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引退を決めた冒険者、少女と出会う。

第14話 漆黒の翼2

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「オーランドの方の手配はともかく、可能なら冒険者を派遣するのも一つでは?」
「戦力を余り裂きたくないと言うのが本音でね。北の町への調査は王都のギルドから追加派遣してもらったけれど、さすがにオーランドまでは手が回せそうにないね」
「派遣するとしてもAランク以上のクラスでないとね。一応募集をかけてるみたいだけれど、そこは他支部のギルドにまかせるほか無いかな、と言うのが本音だね」
 進捗はやはり思わしくないようだ。
 ロックは少し考え込んでいたが、おもむろに口を開くと、「俺が行こう」と呟いた。
「えっ」
 その場にいたアラン、トム、マリンの三人が顔を見合わせた。
「お前、引退するって言ってたよな」
「ああ、でもまだ受理してもらえてないし……それ以前に、必要ならやっぱりまだ剣を置くわけにはいかないなと。先日の事件を踏まえて思ったんだ」
「そう簡単に言うけどな」と、トムが呟くと、マリンがたいそうな剣幕でそれに続いた。
「まあ元々Sランクで登録されてますが、今、パーティー組まれていませんし。現在の当ギルドの唯一の最高ランクの方を一人で派遣させるのは反対です」
 確かにマリンの言うとおり、この町のギルド最高ランクの人は今はロックしかいない。パーティーを組めそうな高ランクの人物もいない。
 単独で行かせることも難しいだろう。狩人タイプや隠密行動が得意な人物がいれば、あるいは即席パーティーもありかもしれないが、現時点で思い当たる人もいない。
 この町のこの場でできる対策はとりあえず無さそうなのが現状。完全に行き詰まりだった。
「まあ、確かに単独任務じゃないよな」
 アランが呟く。
「とはいえまだ駆け出しの低ランク冒険者じゃ話にならんからな。この話一旦保留に。本部とも色々話をしてみるよ」
 アランがそういって締めくくった。
 トムはまた進展があれば報告すると足早にギルドを出ていき。ロックはアラン談笑してから帰路につこうとロビーにやってきた。
「あ、ロックの兄貴だ!」
「やっぱりこの町に帰ってきてたんだね」
 入り口から旅装束の二人組が声高々にはしゃいでいた。ロックの姿を見いだし、そして駆け寄ってくる。年の頃はまだ二〇歳に満たないくらいだろうか。幼さの残る顔立ちの二人は、ロックの前で立ち止まる。
「ラピス。ラズリ。二人とも随分と立派になったな」
 ロックは懐かしそうに目を細めて再会を喜んだ。二人は男女の双子の冒険者で、ラピスは少し控えめな女の子。弓を持ち遠くから矢で射るのが得意。魔法も割と行けるタイプで、攻撃魔法は得意ではないが、回復系の魔法は得意な方だったr。
 ラズリは活発な成年男子。短剣を武器に接近戦を得意とする。ダンジョンの探索が得意で、トラップを見つけるのは誰よりも早く、正確に罠を理解しパーティーメンバーを安全に回避させるのはお手の物。攻撃魔法も少しかじっているが、あまり得意ではない。
「ロックさんの知り合いですか?」
「ああ、昔面倒見たことある冒険者で、ここから西に一〇日ほど行ったところにあるラックローの町。あそこを拠点にしてた新米冒険者だったけど……ランク、当然上がったんだよな?」
「もちろんさ」
「あれから、いったいどれだけ経ったと思ってるんだい」
 二人は得意げな顔をしてみせた。言われてみると、出で立ちも体つきもしっかりしてきている。必要な筋肉が身に付き、それぞれの得意な技術に磨きをかけてきたのは言われるまでもない事だった。
「じゃん!」
 ラズリが取り出したギルドカードはAランクのものだった。当然パーティーを組んでいるラピスも同ランクのはず。
「そうか。二人とも頑張ったんだな。そうだ、京の宿は決めてるか?」
「いや、さっき町に着いたばかりで」
「ようし、用事が無いなら家に来い。もてなしてやるぜ。久々の再会で積もる話もあるしな」
 そしてロックは彼らを自宅に連れ帰ったのだった。

