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引退を決めた冒険者、少女と出会う。

第13話 漆黒の翼

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 黒いローブの男を見た。そんな噂がギルドに幾つか寄せられていた。とはいえ、黒いローブを着たなど、良くある話であって、旅装束の魔導士が着ていたり、一般人でも寒い時期になるとウールの黒いローブをなんて話も良くあることだ。
 だが、そのローブの左肩あたりに施された片翼の翼の模様があると言われれば、話は別だった。それはある秘密結社ののメンバーの着ているローブだと言われている。その秘密結社の名は漆黒の翼。特にこれまで組織だって何か悪巧みをしてきた。なんて話はないのだけれども、魔物の大量発生現場で、あるいは東門の先にある森の中で数人。その後にそれぞれ事件が起こっているとなれば、話は別ではないだろうか。
 確たる証拠は無いのだけれども、疑わずにはいられない。衛兵たちも、ギルド側も動きだしていた。まずは任意の聞き取りによる調査なのだが。
 もっともらしい話を聞く事はできなかった。偶然と言われればそれまでだし、仕方がない事だろうか。
 捜査は完全に行き詰まっていた。

「なんだか釈然としないんだが、確たる証拠は何もないんだ……」
 トムはぼやく。それにマリンも同調した。
「そうですね。全く同意見です」
「まあまあ。俺をここに呼んだのは二人の愚痴を聞かせるためか?」
 ギルドの応接室のドアを開けるなり、ロックは二人の口が耳に入ってそう呟いた。
「俺はてっきり呼び出されたからには、何か手がかりが見つかったのかと」
 そういいながらロックはトムの隣に腰掛けた。
 紅茶がすぐに運ばれてきて、ロックはそれを一口飲むと、背もたれにどっと寄りかかる。
「にしても、あれから一週間。手がかりが全く無しか。アレがただの偶発的な出来事だとは思えないけど、なぁ」
 ロックは呟いた。それにはトムもマリンも同意する。
「そういえば、少し前だけど、王都の北の町で起きた魔物の氾濫って。アレはギルドに何か伝わってきてる?」
「魔物の氾濫? そんなことあったのか?」
 トムはその事実を知らなかった。ロックだってレイチェルから聞いていなければ知らなかった事だが、ここは冒険者ギルドである、他の都市の出来事なども、魔物がらみの事件などは、情報を共有しているはずだ。
 実は今日、来る道すがら思いついたことだった。
「ああ。実は、レイチェルの故郷の話なんだけど。ひょっとしたら、と思ってね。それに、あのベヒーモスは隻眼だったろ? アレは俺の仲間の仇だった話はしたと思うけど……」
「そういえば、そんな話聞いたな」
「アレも本来、俺たちが依頼で行った場所にいるはずの無い魔獣だ。それにその魔獣がここに現れるっていうのもおかしな話だ」
「確かにそうだ。ロックを追ってきたのか? いや、それならあの時逃がしはしないだろう。偶然では考えられない」
 とはいえ手がかりが無いのは事実。何かを見落としているのだろうけれども、皆目見当がつかない。
 もっとも、ロックは今でも自分たちパーティーが壊滅にあった森へは近づきたくない、と言う気持が強い。あの辺りの調査に行くとすれば、ここからひと月ほど移動にかかるか……。そんなことを考えていると、不意にドアが開いた。
「ああ、ここにいたのか……」
「ギルドマスター」
 マリンはその声に振り返り、声を上げた。
「久しぶりだね、ロック。帰ってきたのは聞いてたんだけど、僕もしばらく留守にしてたからね、挨拶が遅くなった」:
 壮年の中肉中背の男は、さわやかな笑顔を浮かべながらロックに近づいてくる。ロックの表情もおだやかな笑みへと変わる。
 ロックは席を立って右手を差し出した。旧知の仲の二人は笑顔で握手を交わす。
「アラン、何年ぶりかな? 元気そうで」
「お前もな。冒険者辞めるって? 今日はその事で来たのかな?」
「辞める気、だったけどね。少し先延ばしか。先日の事件の件で来たんだけど……」
「ああ、大変だったね。まあ、座りなよ」
 アランに促されてロックは再びソファーに腰を下ろした。
