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第六章

召喚したのは…?

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カツン…カツン….

先頭の案内人と俺達、そして後方に付く騎士達の足音だけが薄暗い回廊に響く。姫の歩調を気遣っているのか時間稼ぎか、ゆっくりと目的地である謁見の間へと向かう中、口を聞く者は誰もいなかった。

両側の壁に間を開けて設置された、魔石を燃料にしてゆらめく灯篭。それらは鎮まり返った石造りの回廊を照らしてはいたが、足元をかろうじて認識できる程度だった。

案内人の背後からやや離れて歩くのはザビア将軍とシェンナ姫で、青ざめ緊張している妹の肩を優しく抱き、守るように身を寄せている。
すぐ後ろには侍女二人が萎縮しながら付き従っていて、彼らのしんがりを務めるのは俺だ。

ベルはいつもの定位置である首に緩く巻きつき、じっとしている。時折り鎌首をあげ、舌を出し入れしながら回廊の空気を確認していた。

頭の上にはフゥが、右肩にはコノハが乗っている。だけど、スラッシュは後宮から出た時点で外に放った。ついて行きたそうだったけど、高確率で戦闘になる可能性がある今、非戦闘員を護るのも限界があるからだ。

オンタリオ側の案内人も俺の背後に居る騎士達も、皆一様に『目』除けの黒布で顔を覆っている。

彼らに前後を挟まれてるこの状況に、『なんか、悪魔教の黒ミサに使用する贄になった気分だな…』等と考えてから、実際そのようなものかと心で自嘲した。




謁見の間へと向かう数時間前。

暫定眷属となったコノハからコリン王太子の事や、何が彼に起こったのかを聞いた。そして今現在の状況を分かる範囲で聴取した後、シェンナ姫が戻ってくる前にザビア将軍へざっと説明した。

事は思ったよりも深刻だった。数時間...もしくは一時間も経たない内に対峙するかもしれない事態に、将軍は勿論俺も表情を険しくさせた。

『つまり、オンタリオの勢力拡大を目論む過激派の筆頭である王弟と、それを支持する貴族達が徒党を組み、宰相と結託していたのか』

コノハが語った人物の特徴、そしてザビア将軍が知る王族関係を照らし合わせてそう結論付けるに至った。

『どのような経過を経てかは、コノハが見聞きしただけじゃ分からない。けれど、これから謁見する国王とコリン王太子は…』

幸い、土精霊コノハが消滅せず俺の眷属になった等、バティルは考えもしてないだろう。

有用な情報は手に入ったが、何故グリフォンの力だけでなくシェンナ姫を欲したのか分からない中、彼女を敵の前に連れて行かざるを得ないのが痛い。

『兎に角、シェンナ姫へはザビア将軍から簡単に説明してもらおう』

状況は悪くても、彼がこの事態を引き起こしたのではない。それが分かるだけでも、シェンナ姫には救いになるだろうから。

「ザビア将軍、シェンナ姫を休ませる前にコリン王…」

『ユキヤ。お前の魔力を補充させろ』

『おいベル!もうちょっとだけ待てっ..』

『今すぐだ』

「.....わかった」

有無を言わさぬ口調のベルに、何時もの唯我独尊とは違う何かを感じた俺は、会話を中断するのを将軍に詫びて応接室に続く客間へと移動した。

『いいかユキヤ、悠長に構えるなよ。あの小物バティルじゃねぇ、奴を隠れ蓑にしてやがるのが厄介だ。ヤバくなった後じゃねぇ、その前に絶対俺を召喚しろ』

で、開口一番に言われたのがこの台詞だった。

仮面を外した俺の顔…正確には唇に鎌首を近づけ、コツンと突きながらだけど、常にない真剣な声音だった。つまり、油断も楽観も決してできないと警告する事によって、俺の危機感を煽る程の敵なのか。

「分かってる。いざとなったら躊躇はしないよ」

『対価の前払いは濃厚な接吻。残りは後払いのツケにしといてやる』

「…召喚を躊躇させる事言うのヤメロ」

謁見など茶番だと分かっている。国王や王太子を実質人質に取られてるのなら、バティルが持つあの杖…グリフォンの呪いを一刻も早く壊さなくてはならない。

けれど、バティルに膨大な力を与えた『何か』によって創られたそれを壊すには、悔しいことに俺の攻撃魔法では駄目なのだ。

『クソッたれエルフの『縛り』を解いたとしても、正式に召喚された『ヤツ』と中途半端な仮契約の俺では出せる力に雲泥の差がある。そこんとこ忘れんな』

加えて吸い取り奪ったグリフォンの風の力、そしてコノハの話で判明した三大元素の精霊から奪った土、水、炎の力。厄介極まりない『魔』の力と精霊の力が、一体どんな相乗効果を生むんだろうか、それも未知数だった。

「ベル」

コツコツとキスし続ける黒ヘビもといベルに、俺は砂漠越えの時からずっと持ってた疑問を口にした。

「お前は分かってるんだろ?バティルが召喚したのが何なのか」

『………..』

「彼奴の使役してるの、お前と同じ悪魔…なんだよな?それも下位悪魔レッサーデーモンじゃなくもっと上位の」

じっと見つめれば、無言だったベルが渋々『そうだ』と認めた。どうして黙ってたんだよとジト目を向けると、悪びれずまたコツンと唇を突いてチロリと舌で舐めてきた。

『アイツの正体を確信したのはついさっきだ。同族だとは言うつもりだったぞ。先にお前に訊かれただけだ』

「だったら、推測でもいいから名前とか教えてくれたっていいのに」

『下手に『名』を呼べば言霊となり、アイツに俺の存在を知らしめ兼ねん。俺より遥かに格下だが、アイツは腐っても爵位持ちの上位悪魔グレーターデーモンだからな。念には念を入れてだ』

「爵位持ちの上位悪魔グレーターデーモン……」

だけど、正式に召喚して使役されているのなら今のベルより強いんじゃ?力の差があるって、さっき言ってただろ当の本蛇が。更に、師匠予定ウォレンさんに『縛り』を受けてるおまけ付きだし。

とは言わなかったけどしっかり意思は伝わったようで、イラついた尻尾が俺の肩を強く打った。ビンタと言い、手加減無しで痛いっての!

...そう言えば今更だけど。こいつベル、最初の時は小蛇だったのにめっちゃ成長してないか?首に巻きついてる体の太さも長さも三倍近くになってるし。もしかして、俺の魔力のお陰?

『それと訂正しとくが、あの小物バティルがアイツを使役なんぞ出来るものか。むしろ召喚した時点で殺されなかったのが不思議な程だ』

「けど、実際バティルは力を得ているけど?」

『大方用意した供物がデカかったか、これから支払う対価が大きいか…だろうよ。例えば、侵略戦争で大量虐殺される人間とかな』

アイツは享楽主義だからな、と付け加えるベルの声に抑揚は無かった。





『あの男が悪魔に支払った…これから支払う対価…』

カツン!

「!!」

石畳の間に僅かな窪みがあったのか、耳障りな反響と足裏の小さな衝撃が脳に届きハッとなる。
どうやらベルとの会話を思い出し、少しだけ集中が途切れていたようだ。

胸糞悪い推測に知らずきつく握りしめていた拳を弛ませ、俺は前方に見えてきた回廊の終わりを視覚にいれる。

「この扉の先が謁見の間でございます。どうぞお入りください」

厳しい大扉が、控えていた騎士達によって開かれる。導かれるまま、俺達は伏魔殿の中核へと足を踏み入れたのだった。
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