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4話:指先が震える
しおりを挟む木漏れ日のさす爽やかな森の中、爽やかでは無い雰囲気が三人の周りにだけ漂っていた。
睨み合うというよりは一方的に睨まれている状況に、ティオレンは宮廷で肩身狭い思いをしている時を想起させ、早くこの状況を脱却したかった。
二人と少女の間には距離があり、ネイロの衰えた瞳では尚の事細かい動作を追うことはできない。それでも、少女から放たれる怒気と包む雰囲気には、今にも矢が放たれる気がしてならず、とりあえずと言わんばかりに雑な提案をティオレンにすることにした。
「おい、今にもあいつ矢を放ちそうだぞ。王女様謝っとけ」
「あ、ええ、申し訳ございませんでした!」
「…何に対して謝ってるの!?」
「ええと…何にでしょう?」
「ふざけないで!」
自分で謝れと指示しておきながら、少女の問いかけにはもっとだと頷いたネイロは、ティオレンの返事にももっともだと思った。
そんな考えも、怒りが頂点に達した少女の指から矢が離れる瞬間を目の当たりにするとかき消され、ネイロは意識を矢に切り替え集中した。
矢に視線を向けたまま片手をティオレンに伸ばし腕を掴むと、ぐいっと少し乱暴だがネイロ自身の体の影に隠すように引き寄せた。後は昔通り体が動いて、矢を掴むなりはたき落とすなりできればいいのだが、正直あまり自信は無かった。
しかし、矢じりが訓練用に使われる丸く固めた樹脂であることに気づき、軌道が足元の地面に向かっていることに予測がつくとネイロはそのまま余計な動きをやめた。
衰えた目も意外と捨てたものではなかったなと、矢を見送りながらネイロは一人別の意味で驚いた。
「ひゃあ!?」
ティオレンからすれば瞬く間もなく腕を掴まれ、気づいたときにはネイロのの足元の地面に矢が刺さっている状態に驚きの声が上がる。
樹脂で固めた殺傷力のない矢でも、勢いが付けば地面には突き刺さるため、何もわからないティオレンにとっては変わらず脅威ではあった。
「これに懲りたらそのまま引き返しなさい。次は当てるわよ」
既に次の矢を手に構えている少女に、ティオレンとは対照的に落ち着きを取り戻し始めたネイロは、害意が無いことを示すように空いた手を見せるように挙げた。
「ここは君の土地か?」
「答える義理はない。立ち去りなさい」
「そうは言ってもなあ。俺は古い友人に会いに来ただけなんだ、邪魔はしないからその武器を下げてくれないか?」
「先程から怪しさしか感じないお前たちの言葉を信じろと?」
「それに関してはごもっともなんだが、そこをなんとか頼む。ナルって奴の家が多分もうすぐのとこにあるはずなんだ、用が済んだら森から出てく」
「…お前たち師匠の知り合いなの?」
ナルの名前を聞いた少女の肩の力が少し抜け表情が緩んだのを見たネイロは、なんとか穏便にことを進められそうだとほっと息をつく。
「ああ、ナルとは昔一緒に冒険した仲なんだ」
「そうなんです!ネイロ様とナル様は東へ西へ、数多の山と海を超えて旅をした親友なんですよ!」
「おい、大げさに言いすぎだ。また不審がられるだろうが」
「ネイロ…ネイロって先々代の勇者じゃない。…こいつ…この人が?」
「おいお前も失礼だな」
「ええ!凄いでしょう!?」
老人のツッコミを無視する二人の会話に途中から参加するのをやめたネイロは、木の幹に背をもたれ静観することにした。年寄りが若者の会話に割って入っていい結果になるとは到底思えなかったからだ。
若かりし頃の冒険でも、やたらと首を突っ込んでくる老人は、大概厄介事や大惨事の前触れとなることが多かった経験ゆえに、ティオレンにしばらく任せることにした。
「師匠の冒険を聞く度にネイロさんの凄さも教えてもらっていたから、凄さは分かるわ。でも、その、思った以上に老けているわね」
「そんなことないです!渋いだけです!」
「それフォローになってないわよ」
「え、そうですか?」
心配そうに振り返ってくるティオレンに、何度目かも忘れたため息をネイロがつくと、少女は呆れたように笑った。
