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彼女の横を、ピンポン玉が飛んで行く。

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 お盆期間中にどう過ごすのかは、その家庭次第だ。家にステイする家庭もあれば、旅行に出かける家庭もある。彼岸で墓参りに行く、ということは少なくなっているかもしれない。

 嵐が吹き荒れた高校の一学期を乗り越えた隆則(たかのり)は、テーマパークに併設されているホテルにいた。日が出ている内はテーマパーク内でよりどりみどりのアトラクションを堪能し、明日までの準備期間とホテルに宿泊する予定である。

 このホテルには卓球場があるということで、自室から一階までやってきた隆則。卓球部に入っているわけではないが、小学校で多少の嗜みはあった。打つ相手が居なくとも、感覚を確かめようと遠征してきたのだ。

 卓球場には先客がいるらしく、ピンポン玉が跳ねる音がする。卓の台数が二台しかないので、占拠されていにことを願うばかりだ。

 ひょいと覗いてみると、ネットに向かって一人打ちをしている同い年くらいの女の子が汗を流していた。黙々と、ストローク練習をしている。

「となりの卓使いまー……!?」

 入口に置かれていたラケットを手に取り、女の子の背中を素通りしようとして。

「お構いなくー……え? 隆則くん?」

 なんと、熱心に練習していたのはクラスメートの優美(ゆみ)であった。

「……優美も、ここに?」
「……うん。偶然、だね」

 驚くことに、優美と予定が重なっていたようだ。このようなことが起こる確率は、どのくらいなのだろうか。

 高校に入学した時、二人の間に面識はなかった。ラフな関係に昇格したのは、半ば強引に学級の代表に選出されてしまったことが発端となっている。

「そうだ、隆則くんがここに来たってことは、卓球でしょ? 待ち合わせてる人がいないなら、……私と打たない?」

 風呂あがりで、浴衣姿の優美。お祭り以外で浴衣を見るのは初めてだ。

 隆則がその提案に同意すると、慣れた手つきでピンポン玉を送ってきた。

「それじゃあ、ルールは一ゲーム先取で、他は普通の卓球と一緒ね。11ポイントで勝ち」
「……手加減は?」
「なくていいよ。知ってるでしょ、私が卓球部だって?」

 優美は、隆則に卓球経験がないと思っているようだ。まあ、隆則も現役である彼女より上回っているとは微塵も考えていない。

「いーくぞー」

 一発目。やはり久しぶりの卓球で体が動かず、上げた球を空ぶってしまった。

「本格的なサーブじゃなくても、入ればいいよ?」

 様子を見かねた由美が、ハンデを付けることを申し出てきてくれた。フェアプレー精神が垣間見えるワンシーンだが、丁重に断った。

 二回目。今度は、上手いことコートに入った。フルスイングするのに絶好球だったが、優美はあえて球を浮かし、山なりの返球になった。

 ……スマッシュ!

 一閃、隆則の体が舞った。コートの隅っこギリギリに着弾し、バックヤードまで飛び跳ねていった。

 ポカーンと球の行く末を追っていた優美が、ポイントを取られたのに目を輝かせていた。

「やったなー! 次からは、サービスなんてしてあげなーい!」

 どうやら、優美の闘志に火をつけてしまったようだ。

「お手柔らかに頼みますよー」

 こんなに無邪気で楽しそうな優美は、見たことがなかった。
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