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兵法者としてのこれから!
第8話、二人の息子と京へ
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日の出藩で数日を過ごした武蔵は、再び北を目指すことにした。
実に十数年ぶりの父との対面に、武蔵は関ヶ原の合戦に出た頃のことを思い出していた。
あの頃はまだ元服したての子供で、兵法のことや戦のことなど、今よりも深く考えたことなど皆無だった。
ただ強く、誰よりも強ければ、天下を取れると、純粋に信じていた。いや、若さ故の思いこみと過ちである。
あの時、徳川軍の指揮下にいれば、あるいは今のように流浪を続けずとも、いずれかに仕官できていたのだろうか。
豊臣に側についた兵士はその大半が浪人となり、今なお仕官できていないものも多いと聞く。
新免一族は恵まれていたのだ。父はここ日の出藩で兵法指南を。一族の他の者たちは福岡の黒田藩と、それぞれの場で活躍することができている。
三喜之介を養子としてから、武蔵は時折不安に思うことがある。それは三喜之介をいずれしっかりと仕官させる事ができるのだろうか、という事だった。
いつまでもこれまでのような流浪の生活はしていられない。そんな思いがここしばらく武蔵の胸中に強く根付いていた。
「京へ行こう」
「父上、京都でございますか?」
「うむ。京都にも多くの大名が立ち寄ったりする。そういった方々と顔を合わせるのも、お前たちの為になるだろう!」
「わかりました。いつでも発てるよう、準備してます」
二人はそう呟いた。
三喜之介も旅に出て知らない土地に行くのは楽しいようで、心なしか浮かれ顔だ。
伊織は少し緊張気味の表情だ。知らないところに旅立つのは、不安を覚えるようで。でも、不安以上に期待も大きい。不安半分、期待半分といった面もちのようだ。
実父との久々の対面を果たした武蔵は、意外なくらい父と普通に会話できたことに驚きを覚えていた。
幼い頃、武蔵は父の膝の上で可愛がられた記憶は皆無に等しく、むしろ厳しく剣術指導を受けたことしか覚えていない。
あまりの厳しさに、恨みすら覚えた事もあった。若さ故の反抗心も芽生え、次第にそれは親子間に大きな溝を生み出した。
それからは自己流で修行を続け、武蔵は初めて仕合をした、有馬喜平という旅の兵法者にうち勝つ。
がむしゃらだった。手加減や相手を気遣うことはできず、対峙の末、相手を殺してしまったが、剣術の仕合では起こりうること。
武蔵は後悔はしていないが、この一試合で大きな自信を持ったのは確かだ。
それから父、無二斎や新免一族が関ヶ原の合戦に参戦するとき、武蔵は元服して間もなかったが、戦に出ることを強く望んで同行した。
結果が散々だったことは以前にも語っているが、父や一族とはぐれ、武蔵はこの時一人になった。
新免一族が黒田家に仕えてると知ったのは、ほんの数年前だ。そこに父もいると耳にして、機会があれば一度訪ねよう。その時不意に思ったのだ。
自身のルーツ。思春期頃には反抗ばかりだったが、壮年になろうかという今は、だいぶ心境も変わっていた。武蔵も人の子の父となり、生活が変わってきたことにより、考え方もだいぶ丸くなったのかも知れない。
武蔵はふとそんな風に自身のこれまでを振り返り、それからこれからのことをまた深く考える。
三喜之介や伊織を仕官させる事について、身の振り方。宮本家としてどう後世に残すか。武蔵はここのところ、そういったことをよく考える。
とはいえ、三喜之介たちの将来を考えすぎても仕方ない。まずは剣をしっかりと教え、円明流の後継者として二人を育てよう。
その先に、二人の輝かしい未来があると信じて。
武蔵が二人を連れて旅立ったのは、それから二日後のことだった。武蔵は二人を連れて海沿いではなく、山間を抜ける道だった。
普段は人通りも多くは無さそうな山道で、武蔵は何気なく選んだ道だったが、これがまたえらい難所であった。
