黒の魅了師は最強悪魔を使役する

暁 晴海

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第六章

痛いって!

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『……帰った…?』

最後、すごく不穏でおぞましい台詞を吐いていったけど。『王』の一つ目アスモデウスは、ようやく自分の部下黒ぽぁを回収して魔界に戻ったらしい。

実は彼の『王』と対面した時、俺達を覆い隠すように周囲は白い霧で覆われていたのだ。異空間ではなくて、時を止めた際の影響だったのだろう。今は次第に薄くなっていってるが、依然周囲の状況は分からないままだった。

ぱっと消えたはた迷惑な魔界の『王』とは違って、この霧が完全に消えるのはもう少しかかりそうだ。

『それにしても、細胞一欠片であの力なのか……。ベルもそうだけど、七大君主って真面目に半端ないよな』

俺の迂闊さで、王様達が害を為されてないかが気にかかる。けど、ベルが攻撃したのは時間切れの瞬間だったし……俺へのセクハラに夢中だったから、うん。きっと大丈夫と信じるしかない。

凝り固まっていた内の緊張が僅かに弛み、ほっと息をついた俺だったが……。ふと、身体に伝わる小刻みな振動に気づいて「ん?」と小首を傾げた。

これは……ベルと密接してる背中と抱き締めてる腕から……?

「……!!」

腕に目を落とせば、ワナワナと震えて血管がビキビキ浮いている!そして、密着した身体が震えと一緒に伝わってくるのは、燻っている怒気……?

「べ、ル……?」

なんか、凄く嫌な予感がする。恐る恐る斜め後ろを見上げてみれば、ピクピクと目尻を引き攣らせ、青筋をこれでもかと浮かべた憤怒のベルが俺を見下ろしていた。

「このっ……大バカ野郎がーーっっ!!」

ギョッと引き攣ったところで、ベルに特大の雷を落とされてしまう。超至近距離でビリビリする程の怒声を浴びせられ、「ひゃっ!」と心臓が跳ね上がった。

「テメェはー!!あれ程!あれほどっ!大人しくしてろと言ったのに!なにやってくれてんだこの考え無しの馬鹿がっ!!」

怒りを爆発させるベルから逃げようにも、しっかりと回された腕はびくともせずなす術も無い。鼓膜を直撃するベルの怒りに身をすくませる俺に、更なる罵倒が浴びせられる。

「俺に『抑えろ堪えろ』とほざいてたクセに、この体たらくかよ!?反省するサル以下だなテメェはっ!!」

「だ、だって……!」

「だってもクソもねぇ!!あのゲスを挑発した挙句、むざむざテメェが地球からの『界渡り』だとバラすわ『魅了』を晒すわ……!あーーっ!くそっ、最悪だ!!」

「え!?お、俺…『魅了』を使う気なんて……」

「無くったって中途半端にダダ漏れてたわ!!只でさえ魔力抑制がド下手くそなのに、簡単にブチ切れて暴走しやがって!!」

マジか!?うっかり『目』に魔力乗せちゃってたのオレ!?あ、だから俺の目に見つめられるのは甘美とかなんとか……。

「ご、ごめんベル!!」

「何万回謝罪繰り返すつもりだテメェは!本体じゃなかったからこれで済んだものの、ゲス頭の『真名』を口にした挙句に余計な事をベラベラと!!」

あっ!抱きしめが締め付けに変わってる!?ちょ、ちょっと、苦しいんだけど……!!

「うぅ……た、確かに名前を言っちゃったのも悪かったよ!でも、俺が『界渡り』なんて言った覚えない……」

「堂々と言ったろうが!奴の描写を目にした事があると!!……確かに、この世界で召喚に応じた事例は、俺達黒の王の中ではゲス頭が一番多い。だが、ヤツが『本性』を見せたのは、後にも先にも『ソロモン』だけだ!!

