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引退を決めた冒険者、少女と出会う。

第3話 魔物の反乱!?

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 小鳥の鳴き声が朝の訪れを感じさせる。カーテンの隙間から朝日が部屋に差し込み、そのまぶしさにロックはようやく目を覚ました。
 昨日の夜、あれからどれくらい飲んだのだろうか。いつ部屋に戻ったのか、よく覚えていない。というか、頭も痛む。
 完全に二日酔いだな。ロックは小さくつぶやきながら起き上がった。
 ごちん。
 ふいにおでこに強烈な痛みを覚えた。何かにぶつかった? その痛みは二日酔いも相まって、頭部を襲う。
「だ、大丈夫?」
 レイチェルの声に、彼女とぶつかったことに気づかされた。そうだ、今は一人じゃないんだ。ロックはそう思いながら、うっすらと目を開けた。
 そこには着替えを済ませたレイチェルが心配そうにのぞき込んでいた。
「あ、頭が……割れるように痛い」
 少し冗談めかせてロックは言ったが、レイチェルはかなりの慌てようだった。
「ごめんなさい。なかなか起きないから心配で……まさかいきなり起き上がるなんて思わなくて」
「いや、こっちこそ。ごめん。頭ぶつけたでしょ? 痛かったりしない?」
「私は平気です。でも、ロックさんが……」
「俺は冒険者だったんだよ。あれくらい頭ぶつけたくらい……あたたた……」
「ほら、やっぱり! 氷もらってこなきゃ!」
 レイチェルは慌てて部屋を飛び出していく。
「あ、いや、そうじゃなくて……」
 レイチェルを呼び止めようとしたロックだったが、その声は届いていない。
「女将さーん」
 レイチェルの声は廊下の向こうから聞こえてくる。
 数分後、様子を見に来た女将さんに大爆笑されたのは言うまでもない。
「あはははは。石頭のロックが頭痛だって。ぶつけて? そんなわけ無いと思ったけど……。レイチェルもあわてんぼさんだね。昨日、結構飲んでたから、二日酔いでしょ?」
 あっけらかんとした表情で、ロックを一目見て女将はそういった。全くその通りで、ロックは赤面して布団を頭からかぶっている。
「ま、お水飲ませて。少し休ませれば大丈夫だよ。ぷふっ」
 そう言って、思い出し笑いを浮かべながら、女将は仕事に戻っていった。
「あの、ロックさん……ごめんなさい」
 布団に潜ったままのロックに、レイチェルが言った。「まさか、二日酔いだなんて。大騒ぎして、端かかせたみたいで……」
 ロックは大きなため息をついて布団から顔をのぞかせた。
「いや、俺こそ軽い冗談のつもりだったんだけれど。すまなかった」
 そういって起き上がると、レイチェルがコップに注いだ水を一気に飲み干した。
「準備したら、乗合馬車探そう。女将さんの言ってた話も気になるところだけれど。何かの情報もあるだろ」
 そういってロックは準備を始めた。持っていたブレストプレートなどの鎧を身につけ、愛用のロングソードを腰に差す。
 荷物は元々着替えくらいなのでそんなに多くはないから、準備はすぐに整った。
 レイチェルは昨日買ってもらった服意外に持ち物は無いので、それらを同じく買ってもらっていたディバックを背負う。
 料金を支払い終えたロックは待たせていたレイチェルと並んで広場にある乗合馬車の受付場に向かう。
 これまでの旅でロック自身は乗合馬車を使ったことは無かったのだけれど。レイチェルを連れた旅で、自分一人のように歩いて故郷の町までとはいかない。ペースもそうだが、旅慣れていないと五日の行程は結構な距離だ。
「そういえば、ロックさんの住んでる町の名前って、なんて言うんですか?」
「アクビアって町さ。まあ、それなりに大きな町なんだけど、国境も近いし、そんなに離れてない場所にダンジョンもいくつかある。まあ、出入りはギルドが管理してるけどね」
「へぇ、そうなんですね」
