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兵法者としてのこれから!

第9話 京へ向かう道中。道のりは遠く

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 緑の豊かな山々に囲まれた、この小さな村落は、川の畔に幾つかの家が点在していた。
 畑仕事していた男性を見かけると、武蔵は声をかけてみることにした。
「もし、すまぬが道を尋ねたいのだが。中津か小倉の方に行きたいのだが、道を教えてもらえぬか?」
「ああ、お侍様。こんな田舎に。道に迷われましたか? この辺りは歩きにくい山道ばかりで……」
「道なりに歩いてきたつもりだったが。思ったよりも山の中に来てしまってな」
 男性は空を見上げると、
「急ぐ旅でなければ、今日は家に泊まって行ってください。天気も荒れそうでな」
 と言う。
 天気は快晴とは言えないが、青空に白い雲が心なしか少し早く流れている程度でいい天気だ。雨雲も見えないし、とても雨が降りそうには思えない。
 しかし、子供らも疲れが見えてることもあり、せっかくの好意に武蔵は甘えることにした。
「かたじけない。子供たちも慣れない山道に、少々疲れを覚えていたところだった。助かる」
「なになに、困ったときはお互い様でさぁ。ささ、こちらへ」
 男性は野良仕事を中断し、農具を担ぐと三人を自宅に招いた。
 連れられて来た所は、先ほどの農地よりも少し丘を登った所にあった。この村の集落は、川が近いが、住居は川より少し離れ、小高いところに多いのが特徴のようだ。
 男性宅では女性たちが慌てて洗濯物を取り込んでいるところだった。
「おう、帰った。忙しいところすまないが、珍しい客人だ。おもてなししておくれ」
 男性の姿を見ると妻であろう女性が駆けつける。
「これはこれは。なにもないところですが、ゆっくりとなさってください」
 女性の一言が終わるか否か、空が急にかげってきた。ポツリと一滴の雨が武蔵を濡らす。
 空を見上げると、いつの間にか真っ黒な雨雲が流れてくる。
 なるほど、男性はこの天気を読んだのか。
 武蔵が感心していると、段々と雨滴がポツリポツリと増えてくる。
 案内されるまま、土間から居間へと案内された。そこは真ん中に囲炉裏がある広い部屋で、二十畳ほどあるだろうか。土間から上がった左右には障子で区切られた部屋があり、六畳ほどの部屋がそれぞれあった。
 またこの広い土間には入り口とは別にもう一つ引き戸があった。
 こちらは出るとそこには小さな小屋が二つ隣接されており、屋根で繋がっている。母屋の傍には井戸があり、小屋の一つはどうやら風呂のようだった。隣は薪や保存食を置く倉庫の様な小屋らしい。土間に降りなくてもこちらの風呂へは母屋から廊下で繋がっていて、風呂を通り過ぎた先に厠もあるようだ。
「山道をお通りになられてお疲れでしょう? なにもおかまいできませんが、どうかゆるりとおくつろぎ下さい」
「突然の来訪で、返って恐縮にございます。お気になさらず」
「今夜は隣の部屋をお使い下さい。それにしても、突然の雨で驚かれたでしょう?」
 先ほど武蔵を連れてきた男性
「よく天気が変わることを察したなと、感心しておりました」
「それは、まあ経験です、かね? 山の天気は変わりやすいもので。長年ここに住んでおりますと、空気の動きなどでなんとなく、わかるようになりました」
「そうでしたか」
「実はこの村の傍の川に沿っていけば、中津へと繋がっております。ここから一日歩けば着く位の距離だと思いますが……」
「おう、それは思ったより近かったな」
「じゃあ、僕らは迷子じゃなかったんだね」
 亭主の言葉に、武蔵は思った以上に近かったなとつぶやき、伊織は道に迷ってなかったと安堵のため息を漏らした。
「ですが、丁度この先が難所で。昔から遭難者とかがでる渓谷でして。
「そうでしたか」
「雨が降ると水かさも増します。もし明日も水かさが増しているようでしたら、明日の移動はお控えなさった方がよろしいかと。その間はここで疲れを癒して旅にお備え下さい」
「ご忠告、痛み入ります。お言葉に甘えさせていただきます」
「実を申しますと、三十年ほど前から、中津のお偉いお坊様が道をつくってくださっているのです」
「ほう」
「渓谷の岩をノミで削り、人が通れる洞穴を掘っておられてまして。だいぶ出来上がっておられると聞き及んでおりますが、まだ完成には至っておられない様子」
「ほう。私らも移動の際にはその御仁にお会いしてみたいものだ」
「一番の難所は、こちらからその洞穴にたどり着くまででしょう。まあ、焦らず天候が穏やかなときに越えていってください」
 そんな話をしているうちに、風呂が沸いたと知らされ、武蔵は子供たちに入ってくるように促す。
「風呂まであるとはおもわなんだ」
「数年前にひょんな事から頂くことになりまして。この村では唯一この家だけです」
「そうでしたか。この数日は子供たちも慣れない旅に、この険しい山道。だいぶ疲れが溜まっていたかと。お陰でゆっくりと休ませることができそうです」
「それはよかった。なにぶんなにもない山奥の村ですから、せめて体を休めてください」

 その世も武蔵は亭主と色々な話をする。この村はわずかばかりの年貢と山で動物を狩り生計をなしているようだった。この山合いということから、年貢を納めに行くのも一苦労しているようだが、それも洞穴が完成すれば少しは楽になるだろうということだった。
 そうすれば林業などで山から木を切り出して運び出したり、他にも新しい事業を成せるだろう。
「私が口を出す立場ではないと思いますが、一言言わせていただきたい」
「はあ、どんなことでしょう?」
「その洞穴が完成するのがいつになるのかは存じませぬが、完成した暁には、山から石を掘り出し、木を切って町へと出荷する。そんな新しい仕事を考えてみてはいかがかな?」
「木を切り出す……」
「町で新しい家を建てる、あるいは木細工など利用するものも多かろう。私がこの村を見て回ったわけではないが、家々はこの村の人たちが自ら建てたものではござらんか?」
「そうですね。そんなにしょっちゅう建てる事はありませんが、山から木を切り出し、自分たちで建てております」
「それを一つの生業として発展させれば、少しはこの村も潤おう。それに人も増え活気も今以上に出る」
「なるほど。すぐにとは行きませんが、村の者たちと相談してみましょう」
「うむ。もし、何か力が必要なら、私を訪ねてください。きっと力になりましょう」
 武蔵はこうして名乗ると、一泊の礼にきっと力になると約束するのだった。
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