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第六章

三つ頭

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「そうかよ?俺はお前の無駄に多い頭を見ずに清々してたがな」

『おや。お前と会う時、私の頭は常に一つだけどねぇ?どうやらお前は、無駄に歳を食ってる所為で視界が霞んだりブレたりする…老眼なのかな?ふふふ……』

「……空気漏れずに御託並べるあたり、俺の焔で開けた腹の穴は塞がったみてぇだな。……ああ!普段は隠してる醜い二つ頭を出したか?『本性』晒せば短時間で修復可能だもんなぁ?」

『……あいも変わらず、引き裂きたくなる程減らない口だね。お前の攻撃と同じで、実に粗雑お粗末な煽りだ』

「……………」

『……………』

対峙しているベルと『一つ目』の手……いや、真名は当たりをつけてるけど、彼らの口調は気さくとも感じるほどに軽かった。……最初だけは。

そして会話の内容は、最初からあからさまな悪意と殺意と嫌味満載。二体が一旦口を噤んだ時には、漂う空気がビリビリと震えて息苦しい位になっていた。

というか、黙って聞いていたけどこの二体の会話……。「殺したい」だの「腹の穴」だの「引き裂きたい」だの、物騒極まりないワードが飛び交っているし、暴力的な魔力が凄いんだけど。

『………えっと』

ベル達は『王』で七大君主の二柱なのに、なんか……オラオラヤンキーとインテリヤクザのいがみ合いにしか聞こえない。ってか、威厳が感じられないっていうか……。この二体って、いつもこんなやり取りなのかな?

『それにしても…。謁見の間がやたら静かだけど』

ベル達の瘴気じみた魔力は、脆弱な魔力しか持たない者だけでなく、強い者にも悪影響だ。

シェンナ姫達は、ベルの結界に護られているから大丈夫だろう。
正直、オンタリオの不穏分子達はどうでもいい……とまでは言わないけど、心配なのは玉座にいる王と王太子達だった。

「ベ……」

『ユキヤ、声を出すな。息も潜めて黙ってろ!』

少しだけでも様子を知りたくて、首を後ろに捻り口を開きかけた俺の脳内に、ベルの『声』が鋭く響いた。有無を言わさぬ命令に近いそれに、思わず唇を引き結んでしまう。

後ろから抱きしめる腕の力も微妙に強くなっている。翼で俺の全身を覆い隠しているのも、俺を目の前の『一つ目』に決して見せない…という強い意志を感じた。

「おい『三つ頭』。いいのかよ?召喚もされてねぇのに世界へ干渉、まして力を使うなんざ……。例えテメェが『王』の一柱だろうが、絶対不文律の理を破ればタダじゃすまねぇぞ?」

『おやおやぁ!心配してくれるのかい?『無価値』が気遣いを持つなんて、魔界が滅亡する前兆だな!』

「誰がだ!気色悪ぃ寝言ほざいてんじゃねえぞクソ頭が!!」

イライラと舌打ちするベルにククク…と笑う前方の『一つ目』の手。完璧に視界を阻まれてるから想像だけど、ベルの苛立つ顔を見るに、楽しそうにギョロ目を細めてるのかな。

『ふふ。お前なら分かるだろう?私は己の細胞をこの子ラウルの核に寄生させている。故に、この子が絶体絶命の状況に追い込まれた時、刹那ではあるが、私の一部を『こっち』に顕現させられる……』

「!!」

「……そういう絡繰からくりか」

得心したと、ベルが苦々しげに呟く。俺も、かの『王』の説明から、未召喚でありながらこの世に現れる事が出来た裏技を理解した。

『ふふふ、そういう事。この子は歴とした『召喚されし者』だからねぇ。核と同化した『私』は、理を冒す事なく干渉出来るという訳さ』

「そして滞在時間を引き伸ばす為、この空間にいる人間の『時』を止めた…か?」

『え!?』

この空間の時を止めた!?……そういえば、この不自然な静寂……。

例え恐怖に支配されていたって、気配や息遣いが完全に無いなんてあり得ない。確認できないのがもどかしいけど、ベルの言ったことが正しければ、謁見の間にいる俺以外の人間は、全員時が止まっているのか?