旅慣れた武蔵はまだなんとか歩けるが、道なき道のような、歩き難い山間の渓谷だった。沢から沢へ流れる水のそのわきに、地元の人々が通った後だろうか、獣道のように地肌の見える道があり、武蔵たちはそこを歩いていた。時折ゴツゴツとした岩を乗り越え、川を渡り歩いていく。
二日、三日と歩き続けると、さすがに伊織から弱音が吐かれた。
「父上、さすがに疲れました。いつ頃小倉に着くのでしょうか?」
「疲れたか。まあ、この山道だ。疲れるのも無理はない。野宿続きだしな。歩いている方角は合っているはずなのだが。いかんせん、人里を見つけなくては、果たして歩いている方向が正しいかもわからぬ」
素直な武蔵の言葉に、さすがの三喜之介も根をあげた。
「確かに、こう山道ばかりだとどこをどう歩いているのか、目印になるものもあるわけじゃありませんし……」
「もしかして、迷子ですか?」
伊織の言葉に、一行の空気が一気に凍りつく。
「いや、そうではない、と思う」
武蔵の根拠のない言葉は、最後は聞き取りにくいほど小さいものだった。
「ま、まあ人の通った道らしきものはあるので、いずれ人里に近づきますよ」
三喜之介も、伊織を不安にさせまいと、気丈に振る舞う。
日出藩の無二斎の家を出て早三日。そろそろ中津に着いてもいい頃ではあるのだが。この二日ほどはすれ違う人もいない。
武蔵は野宿にも当然慣れっこだったが、伊織は初めての経験で、あまり寝付けていない様子。そろそろ疲れも溜まってきたいるのだろう。
どうしたものか、と思っていると道の先からほんのりと一本の煙が立ち上る。
「あ、民家があるのでは?」
三喜之介が嬉々と声を上げた。
「えっ」
疲れた様相で俯いていた伊織は、パッと顔を上げて三喜之介の指さす先を眺める。確かにそこには立ち上る煙が見える。まだ民家は見えないが、人が住んでいる場所はそう遠くはなさそうだった。
三喜之介は駆け出し、伊織も後に続く。
二人もさっきまでの疲れはどこへやら。目の前の小さな坂を越えると、そこは緩やかな下り坂で、少し先には小さな村落があることが見受けられた。
旅籠があるとは思えないが、どこか休ませてくれる家があればいいが……。
嬉々として坂を下り始める二人をゆっくりと追いかけながら、武蔵はそんなことを考えていた。
実に十数年ぶりの父との対面に、武蔵は関ヶ原の合戦に出た頃のことを思い出していた。
あの頃はまだ元服したての子供で、兵法のことや戦のことなど、今よりも深く考えたことなど皆無だった。
ただ強く、誰よりも強ければ、天下を取れると、純粋に信じていた。いや、若さ故の思いこみと過ちである。
あの時、徳川軍の指揮下にいれば、あるいは今のように流浪を続けずとも、いずれかに仕官できていたのだろうか。
豊臣に側についた兵士はその大半が浪人となり、今なお仕官できていないものも多いと聞く。
新免一族は恵まれていたのだ。父はここ日の出藩で兵法指南を。一族の他の者たちは福岡の黒田藩と、それぞれの場で活躍することができている。
三喜之介を養子としてから、武蔵は時折不安に思うことがある。それは三喜之介をいずれしっかりと仕官させる事ができるのだろうか、という事だった。
いつまでもこれまでのような流浪の生活はしていられない。そんな思いがここしばらく武蔵の胸中に強く根付いていた。
「京へ行こう」
「父上、京都でございますか?」
「うむ。京都にも多くの大名が立ち寄ったりする。そういった方々と顔を合わせるのも、お前たちの為になるだろう!」
「わかりました。いつでも発てるよう、準備してます」
二人はそう呟いた。
三喜之介も旅に出て知らない土地に行くのは楽しいようで、心なしか浮かれ顔だ。
伊織は少し緊張気味の表情だ。知らないところに旅立つのは、不安を覚えるようで。でも、不安以上に期待も大きい。不安半分、期待半分といった面もちのようだ。
実父との久々の対面を果たした武蔵は、意外なくらい父と普通に会話できたことに驚きを覚えていた。
幼い頃、武蔵は父の膝の上で可愛がられた記憶は皆無に等しく、むしろ厳しく剣術指導を受けたことしか覚えていない。