「………え?」

「それだけじゃねぇ!俺を含め、七十二柱の悪魔全てと邂逅したのもソロモンだけだ。……この意味、分かるよなぁ……?」

「…………」

ソロモンって、「あの」ソロモンだよね。で、アスモデウスが『本性』……「三つの頭を持っている姿」を見たのはソロモンだけ。

……あれ?それってつまり、七十二柱の悪魔の特徴を後世に伝えたのはソロモンだったの!?
そして彼が生まれて死んだのは地球だから、残した知識を得られるのは地球人のみ………。

「うそ……!!」

ざーっと青褪めた俺に、ベルは「やっと分かったか」とばかりに氷点下の眼差しを向ける。ぎりりと剥き出した牙を軋ませ、今にも俺の喉笛を噛むんじゃないかな形相に、ちょっとだけ恐怖が湧いてしまった。

実際、怒りを発散すべく?がぶり!と首に噛みつかれ、甘噛みより強く牙を立てられて悲鳴を上げる羽目になったけど。

「クソ!!最悪だ!!よりによって、ゲスエロ頭にお前の存在を知られちまうとは……!!まだ『ぐうたら』や『短気』の方が幾分かマシだったぜ!!」

アスモデウスの渾名がどんどん酷くなっていってるなぁ……なんて現実逃避する中、悪態を合間に何度も挟み、ぶつぶつガブガブするベル。全体的に自分が悪いって自覚があるので、されるがままになるしかないんだけど。

「……っ……!」

けど、首元の薄い皮膚にかかる吐息とか、やや強目な甘噛みとか、押し付けられる唇とか……!!脊柱がゾワゾワして変な声漏れそうになるから、いい加減止めろよ!!ってかベル、怒ってるフリして楽しんでないか!?

ふと気づけば更に霧が薄くなっていき、周囲が薄ぼんやりと認識できるようになってきた。アスモデウスの魔力影響が終わりに近づいてきているのだ。

ベルもそれを察したのか強く舌打ちし、ガブっと一回牙を突き立て俺に「いてっ!」と悲鳴を上げさせてから顔を上げた。

「言い足りねぇが……続きはこの後、仕置きと対価を含めてたっぷりとしてやる。打ち合わせ通り、よそ見せず余計なこともせず!『アレ』を使ってとっととこの場を収束させろ!」

「…‥わかった」

ベルは涙目の俺をギロっと睥睨しながら、口早に有無を言わさず命令を下した。収束するのを躊躇いそうになる台詞に引き攣るも頷くしかない。すっかり立場が弱くなったなぁ……自業自得だろうけど。

霧が晴れ、ぼんやり浮かんでいた影が全てクリアになった。それから、瞬きする僅かな時間で完全に停止していた全ての人間に「時」が戻る。

戦いの傷跡を深く残した謁見の間。玉座の間でへたり込み震えるバティル。俺達を見て怯えるオンタリオの貴族達や騎士従者達。横をみれば、ベルの結界の中にいる姫達の様子も何もかも、ベルが『王』の焔でラウルを滅したすぐ後と同じだった。玉座に座って唖然としている国王と王太子の無事な姿に、俺は心から安堵する。

『俺とベル以外、ラウルの核から顕現した『三つ頭』を知る者はいない』

話が余計にややこしくなるし、かえってその方が都合がいい。これから始まる「断罪劇」以上の衝撃など必要ないから。

皆が注目する中、ベルの腕から解放された俺は、胸元から「ある物」……黄金色に輝く大きな羽を取り出した。そして固唾を飲む彼らに頓着せず、口元へそれを近づけて詠唱を始める。

「翔る空と踏みしめる地を統べる覇王よ。そは智天使ケルビム、そして暴慢の名を持つ偉大なる幻獣なり……」

静まり返った謁見の間に、言霊を乗せた俺の声は二重……いや三重奏となって響き渡る。何が始まったのか、姫達と俺達以外分からないだろう。

いや、一人だけ気づいたらしい。玉座の間で腰を抜かしていたバティルが、声にならない悲鳴を上げて逃げ出そうとしているのが見えた。

俺は一度目を閉じ、黄金の羽に口付けるとそれを宙に投げ上げる。すると、浮かんだ羽が輝きを増して黄金の魔法陣に形を変え、りぃん……と澄んだ音を奏でたのだ。まるで俺の声に応えるかのように。

それを見たオンタリオの群衆が仰天して響動めき、ザビア将軍とシェンナ姫は目を潤ませる。俺はそんな彼等に微笑みかけ、高らかに残りの詠唱を響かせたのだった。

「疾風を掌る黄金の翼を広げ、ここに降りたて。聖なる獣、グリフォン!」
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