「そうそう、町からちょっと。半日くらい北に行くとアクビア渓谷って谷があってこの滝は冬には見物だよ。なんと言っても滝の水が凍るんだ。本当に寒い日に。まれにしかみれないんだ」
「えっ滝が凍るんですか?」
「うん。なんかいろんな条件が兼ね合ったとき、だけらしいんだけどね。俺はよく訓練に行ってたんだけど。運がよくなかったのかな、一度も見れたことはないんだけどね」
「へぇ。一度、行ってみたいな」
「ああ。行こうよ。生活落ち着いたらさ」
 何気ない会話であったが、レイチェルは楽しそうだった。見たことない景色。見てみたいという欲求が彼女を前向きにしていた。
 出会った頃より少し笑顔が増えただろうか。まだロックとレイチェルは出会って一日足らずだが、お互いの距離は急速に近づいていた。
 レイチェルも緊張続きだったところ、ロックと出会い優しくしてもらえたこと。助けてもらったことから、ロックに気を許していた。
 ロックたちは程なく、乗合馬車の受付にやってきたが、すでに長蛇の列ができていた。状況は、というと、芳しくなさそうだった。
 ロックはレイチェルに列並んでもらい、近くの係員をつかまえて状況を聞いてみることにした。
「馬車、出そうなんですか?」
「うーん。現時点で何とも言えないみたいなんだよ」
「というと?」
「昨日から馬車がきてないからね。今日出発予定の馬車もこの人数じゃ対応しきれないのが現状だし。正式な確認はまだだけど、昨日いくつかの馬車が襲われたって話があるから、ギルドにもその事実確認してるところなんだよ。それが終わらないと出発予定だった馬車も、今日のところは出発できないんじゃないかな」
「なるほどね」
「って、ロックじゃないか。誰かと思ったよ。ロックがいるなら心強い」
「よしてくれよ。俺はそんなに強くないぜ」
「またまた。ミリィやフォルクマールは?」
「……ああ、まあ、訳あってね。俺、故郷のアクビアに帰ることにしたんだ」
「そうだったんですか。詳しくは私の口からは言えなくて……ギルドに行ってみてくれよ。詳しくはそこで聞けると思う」
「ギルドね。んーわかった」
 ロックはそう答えるとその場を離れる。その表情は少し重かった。
「どうしたんですか?」
「ん、いや別に。それよりも今日は馬車乗れるかわからないし、ギルドに行こう」
「ギルド? ギルドって冒険者ギルドですか?」
「ああ。こうなった事情が聞けそうなんだ」
「わかりました」
 レイチェルは素直に列から離れるとロックの横に並んで歩く。
 そんな大きな町ではないが、昨日の宿の混み具合から何となく想像できてた。すでに三〇人ほどが列に並んでいる。レイチェルはそのらさに後ろだったから、まあこれじゃあチケット手に入ったかも怪しい。並んでいても時間の無駄だったかもしれない。
「でも、私、並んでなくていいんですか?」
「うーん。運営も出発できるか判断に悩んでるみたいだし、あの人数じゃ。今回出発する馬車に乗りきれないでしょ」
 ロックの言うとおりであった。乗合馬車には精々一〇人といったところ。それも大きめの馬車で、である。大きな町との中継的な意味合いのこの宿場町でそんな大きな馬車の本数が多いわけではなく。
 まあ、二、三日はこの町に留まるようかな。
 なんて考えながら、ロックはギルドの中に入った。
 普段なら冒険者が中の食堂で食事をしていたり、情報交換をしていて、それなりに賑わっているのだけれど、何か少し異質だった。
  まず、異様なまでに静かなのだ。人が出払っているのだろうか。ロックが踏み入れても誰もそこにはいなかった。
「冒険者ギルドって、初めて入ったんですけど、こんなに静かなものですか?」
「いや、そんなはずはないんだけど」
 カウンターの呼び鈴を鳴らすと、ようやく奥から職員が現れた。
「あ、ロックさん。お久しぶりです」
「エミリー。久しぶり。なんかあったの?」
 ロックの問いかけに、ギルド職員・エミリーの表情は曇る。
「この町を中心に東西南北の街道で、昨日馬車が襲われるって被害が多発してまして」
「馬車が?」