あまりの厳しさに、恨みすら覚えた事もあった。若さ故の反抗心も芽生え、次第にそれは親子間に大きな溝を生み出した。
それからは自己流で修行を続け、武蔵は初めて仕合をした、有馬喜平という旅の兵法者にうち勝つ。
がむしゃらだった。手加減や相手を気遣うことはできず、対峙の末、相手を殺してしまったが、剣術の仕合では起こりうること。
武蔵は後悔はしていないが、この一試合で大きな自信を持ったのは確かだ。
それから父、無二斎や新免一族が関ヶ原の合戦に参戦するとき、武蔵は元服して間もなかったが、戦に出ることを強く望んで同行した。
結果が散々だったことは以前にも語っているが、父や一族とはぐれ、武蔵はこの時一人になった。
新免一族が黒田家に仕えてると知ったのは、ほんの数年前だ。そこに父もいると耳にして、機会があれば一度訪ねよう。その時不意に思ったのだ。
自身のルーツ。思春期頃には反抗ばかりだったが、壮年になろうかという今は、だいぶ心境も変わっていた。武蔵も人の子の父となり、生活が変わってきたことにより、考え方もだいぶ丸くなったのかも知れない。
武蔵はふとそんな風に自身のこれまでを振り返り、それからこれからのことをまた深く考える。
三喜之介や伊織を仕官させる事について、身の振り方。宮本家としてどう後世に残すか。武蔵はここのところ、そういったことをよく考える。
とはいえ、三喜之介たちの将来を考えすぎても仕方ない。まずは剣をしっかりと教え、円明流の後継者として二人を育てよう。
その先に、二人の輝かしい未来があると信じて。
武蔵が二人を連れて旅立ったのは、それから二日後のことだった。武蔵は二人を連れて海沿いではなく、山間を抜ける道だった。
普段は人通りも多くは無さそうな山道で、武蔵は何気なく選んだ道だったが、これがまたえらい難所であった。
旅慣れた武蔵はまだなんとか歩けるが、道なき道のような、歩き難い山間の渓谷だった。沢から沢へ流れる水のそのわきに、地元の人々が通った後だろうか、獣道のように地肌の見える道があり、武蔵たちはそこを歩いていた。時折ゴツゴツとした岩を乗り越え、川を渡り歩いていく。
二日、三日と歩き続けると、さすがに伊織から弱音が吐かれた。
「父上、さすがに疲れました。いつ頃小倉に着くのでしょうか?」
「疲れたか。まあ、この山道だ。疲れるのも無理はない。野宿続きだしな。歩いている方角は合っているはずなのだが。いかんせん、人里を見つけなくては、果たして歩いている方向が正しいかもわからぬ」
素直な武蔵の言葉に、さすがの三喜之介も根をあげた。
「確かに、こう山道ばかりだとどこをどう歩いているのか、目印になるものもあるわけじゃありませんし……」
「もしかして、迷子ですか?」
伊織の言葉に、一行の空気が一気に凍りつく。
「いや、そうではない、と思う」
武蔵の根拠のない言葉は、最後は聞き取りにくいほど小さいものだった。
「ま、まあ人の通った道らしきものはあるので、いずれ人里に近づきますよ」
三喜之介も、伊織を不安にさせまいと、気丈に振る舞う。
日出藩の無二斎の家を出て早三日。そろそろ中津に着いてもいい頃ではあるのだが。この二日ほどはすれ違う人もいない。
武蔵は野宿にも当然慣れっこだったが、伊織は初めての経験で、あまり寝付けていない様子。そろそろ疲れも溜まってきたいるのだろう。
どうしたものか、と思っていると道の先からほんのりと一本の煙が立ち上る。
「あ、民家があるのでは?」
三喜之介が嬉々と声を上げた。
「えっ」
疲れた様相で俯いていた伊織は、パッと顔を上げて三喜之介の指さす先を眺める。確かにそこには立ち上る煙が見える。まだ民家は見えないが、人が住んでいる場所はそう遠くはなさそうだった。
三喜之介は駆け出し、伊織も後に続く。
二人もさっきまでの疲れはどこへやら。目の前の小さな坂を越えると、そこは緩やかな下り坂で、少し先には小さな村落があることが見受けられた。
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