第七王女と元勇者(58)

保土ケ谷

文字の大きさ
4 / 10

4話:指先が震える

しおりを挟む

 木漏れ日のさす爽やかな森の中、爽やかでは無い雰囲気が三人の周りにだけ漂っていた。
 睨み合うというよりは一方的に睨まれている状況に、ティオレンは宮廷で肩身狭い思いをしている時を想起させ、早くこの状況を脱却したかった。
 二人と少女の間には距離があり、ネイロの衰えた瞳では尚の事細かい動作を追うことはできない。それでも、少女から放たれる怒気と包む雰囲気には、今にも矢が放たれる気がしてならず、とりあえずと言わんばかりに雑な提案をティオレンにすることにした。

「おい、今にもあいつ矢を放ちそうだぞ。王女様謝っとけ」

「あ、ええ、申し訳ございませんでした!」

「…何に対して謝ってるの!?」

「ええと…何にでしょう?」

「ふざけないで!」

 自分で謝れと指示しておきながら、少女の問いかけにはもっとだと頷いたネイロは、ティオレンの返事にももっともだと思った。
 そんな考えも、怒りが頂点に達した少女の指から矢が離れる瞬間を目の当たりにするとかき消され、ネイロは意識を矢に切り替え集中した。
 矢に視線を向けたまま片手をティオレンに伸ばし腕を掴むと、ぐいっと少し乱暴だがネイロ自身の体の影に隠すように引き寄せた。後は昔通り体が動いて、矢を掴むなりはたき落とすなりできればいいのだが、正直あまり自信は無かった。
 しかし、矢じりが訓練用に使われる丸く固めた樹脂であることに気づき、軌道が足元の地面に向かっていることに予測がつくとネイロはそのまま余計な動きをやめた。
 衰えた目も意外と捨てたものではなかったなと、矢を見送りながらネイロは一人別の意味で驚いた。

「ひゃあ!?」

 ティオレンからすれば瞬く間もなく腕を掴まれ、気づいたときにはネイロのの足元の地面に矢が刺さっている状態に驚きの声が上がる。
 樹脂で固めた殺傷力のない矢でも、勢いが付けば地面には突き刺さるため、何もわからないティオレンにとっては変わらず脅威ではあった。

「これに懲りたらそのまま引き返しなさい。次は当てるわよ」

 既に次の矢を手に構えている少女に、ティオレンとは対照的に落ち着きを取り戻し始めたネイロは、害意が無いことを示すように空いた手を見せるように挙げた。

「ここは君の土地か?」

「答える義理はない。立ち去りなさい」

「そうは言ってもなあ。俺は古い友人に会いに来ただけなんだ、邪魔はしないからその武器を下げてくれないか?」

「先程から怪しさしか感じないお前たちの言葉を信じろと?」

「それに関してはごもっともなんだが、そこをなんとか頼む。ナルって奴の家が多分もうすぐのとこにあるはずなんだ、用が済んだら森から出てく」

「…お前たち師匠の知り合いなの?」

 ナルの名前を聞いた少女の肩の力が少し抜け表情が緩んだのを見たネイロは、なんとか穏便にことを進められそうだとほっと息をつく。

「ああ、ナルとは昔一緒に冒険した仲なんだ」

「そうなんです!ネイロ様とナル様は東へ西へ、数多の山と海を超えて旅をした親友なんですよ!」

「おい、大げさに言いすぎだ。また不審がられるだろうが」

「ネイロ…ネイロって先々代の勇者じゃない。…こいつ…この人が?」

「おいお前も失礼だな」

「ええ!凄いでしょう!?」

 老人のツッコミを無視する二人の会話に途中から参加するのをやめたネイロは、木の幹に背をもたれ静観することにした。年寄りが若者の会話に割って入っていい結果になるとは到底思えなかったからだ。
 若かりし頃の冒険でも、やたらと首を突っ込んでくる老人は、大概厄介事や大惨事の前触れとなることが多かった経験ゆえに、ティオレンにしばらく任せることにした。

