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第六章
悪魔公召喚
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「…っ、は…ぁ」
喉に手をあて、安堵のため息をつく。
俺を苛んでいた圧迫感、そして炙られるような感覚は消え失せた。けれど、呪いが与えたダメージは残ったままだ。
声を出そうとしたが、途端焼かれた喉が悲鳴をあげ、ごほごほと咳き込んでしまう。
また込み上げてきた鉄の味に顔が歪んだ。早く魔力を循環させて喉を治癒しなければ…。
『!くっ!?』
くそっ…身体の内がぐらつく。
張り詰めていた気が緩んだのか、それとも魔力が『目』に集中しているからか上手く魔力が流れない。
仕方がない、喉の治癒は後回しだ。先に悪魔が玉座に張った結界を排除させ、牽制しつつ国王と王太子を離れさせないと…。
「…っ?」
不意に視界が真っ暗になった。いや、正確には黒い何かが視界を遮ったのだ。
『ユキヤ、もういい。お前は『目』をこれ以上使うな。魔力回路が焼き切れるぞ』
困惑する俺の頭に、はっきりとベルの声が響く。
何かが右頬を掠めて、横を向くと大きな鎌首が俺の目と鼻の先にいた。そこでやっと、目の前を塞いでいるのが黒大蛇の蛇腹だったのだと分かった。
『限界を越えようとすんな、馬鹿が。それと、あのゴミをこれ以上喜ばせんじゃねぇ!』
喜ばせる?何か訳の分からない事言ってるけど、ベルはいつの間にか俺の身体にゆるく巻きつき、尻尾を支持脚にして支えてくれていたらしい。視界を遮られ、ベルに言われて初めて俺は、どれだけ『目』を酷使していたのかを自覚した。
『ベル…』
熱を持ちすぎていた双眼を閉じ、ちょっとだけ肩の力を抜く。すると遮られていた視界が晴れたのを感じ、双眼を開けると黒大蛇の顔が真正面にあった。
なんか俺、油断して負ってしまった呪いにしろ失念していた仮面にしろ、かなりベルに面倒を掛けてしまってる。
『ごめん…ベル』
『お前には後で詰る事が山ほどある…が、それは後回しだ』
感情を抑えた声でそう言うと、ベルは俺の口端に流れる血をちろちろと舐め取る。そして唇にこつりと自分の口を押し付け、長く太くなった舌を差し込んだ。
「!…んっ」
口腔を這いずる蛇の舌がくすぐったい。それでいてちょっと…変な気分になってしまいそうになり、頬に熱が集まりかける。焦って制止しかけた手は、巻きついた胴体で実に器用に抑えられてしまった。
「…っ、ぷはっ!…!?」
ベルはすいっと舌を抜き、俺の赤らんだ顔を鮮やかな深紅に映した。爬虫類なのに、心なし楽しそうな表情してるのが分かってムカつく!
「べ、ル!」
『一先ず応急処置だ。ギリギリこれで詠唱出来るだろう』
ザビア将軍とシェンナ姫は顔を逸らしてくれてた。けれど将軍の耳は真っ赤だし、姫の羽耳はパタパタ忙しなく羽ばたいてるしで非常に居た堪れない。
お前の所為で!と赤らんだ顔で睨みつける俺に構わず、ベルは再び俺の唇にこつりとキスをした。
『ユキヤ。いいから予定通り、さっさと俺を…』
「何をしている貴様ぁ!!」
その時、ベルの声を遮り怒声を上げたのは、なんとラウルだった。
憤懣やるかたないと俺を指差している。少しの間放置していたのが気に食わなかったか、と思った次の瞬間コイツの口から出た言葉に「は?」となった。
「プライドも無く使い魔と成り下がった者の分際で、そのお方に侍るなど分不相応!さっさと退けっ!」
ラウルは俺ではなく、巻きついている黒大蛇に悪鬼の形相で罵り喚き、今にも飛びかからんばかりだ。ってか、何言ってやがるんだコイツ…。
「あぁ…!麗しき貴方様には、そこな下等悪魔よりもワタクシの方が相応しい!貴方様の愛を乞わずにはおれぬ哀れなワタクシに、是非ともお慈悲を…」
うわぁ…なにコイツ、目が完璧にイッちゃってて真面目に気持ち悪過ぎる。
『もしかしなくても俺、コイツを『魅了』しちゃったのか?』