「ご名答!干渉対象は少なければ少ない程、都合が良いからね』

拍手でもしそうな声音が聞こえる。何時、どのタイミングで…?飛び退いた瞬間?いや、もしかしたら魂の核ラウルが落ちてきた時には、既に……!?

『すご、い…!』

『王』とは言っても完全体では無い、ラウルの核に寄生した細胞の一つ。なのに、小範囲だとは言えこんな芸当を難なくこなせるなんて……!

ベルの規格外っぷりに慣れたと思ってたけど、俺は改めて、黒の精霊悪魔の頂点が有する桁違いの魔力に畏怖を覚えたのだった。

『……まぁ。主な理由の一つは、先刻も述べたとおり大事な部下ラウルであり、上位の駒を悪戯に失わない為の措置だ。下手に干渉などせずとも、この世を覗き見るだけなら幾らでも方法はあるからね』

要は首輪みたいなものだよ、と事もなげに言う『一つ目』の声は、柔らかいのに冷たい。ベルが言ってたように主人におイタ……つまり、裏切りや奸計防止の意味合いが強いのだろう。

『けれどさ…。ここ数百年の間、上位悪魔私の子飼いがこの様な事態に陥った事例は無かった。ましてや、それが狡猾で悪辣な上に、自分より強い者には決して逆らわないこの子ラウルだったから、正直驚いてしまったよ。……一体、何があったんだろうねぇ?』

言外に「お前がやったんだな」と示す『一つ目』にベルは否定せず鼻で笑った。まあ、どう見てもラウルを瀕死にしたのはベルで間違いない。実際鴉のヒナ…もといラウルの核を足で踏みにじってたし。

『定時連絡では、この国主体の大戦争を進めていると聞いていた。下衆なあの子らしいやり口だったから、天使に気をつけるよう提言してたんだが……何故『無価値』、お前と対峙したんだい?』

「ふん。大方、腹に穴開けて呻く主人の仇討ちでも気取ったんだろうよ。自信過剰なゴミの事だ。テメェの庇護下で幅を効かせている内、俺に敵うなどと愚かな夢を見たってとこだな」

『いや、それは天と地が反転してもあり得ないね。己の保身が最重要事項なんだよ、この子は。例え救いようの無い自意識過剰でも、お前が理不尽極まりない挑発をしようともね。主人の為に必死の愚行をおかす筈が無いんだ』

うそぶくベルに、間髪入れずに否定する『一つ目』の主。さっきから散々大事な部下をディスってるけど、部下だからこそ「全て知っている」という自信に満ちていた。

しかしラウル。自業自得とはいえ、瀕死状態で踏みつぶされた挙句、自分の主人に延々ディスられるって、なんとも惨い。今迄よっぽど悪い事していたんだな。これぞまさしく因果応報(?)

『摩訶不思議な現象だねぇ。そもそも……『全能召喚』で私達を出し抜き、行方を晦ましたお前が何故か此処にいる。これは、どういう事だろう?』

「…………」

またベルの手に力が入って、イラつき?警戒?が増したのが密着した身体から伝わってきた。張り詰めたままだった空気に微弱な電流が流れ、肌を這っている奇妙な感覚に眉根が寄る。

既に分かっているぞと匂わせながら、じわじわと確信をついてくるこのやり口が、如何にもラウルの主人っぽい。『三つ頭』と呼ばれる一柱とベルのソリが合わないのも、何となく分かる気がした。

『この子が狂った理由わけを推測するに……。人間を虫けら程度にしか認識しないお前が、後生大事に私の『目』から隠しているそれ・・の所為かねぇ?』

「……チッ!」

そうだよな。魂の核に潜んでいたのなら、ベルの側にいた俺を確認していない訳が無い。更に、あからさまに俺を隠しているのだから。でも、そうせざるを得なかった。何故なら……。

『だったら答えは易いよ。お前が執着する腕の中の者は、我らが愛おしいソロモン以降現れなかった『召喚者』なんだろう?』

一ヶ月と少し前、俺が『全能召喚』を仕出かしてしまった張本人だったからだ。
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