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第六章

謁見

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「シェンナ姫様と御一行様、ご到着でございます!」

謁見の間に入った瞬間。俺の全身に走ったのは形容し難い感覚だった。

『うぇ!なんだコレ!?』

空気中に充満した魔力だろうか。悪寒?悪意?に肌を舐られて、気色悪さに産毛が逆立つ様な。バティルと初対峙した時、呪いの魔石から感じたモノを上回っている。

思わず身震いした俺と同様に、フゥ達も『気持ちわる~い!』と色めきだしてた。けど、ベルはシャーッ…と威嚇ってより唸り声のような音を出して、鎌首を俺の目線まであげて前方を睨み付けている。

「うっ….!」

「ぉ…兄様…」

聖獣の血筋であるシェンナ姫とザビア将軍も、異質で淀んだ空気を感じているのだろう。かたかたと震える姫の肩を抱く将軍の背中も強張っている。
侍女ちゃん達は魔力感知ゼロっぽいけど、雰囲気に呑まれて姫より震えてるな…可哀想に。

戸惑う中、俺たちの後退は絶ったぞと主張するかのように重い音を立てて大扉が閉まった。なんか、ダンジョンのラスボスの間に入った冒険者な気分だな、と現実逃避じみた事考えてしまう。

まぁもう、こうなったら勝利を掴む為、とことんやるしかないんだけどな!

『それにしても….』

広い謁見の間は、カルカンヌのそれよりも遥かに広く、そして威圧的な雰囲気だった。

無機質な石畳の回廊とは違い、滑り止めを施した大理石の床。その上には玉座に続くタペストリーの様な絨毯が王座へと続いている。

ただ…。豪華絢爛と言った広間なのに、ドーム状になっている高い天井は装飾が施されず、空洞っぽいのが少し違和感だったのだが。

「それでは、玉座へお進みください」

「………」

俺達が立つ絨毯より少し離れた両側には、近衛騎士達がずらりと並んでる。更にその後ろには、少なくない観衆が俺たちを凝視していた。一見して、オスマン帝国時代っぽい衣装の豪華さから、彼らがオンタリオの貴族だと知れる。

正確な時間はわからないが、日没から算出すれば今は午前二時過ぎといった所か。

『なのにこれだけの人が一堂に会するなんて、な。…いや、驚く事はないか。姫が輿入れするのは知っていた訳だし、元々宮殿にいたんだろう』

そんな彼らに両サイドから見られながら、俺達は案内人に先導されゆっくり歩いて行く。騎士達は直立不動で目線も表情も変えないが、問題は後方のギャラリーだ。先ずシェンナ姫をジロジロと奇異な眼差しで無遠慮に見つめ、次いで胡乱な眼差しで俺を睨みつける。

俺は招かざる客だから良いが、仮にも同盟国から嫁いできた姫に対して敬意も好意の欠片もない。彼らの友好的とは程遠い不遜さに気分が悪くなるが、気にするべき輩ではないと無視を貫き、長い絨毯の道を進んでいった。

『ん?』

王座の階段から後数メートルといったところで案内人が急に足を止め、前方へ深々と頭を下げる。そして後方の護衛達と共に、俺たちを残して足早に立ち去ってしまった、その時。

「シェンナ姫、ザビア殿下、それと…『黒の魅了師』であったか?」

僅かに戸惑った俺達へ、前方から深く抑揚の無い声が掛かった。すると、ハッと弾かれた様にザビア将軍が両膝をついて両手を組み、深く首を垂れる。シェンナ姫も侍女達も、慌てて彼に習い同じ姿勢を取った。

「オンタリオ国王陛下…」

「よくぞ参られた。我が国総出で歓迎するぞ」

俺は声の元である謁見の間の奥まった場所、絨毯道の到達点を見据える。数段上にある、見事な装飾が施された対の玉座に腰掛けているのは、豪奢な衣装を纏った壮年の男性と少年だった。

『あれが…!』

遠目でもわかる、引き締まった大柄な体躯。豪奢な宝石をあしらったターバンと帽子の合いの子を被り、赤褐色の髪と浅黒い肌に整った顔を持つ偉丈夫然の男性は、疑いようもなくオンタリオ国王陛下だ。
そして、国王とよく似た容姿の俺とそう年が変わらない少年はコリン王太子だろう。

だけど、鷹揚で陽気な気質だと聞いていた二人は無表情で何の感情も伺えず、無機質な目で玉座から俺達を見下ろしている。

僅かに目線を移した先、コリン王太子の横にはバティルが立っていて、例の杖を大鴉付きでしっかり携えていた。そして…。

「貴様ぁ!王の御前で平伏もせず無礼者が!!」

姫達が王族への礼を取る中、膝を折ることなく平然と立っている俺に、国王の側にいた髭面の太鼓腹男が青筋を立て怒鳴りつけてきた。

「大体なんだぁ?その奇怪な仮面は!?我ら王族へ素顔も晒せぬのか!!」

特徴的に王弟だろうな。ふんぞり返ってむかつくメタボ男の喚き声を、俺は綺麗にスルーする。それが到底許されない行いだったのか、王弟はますます激昂した。

「何だその態度は!?何処の馬の骨とも知れぬ愚劣な魔術師が!!斬り伏せ火竜の餌にしてくれるぞ!!」

「…やれやれ。バティルから『俺』の事を聞いていないのか?」

いや…。多分、俺がカルカンヌの特使扱いとなったから、国賓として礼を尽くすと勘違いしたのかもしれない。だがお生憎様。「扱い」となっただけで、俺はどの国にも属さない「魅了師」なんだよな。

「は!?下郎の分際で…」

割と小さかった俺の呟きをしっかり聞き取ったらしい。青筋立てて唾を飛ばし喚くメタボを、俺は強く睨み付ける。かなり『目』に力を込めて見たら、途端に声が尻窄みとなって口を閉じてくれた。

『…?』

だが、王弟は青褪め脂汗は流しているものの、明らかにダメージが軽い。ラシャド達にした時よりも強かった威圧にも関わらずだ。あの男王弟に強い魔力が備わっているとは、正直とても思えないんだが。

『成る程な。俺達がこの広間に入ってきた時感じた、あの気色悪い魔力…』

今も充満しているそれが、大方俺の魔力…というか『魅了』をレジストしているのだろう。王弟の反応からして完璧ではないが、十分効果はあるみたいだ。ベルも分かっていたのか、異議も唱えず大人しく双眼を細めている。

「我らと姫、そして殿下は今宵より縁となるのだ。畏まる必要はない、面をあげよ」

王弟と俺のやり取りも、そして俺の不敬などまるで無かったかの様に、国王は首を垂れている姫達へ平坦な声を落とす。侍女達は平伏したままだったけど、ザビア将軍とシェンナ姫はぎこちなく顔を上げた。

「待っていたよ、シェンナ姫。僕のお嫁さん」

王に続いて口を開いたコリン王太子は、姫へと微笑みを浮かべる。けれど彼の無機質な声、表情、そしてガラス玉の様な双眼は空虚。まるでからくり人形オートマタだった。

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