それはちょっと…というより、かなり嫌だ。
見れば、まだ尻餅ついたままのバティルが、ラウルの余りの変わりように呆気に取られている。
『……馬鹿が…。色ボケて魔眼も曇りきったか…』
ラウルの気色悪さに鳥肌を立てていた俺だったが、氷点下なんてもんじゃない絶対零度な声で呟いたベルに別種の鳥肌が立ち、「あ、こいつ終わった」と直感した。
『言質は取ったぞ、ラウル。テメェの底抜けの愚かさを後悔するんだな』
「は?上位悪魔であり大伯爵である私に、従魔契約で顕現しているだけの貴方が勝てると?実に愚かですねぇ?」
見下し嘲笑するラウルを一瞥し、ベルは見せつけるように俺に顔を擦り寄せてから一言呟いた。
『召喚しろ、ユキヤ』
「…混沌と…闇の世界を統べ、80の軍団を率いる…魔界7大君主が一柱。そは『無価値の王』な、り…」
「ヒッ!?」
掠れて途切れそうな声を振り絞って詠唱を唱え始めると、それを聞いたラウルの顔色がザアッと瞬時に青褪めた。
「だっ、駄目です!あの御方は…!!やめっ…!!」
俺が召喚しようとしているのが『誰』なのか悟り、ラウルは恐怖と焦りで目を見開き声なき悲鳴を上げる。
だが、俺の『目』により縛られたヤツは、足が縫い付けられたかの様に動けずにいる。攻撃も詠唱の阻害も、ましてや逃亡も出来ずに立ち尽しているしかなかった。
王の証である黄金色の、そして唯一の印章が俺を中心にして浮かび上がる。
巻きついていた黒大蛇が笑うように双眼を細めた。
「我が名と血に応え、顕現せ、よ…!悪魔公ベリアル!」
喉に手をあて、安堵のため息をつく。
俺を苛んでいた圧迫感、そして炙られるような感覚は消え失せた。けれど、呪いが与えたダメージは残ったままだ。
声を出そうとしたが、途端焼かれた喉が悲鳴をあげ、ごほごほと咳き込んでしまう。
また込み上げてきた鉄の味に顔が歪んだ。早く魔力を循環させて喉を治癒しなければ…。
『!くっ!?』
くそっ…身体の内がぐらつく。
張り詰めていた気が緩んだのか、それとも魔力が『目』に集中しているからか上手く魔力が流れない。
仕方がない、喉の治癒は後回しだ。先に悪魔が玉座に張った結界を排除させ、牽制しつつ国王と王太子を離れさせないと…。
「…っ?」
不意に視界が真っ暗になった。いや、正確には黒い何かが視界を遮ったのだ。
『ユキヤ、もういい。お前は『目』をこれ以上使うな。魔力回路が焼き切れるぞ』
困惑する俺の頭に、はっきりとベルの声が響く。
何かが右頬を掠めて、横を向くと大きな鎌首が俺の目と鼻の先にいた。そこでやっと、目の前を塞いでいるのが黒大蛇の蛇腹だったのだと分かった。
『限界を越えようとすんな、馬鹿が。それと、あのゴミをこれ以上喜ばせんじゃねぇ!』
喜ばせる?何か訳の分からない事言ってるけど、ベルはいつの間にか俺の身体にゆるく巻きつき、尻尾を支持脚にして支えてくれていたらしい。視界を遮られ、ベルに言われて初めて俺は、どれだけ『目』を酷使していたのかを自覚した。
『ベル…』
熱を持ちすぎていた双眼を閉じ、ちょっとだけ肩の力を抜く。すると遮られていた視界が晴れたのを感じ、双眼を開けると黒大蛇の顔が真正面にあった。
なんか俺、油断して負ってしまった呪いにしろ失念していた仮面にしろ、かなりベルに面倒を掛けてしまってる。
『ごめん…ベル』
『お前には後で詰る事が山ほどある…が、それは後回しだ』
感情を抑えた声でそう言うと、ベルは俺の口端に流れる血をちろちろと舐め取る。そして唇にこつりと自分の口を押し付け、長く太くなった舌を差し込んだ。
「!…んっ」
口腔を這いずる蛇の舌がくすぐったい。それでいてちょっと…変な気分になってしまいそうになり、頬に熱が集まりかける。焦って制止しかけた手は、巻きついた胴体で実に器用に抑えられてしまった。
「…っ、ぷはっ!…!?」
ベルはすいっと舌を抜き、俺の赤らんだ顔を鮮やかな深紅に映した。爬虫類なのに、心なし楽しそうな表情してるのが分かってムカつく!