「あんたたち、ほんとおかしな人たちね。いいわ、怪しさ半分だけど師匠のもとに連れて行くわ」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
「ま、師匠がヤバい奴って判断したらやっぱり射つけど」
「う、気をつけます。ネイロ様、行きましょう!」
「あいよ」
先導するため歩き始めた少女に早く付いていこうと手招きするティオレンに追いつくと、ネイロは声をひそめた。
「助かった、お手柄だぜ王女様」
「いえ、いえいえ。そんなことないですよ」
普通に褒められてしまい照れるティオレンは、後ろ髪に手を当てながら満更でもなさそうに笑った。
「早く来ないと置いていくわよ」
「はい、今行きますね!」
少女が先ゆく道は、僅かに道になっていることが確認できる程度しか幅が無く、歩く度に草によって遮られ足取りは先程以上に重くなっていく。
森は一層深くなっていき、そこかしこから鳥の鳴き声や木々の擦れあう音が立ってくる。
その度に大自然慣れしていないティオレンは、キョロキョロと視線を移し音の源を探しては諦めてを繰り返していた。
「あなた、森に来るのは初めて?そんなにキョロキョロしても別に珍しいものなんて何もないわよ」
「はい。ここまで大きな森は初めてです、ええと…お名前はなんですか?」
先程まで怪しまれていたにも関わらず、時折振り返っては気にしたり話しかけたりしてくれる少女の甲斐性に、感謝と可愛げを感じ始めたティオレンは、未だに名前を知らないことに気づく。
「メロミアよ。あなたは?」
「ティオレンです」
「へえ、覚えにくそうな名前ね」
「メロミアさんは素敵な名前ですね」
「あ、ありがと」
ティオレンの名前を聞いても驚くことも、訝しむこともないメロミアの様子に、ネイロは少し違和感を覚えた。
しかし、深い森の中でかつての冒険者を師と仰ぎ暮らすようなメロミアには、多少なり事情があるのかもしれないと特にツッコむことはやめるかわりに口を開いた。
「なあ、家はまだか?もう足腰が限界に近いんだが」
「師匠に比べて勇者様は体力落ちまくってるみたいね」
「年中森の中で暮してるやつに比べれば老化も進むだろ」
「それにしたって、衰え過ぎじゃないのか?ネイロ兄さん」
いい加減疲れが出始めたネイロが足を止めようとすると、少し先から声がし道の先に一人の男がいることに気づく。
その男はメロミアと同じく弓を片手に持ち、もう片方の手を腰に当て少し呆れたように笑っていた。
メロミアの話にあった通り、いやそれ以上に若々しいオーラを放つ男にティオレンは思わず眩しそうに目を細めてしまう。
黒い髪には艶さえあり、焼けた肌はハリさえ感じ、確かにこの姿を知っていればネイロはお年寄りに見えるかもしれないと、ティオレンは胸中でまたもや失礼なことを考えていた。
「おう、ナル。久しぶり」
「久しぶり。わざわざ足を運んでくれて嬉しいよ。まあ、ただ旧交を温めに来たわけじゃなさそうだけどね」
ナルはネイロと共に訪ねてきたティオレンに顔を向けると、歩み寄り眼の前まで行くと跪き胸に手を当て深くお辞儀をした。
「ティオレン王女様、私なんかに会うためにこんな辺鄙なところまでご足労いただきありがとうございます。ナル・カーミシアンと申します」
「そ、そんな畏まらないでください。こちらこそ突然のご訪問お許しください……あれ、名前と目的はまだナル様には教えてませんよね?」
「千里眼の力でお見通しって訳だな?話が早くて助かるよ」
「昔のようにはこの力も働かないけどね」
出会って直ぐナルの力の凄さを肌で感じ取ったティオレンは、今までと同様感動で小さく震え瞳が滲みそうだった。
「ええ、王女様なの!?」
そんな感動も、メロミアが今更ながらティオレンの地位を知ったことで、何テンポも遅れた驚きの声にかき消された。
メロミアの上げた声に驚いた小鳥たちが、近くの木立から一斉に飛び立った。
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