「はい。今、このギルドにいた冒険者たちが一番被害の多かった西の街道を調査に行ってますが、なにぶん小さなギルドなので人手不足で」
「ああ、そういうことか。乗合馬車も」
「被害に遭ってますし、ちょうどここに停留していた馬車は無事ですけど、昨日からこの街に馬車は到着してないです。安全の確認しないまま出発とはいかないみたいで」
「ギルドに調査依頼が来たってことか」
「はい。ロックさんも今何かの依頼をお受けされているとか?」
「いや、そんなことはないんだけど……」
「じゃあ、ロックさんも手を貸してくださいますか?」
「あ、いや。正直に言うけど、俺ギルドカード返納したんだよ」
「えっ」
「冒険者辞めるつもりで、アクビアの町に帰るところさ」
「冒険者やめるっって。えっ」
 突然のことに、エミリーは驚きを隠せなかった。
「まあ、この装備はアクビアに帰るまで。のつもりなんだ。それに、連れもパーティーメンバーじゃないだろ?」
 言われてエミリーはようやく一緒に来た女性が初見の人だと気づく。
「結婚したんですか? ロックさん」
「いやいや。違うし。なんでそうなるんだ」
 エミリーとロックのやりとりを見て、レイチェルは吹き出した。
「エミリーさん。違いますよ。私は偶然東の街道で馬車が襲われたところをロックさんに助けていただきました。その馬車に乗っていたのは、私だけが生き残りました。行く先のない私を、アクビアで何か仕事捜してくれるってことで、一緒にアクビアまで向かう。それだけです」
 レイチェルは身振り手振り交えてエミリーに事細かに説明し始めた。エミリーはレイチェルの話に食いつく。
「黒いローブの男。西や北でも目撃されてます。関連がなければいいんですが」
「でも、そんな距離を一日に移動するって、馬車よりも速い乗り物に乗ってなければ不可能だろ」
「その通りです。でも、何かの陰謀がうごめいていたら?」
「モンスターを統率か。そういえば、レイチェルの故郷の事だけど。なんか情報無いかな?」
「ヴァーミタン、でしたっけ? そういえば、あの町がモンスターの氾濫で壊滅したとか……確か、資料が……」
 エミリーが取り出した資料をロックはものすごい早さで読んでいく。
「でも、それが街道の馬車襲撃事件と何か関係が?」
「それはわからないけど……レイチェルに聞いた話の他に目新しい記事はないな」
「ロックさん。ギルドカード返納したというのに、この非常事態で申し訳ないんですけど」
「手伝ってくれってことだな」
「はい。ちなみにカード返納はいつくらいのお話でしょう?」
「一週間くらい前だったかな。クロノリオスで」
「そうでしたか。でしたら、ここで仮ギルドカードを発行させていただきます。本部に返納通知が届いてから一年は以前のランクで再登録が可能なんですが。今回は期間も短いですし、ロックさんなら審査は大丈夫でしょう。責任は私が持ちますので、何とかお願いできませんか?」
 ロックは一瞬回答に詰まったが。頭を振ってすぐに、
「わかった。俺も街に帰れないと困るしな」
 と答えた。
「レイチェルさんはどうなさいます?」
「私、モンスターとは戦えませんよ」
 レイチェルは慌てて否定する。
「レイチェルはこの街で待ってて。エミリー。俺はどこを調べればいい?」
「北側。王都に通じる街道ですね。次の町まで何もなければ大丈夫だと思います。あるいは向こうの街から馬車がこっちに向かってきてれば、昨日のは野生のモンスターの起こした事故という事だと思います。ですが」
「黒ローブの男か」
「はい。あるいは、モンスターが街道にたむろしていた場合はこれを駆逐願いたいと思います。報酬は……モンスターなどに応じてでどうでしょう?」
「オッケー。じゃあ早速行ってくる。レイチェルの事、頼むぜ。昨日泊まった宿で待っててくれ」
「はい。ロックさんもお気をつけて!」
 ロックはレイチェルを置いてギルドを飛び出すと、街の北へ続く街道目指して駆けだしたのだった。
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