「実は僕は王都の北の町、ヴァーミタンに行っててね。あの町のギルドマスターは僕の弟がやってたんだ。連絡が取れないのと、例の事件があったから、調査を兼ねて、ね。王都のグランドマスターの許可を得て冒険者数名と行ってきたんだ」
 マリンの隣に腰掛けながら、アランは呟く。
「町はかなり壊滅状態でね。住民もほとんど親戚を頼って引っ越したみたいで……」
 アランは心痛な面もちでそういった。町の状態はかなりひどいらしい。戦争でも起きたかのように、焼け野原。特に町の中心を含めて東西に一直線に魔物が通り抜けたらしいその後は、煉瓦づくりの建物も粉々に粉砕されていた。その惨劇は、魔法を使ったり、重火器で戦争してもこうはならないだろうという程すさまじいもので、アランを始めとした冒険者たちもその光景に呆然としたのだった。
 冒険者ギルドの建物は町の中央を少し離れた場所にあったため、全壊は免れていたようだが、半分以上はボロボロで、瓦礫と化している。ギルド職員も数名が軽傷で済んだようだった。肝心のアランの弟、アルスがギルド職員の中で一番重いケガをしていた。右腕の骨折と左足の骨折。これらは町の人をかばって瓦礫の下敷きになったときに負ったもので、駆けつけた治癒師の回復魔法でキズは随分と軽くなっていたようだった。
「まあ、ひとまずは無事で良かったです。アルスさんのケガも、回復魔法で良くなってるんですよね」
「ああ、それにはホッとしたよ。ただ、あの町が元通りになるまでには、随分かかるだろうね」
「ギルドの建物も、半壊ですか。新しく立て直す感じですね」
「そうなりそうだ。でも、まあとりあえずは僕と一緒に行った冒険者たちで仮設のギルドを作っては来たけど……」
「仮設ですか」
「まあ掘っ建て小屋みたいな感じだね。とりあえずは雨風しのげて、職員たちが寝泊まりできる程度だけど。本部から再建の為の大工やらが手配されてるはずだけど、なにぶん時間はかかるのかな? 町の復興もしなきゃ行けないしね」
「町も復興の手配は?」
「うーん。こっちが問題かも知れないね。役所関係は中心地に多かったから壊滅的だし、町の役所勤めの人たちは大半が死傷してるみたいで。領主も行方不明だし」
「マジか。それは結構深刻な問題だね」
「そうそう。それで被害の中心だけれど、今説明したように町の中心を通って東西に一直線。なんだけど、一つだけ不思議な点があって……」
 アレンはいぶかしがりながら、次のように続けた」
「一つだけ被害の大きかったのは、その一直線に破壊された街並みから通りを二つほど南に行ったところ。もう外見もかなり崩れてたから、アレだけど、その家が周りと比べて際だって破壊されてた、と言うことかな。まるで何かを探してたかのような感じで荒れててね」
「ふぅむ」
「数名の冒険者に残ってもらって復興支援部隊が到着するまでの支援と、現地調査を続けてもらってるし、王都のギルドからも冒険者を派遣してもらったから。手がかりがつかめれば連絡が来ると思うけど……」
「ま、期待はできない、かな」
 ロックもそう呟く。
「そうそう、道中も結構大変で。盗賊団が馬車を襲ってたり、ね。本来なら一〇日で行って、一月以内には帰ってこれると思ってたけれど、半月余計にかかっちゃったね」
「俺もアクビアに返ってくる前に、盗賊団だか、モンスターが馬車を襲うってのには遭遇したね。そういえば、オーランドでヴァーミタンの孤児とか身寄りのない人を保護してる施設があるって話を聞いたけど……」
 ロックの言葉に、アランの表情が曇る。
「その噂はヴァーミタンで聞いたね。勧誘する人を問いただそうとしたら、逃げられちゃったけど」
「じゃあやっぱり。孤児を奴隷に?」
 アランは静かに首を縦に振った。
「その可能性が大きいと思って、オーランドのギルドには連絡したけど。王都から早馬出してもらってもタイムラグがずいぶんあったし、調査は難航するかな? もしその前に移動なりされてたら探すのは難しい」
 最もだった。何か対策をしてるだろうが、想像以上に厳しい状況ではないだろうか。
「誰が何をどう、暗躍してるのか。調べるのは随分骨が折れそうだな」
 トムは肩をすくめて呟いた。
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