだし、よっぽど切羽詰まらない状況でない限り、そこまで対価を払う必要はないみたいだし、仮契約だし……。

「……分かった。……仮契約なら……」

「そうか。じゃあ、お前の気が変わらない内に、契約……いや、仮契約の対価を貰おうか」
「え?」

渋々了解した俺に満足そうに笑い、悪魔は捉えていた俺の顎を更に上向かせた。そして抵抗する間も無く、俺は悪魔と唇を重ねてしまう。

「ンッ……?!」

お、俺のファーストキスが……!!

パニックになっている俺に構わず、男は俺の唇に滲んだ血をペロリと舐めてから、放心する俺の耳元に唇を寄せた。

「これでお前は俺の契約者だ。契約の証に俺の真名を教えてやろう」

耳障りのいい声に囁かれたと同時に、グニャリと空間が歪む。それと同時に眩暈の様な感覚に陥り、意識が暗くなっていく。

「俺の名は……」

囁かれた男の名を頭の中で反芻しながら、俺はそのまま意識を手放した。
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