「師匠の冒険を聞く度にネイロさんの凄さも教えてもらっていたから、凄さは分かるわ。でも、その、思った以上に老けているわね」

「そんなことないです!渋いだけです!」

「それフォローになってないわよ」

「え、そうですか?」

 心配そうに振り返ってくるティオレンに、何度目かも忘れたため息をネイロがつくと、少女は呆れたように笑った。

「あんたたち、ほんとおかしな人たちね。いいわ、怪しさ半分だけど師匠のもとに連れて行くわ」

「本当ですか!?ありがとうございます!」

「ま、師匠がヤバい奴って判断したらやっぱり射つけど」

「う、気をつけます。ネイロ様、行きましょう!」

「あいよ」

 先導するため歩き始めた少女に早く付いていこうと手招きするティオレンに追いつくと、ネイロは声をひそめた。

「助かった、お手柄だぜ王女様」

「いえ、いえいえ。そんなことないですよ」

 普通に褒められてしまい照れるティオレンは、後ろ髪に手を当てながら満更でもなさそうに笑った。

「早く来ないと置いていくわよ」

「はい、今行きますね!」

 少女が先ゆく道は、僅かに道になっていることが確認できる程度しか幅が無く、歩く度に草によって遮られ足取りは先程以上に重くなっていく。
 森は一層深くなっていき、そこかしこから鳥の鳴き声や木々の擦れあう音が立ってくる。
 その度に大自然慣れしていないティオレンは、キョロキョロと視線を移し音の源を探しては諦めてを繰り返していた。 

「あなた、森に来るのは初めて?そんなにキョロキョロしても別に珍しいものなんて何もないわよ」

「はい。ここまで大きな森は初めてです、ええと…お名前はなんですか?」

 先程まで怪しまれていたにも関わらず、時折振り返っては気にしたり話しかけたりしてくれる少女の甲斐性に、感謝と可愛げを感じ始めたティオレンは、未だに名前を知らないことに気づく。

「メロミアよ。あなたは?」

「ティオレンです」

「へえ、覚えにくそうな名前ね」

「メロミアさんは素敵な名前ですね」

「あ、ありがと」

 ティオレンの名前を聞いても驚くことも、訝しむこともないメロミアの様子に、ネイロは少し違和感を覚えた。
 しかし、深い森の中でかつての冒険者を師と仰ぎ暮らすようなメロミアには、多少なり事情があるのかもしれないと特にツッコむことはやめるかわりに口を開いた。

「なあ、家はまだか?もう足腰が限界に近いんだが」

「師匠に比べて勇者様は体力落ちまくってるみたいね」

「年中森の中で暮してるやつに比べれば老化も進むだろ」

「それにしたって、衰え過ぎじゃないのか?ネイロ兄さん」

 いい加減疲れが出始めたネイロが足を止めようとすると、少し先から声がし道の先に一人の男がいることに気づく。
 その男はメロミアと同じく弓を片手に持ち、もう片方の手を腰に当て少し呆れたように笑っていた。
 メロミアの話にあった通り、いやそれ以上に若々しいオーラを放つ男にティオレンは思わず眩しそうに目を細めてしまう。
 黒い髪には艶さえあり、焼けた肌はハリさえ感じ、確かにこの姿を知っていればネイロはお年寄りに見えるかもしれないと、ティオレンは胸中でまたもや失礼なことを考えていた。

「おう、ナル。久しぶり」

「久しぶり。わざわざ足を運んでくれて嬉しいよ。まあ、ただ旧交を温めに来たわけじゃなさそうだけどね」

 ナルはネイロと共に訪ねてきたティオレンに顔を向けると、歩み寄り眼の前まで行くと跪き胸に手を当て深くお辞儀をした。

「ティオレン王女様、私なんかに会うためにこんな辺鄙なところまでご足労いただきありがとうございます。ナル・カーミシアンと申します」

「そ、そんな畏まらないでください。こちらこそ突然のご訪問お許しください……あれ、名前と目的はまだナル様には教えてませんよね?」

「千里眼の力でお見通しって訳だな?話が早くて助かるよ」

「昔のようにはこの力も働かないけどね」

 出会って直ぐナルの力の凄さを肌で感じ取ったティオレンは、今までと同様感動で小さく震え瞳が滲みそうだった。

「ええ、王女様なの!?」

 そんな感動も、メロミアが今更ながらティオレンの地位を知ったことで、何テンポも遅れた驚きの声にかき消された。
 メロミアの上げた声に驚いた小鳥たちが、近くの木立から一斉に飛び立った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。 - - - - - - - - - - - - - ただいま後日談の加筆を計画中です。 2025/06/22

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

魅了の対価

しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。 彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。 ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。 アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。 淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。

処理中です...