「べ、ル!」
『一先ず応急処置だ。ギリギリこれで詠唱出来るだろう』
ザビア将軍とシェンナ姫は顔を逸らしてくれてた。けれど将軍の耳は真っ赤だし、姫の羽耳はパタパタ忙しなく羽ばたいてるしで非常に居た堪れない。
お前の所為で!と赤らんだ顔で睨みつける俺に構わず、ベルは再び俺の唇にこつりとキスをした。
『ユキヤ。いいから予定通り、さっさと俺を…』
「何をしている貴様ぁ!!」
その時、ベルの声を遮り怒声を上げたのは、なんとラウルだった。
憤懣やるかたないと俺を指差している。少しの間放置していたのが気に食わなかったか、と思った次の瞬間コイツの口から出た言葉に「は?」となった。
「プライドも無く使い魔と成り下がった者の分際で、そのお方に侍るなど分不相応!さっさと退けっ!」
ラウルは俺ではなく、巻きついている黒大蛇に悪鬼の形相で罵り喚き、今にも飛びかからんばかりだ。ってか、何言ってやがるんだコイツ…。
「あぁ…!麗しき貴方様には、そこな下等悪魔よりもワタクシの方が相応しい!貴方様の愛を乞わずにはおれぬ哀れなワタクシに、是非ともお慈悲を…」
うわぁ…なにコイツ、目が完璧にイッちゃってて真面目に気持ち悪過ぎる。
『もしかしなくても俺、コイツを『魅了』しちゃったのか?』
それはちょっと…というより、かなり嫌だ。
見れば、まだ尻餅ついたままのバティルが、ラウルの余りの変わりように呆気に取られている。
『……馬鹿が…。色ボケて魔眼も曇りきったか…』
ラウルの気色悪さに鳥肌を立てていた俺だったが、氷点下なんてもんじゃない絶対零度な声で呟いたベルに別種の鳥肌が立ち、「あ、こいつ終わった」と直感した。
『言質は取ったぞ、ラウル。テメェの底抜けの愚かさを後悔するんだな』
「は?上位悪魔であり大伯爵である私に、従魔契約で顕現しているだけの貴方が勝てると?実に愚かですねぇ?」
見下し嘲笑するラウルを一瞥し、ベルは見せつけるように俺に顔を擦り寄せてから一言呟いた。
『召喚しろ、ユキヤ』
「…混沌と…闇の世界を統べ、80の軍団を率いる…魔界7大君主が一柱。そは『無価値の王』な、り…」
「ヒッ!?」
掠れて途切れそうな声を振り絞って詠唱を唱え始めると、それを聞いたラウルの顔色がザアッと瞬時に青褪めた。
「だっ、駄目です!あの御方は…!!やめっ…!!」
俺が召喚しようとしているのが『誰』なのか悟り、ラウルは恐怖と焦りで目を見開き声なき悲鳴を上げる。
だが、俺の『目』により縛られたヤツは、足が縫い付けられたかの様に動けずにいる。攻撃も詠唱の阻害も、ましてや逃亡も出来ずに立ち尽しているしかなかった。
王の証である黄金色の、そして唯一の印章が俺を中心にして浮かび上がる。
巻きついていた黒大蛇が笑うように双眼を細めた。
「我が名と血に応え、顕現せ、よ…!悪魔公ベリアル!」
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