 突然の来訪者を連れて帰ってきたロックに、レイチェルは少し驚き気味だったのだが、アルトは冷静に客人をもてなし料理を振る舞った。
 宿が決まってないなら止まって行け、と言うロックの言葉に、若手二人は素直に頷き、テーブルを囲んでの晩餐が始まった。
 ロックはラピスとラズリと出会ったのは五年ほど前。丁度単身でラックローへ冒険に出かけたときだった。
 あの頃、見つかったばかりの新しいダンジョンに、ロックは調査隊のメンバーとして参加することになっていた。そんなとき、出会ったのだ。駆け出しの冒険者として登録したばかりの二人に。
 無謀な二人の立ち振る舞いに、ロックは冒険者の心得を手ほどきしたのだ。あれから五年ほどで随分と成長したらしかった。
 ロックは別れてからの彼らの冒険談をずっと聞いていた。時折頷き、彼らは身振り手振りでその体験談を楽しそうに話していく。
 それをみていたレイチェルは、少しうらやましそうな切ない笑顔を浮かべていた。
 ただ聞き手になり、会話に混じれないもどかしさ。また、自分の知らないロックを知ってる二人にちょっとした嫉妬もうまれ、レイチェルはまたその事に気づいて少し恥ずかしそうに俯く。
 こうして世は更けていった。
 アルトは話が長くなりそうだと判断すると、早々に退出し、レイチェルも夜更けまで粘っていたが、睡魔に勝てず自室に戻っていった。
 ロックたちの語らいは気がつけば朝日が昇る今、ようやくラピスが呟いた。
「私たちと出会ったあの頃、ロックさんはたまたまソロでラックローの町に来ましたけど、本当はパーティーを組んでる人がいる。そうおっしゃってました」
 ロックの片眉がピクリとはねる。ラズリも固唾をのんで見守っている。ラピスはロックの表情が少し硬くなるのを感じたが、彼が口を開く前に自身たちの思いを一気に吐き出した。
「そして、そのパーティーの末路を。失礼ながら噂で耳にして、私たちはこう思ったんです。あの時のご恩を返すときが来た、と」
「もう、言葉にしなくても、僕らは同じ気持ちで、いても経ってもいられなかったんだけど……」
「噂を聞いたときは、ラックローよりも更に西のアルザス王国に立ち寄ってました。護衛の仕事だったので、すぐにこちらに参るわけにはいきませんでしたが、依頼を終えてラックローまで戻ってきたとき。すぐこの町に来ようと思っていたんです」
「ここに来て、すぐに会えるとは思わなかったけどね」
 ラピスとラズリは交互にまくし立てた。
「冒険者辞めるって噂も聞いてたから、迷惑かなとも思ってたけど、先日の魔獣騒動もロックさんが解決したとかいう話を聞いて。まずは一安心というか」
「会うまではもっと色々落ち込んでるかな、とか。押しつけがましくないかなとか、この町に向かいながら色々悩みましたけど、でもやっぱり来て良かったです」
 話の途中から、ロックは目頭を押さえていた。
「あ、ロックさんが泣いてる!」
 茶化すようなラズリに続けて、ラピスも。
「これだけでも、来て良かったね?」
 とラズリに相づちを打つ。
「うるせぇ。眠くなっただけだよ」
 とロックはそっぽを向きながらぶっきらぼうに言う。
「でも、ありがとな……」
 ロックには二人の優しさが心に滲み、またそれがとても嬉しくあり。二人と出会えたことに心から感謝の気持ちが溢れていた。
「ところで、二人はこれからどうするつもりなんだ?」
 不意にロックが話題を逸らした。少し照れくささもあるが、ロックは昨日のギルドの話を思い浮かべていた。探索に向く冒険者。しかも高ランク。またとない人材だ。
「しばらくはこの町に滞在するつもりです」
「そうか。そしたら、力貸してもらえるか? ギルド通じて謝礼も出ると思うし。俺と一つ調査でオーランドに向かおう」
 ロックの言葉に、二人はぱぁっと笑顔になった。
「それってつまり、パーティーを組むって事ですね」
「そんなの、断る理由無いでしょ!」
 二人は顔を見合わせ、即答したのだった。ロックも笑顔で頷く。
「五年ぶりのパーティー結成だな。ギルドマスターと話を付けて、二、三日後に出発だ。それまでは宿代ももったいないし、家で滞在しな!」
 ロックの言葉に、二人は二つ返事で頷くのだった。
 
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