ふわふわタンポポ少女を救いたい!

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おはなみ。

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 カレンダーで赤色になっている日は、何を意味しているのだろう。誰かが血祭りにあげられるのなら、気味が悪い。

 自称進学塾にありがちな事だが、生徒にできもしないハイレベルの課題をやらせようとする。たまたま秀才が入ってくればそれを手柄とし、ポンコツでもやる気がないといい訳をして親を騙す。まんまと口車に乗せられる親も親だが、徹底的に金だけをむしり取ろうとする塾も塾である。

 黒く染まっている日は、もちろん塾がある。青は午前中に学校をしていた時代もあったらしいが、ゆとりが叫ばれる中で廃止された。当然、午後からは勉強付けだ。

 労働基準法では、一週間の内に休日を一日以上作らなければならないらしい。受験勉強という名の監禁拷問をされている航生に、法律は手を差し伸べてくれないようだ。

 そのようなやる気の生まれない地獄の日々を生き延びたご褒美が、今日。疲れ切った心身をねぎらうかのように、天のてっぺんは青々としている。

 ここ数日晴天が続いたこともあって、桜の花びらは枝に引っ付いていた。これが豪雨で流されていたらと思うと、ゾッとして背中が震えてしまう。

 土休日にしては、子供連れが少ないように感じた。ビニールボールが芝生を跳ねる音も、砂利同士がぶつかることもない。

 内向的になっている航生が言うにも場違いだが、子供は外で遊ぶべきだ。新鮮な空気に触れ、おいしさを胸いっぱいに吸い取る。地べたを歩くアリに行先を尋ねて、花の蜜を吸うチョウチョを追いかける。そうやって、自然を遊び場にするのだ。

「……おーい! 優希だよー!」

 広場を挟んだ向こう側に、大きく手を振る小人がいた。風に乗って、元気満タンな叫び声が飛んでくる。

 小学生が遠足で来たのかと錯覚しそうになったが、リュックを背負ってトコトコ駆けてくる姿は、確かに優希だった。

 学校での服装は、制服に準ずるものと厳格に決められている。アロハシャツで登校しようとしたおちゃらけ男子が、初日からアッパーパンチで校門の外に締め出されたのは記憶に新しい。

 校則に従うと、女子は例外なくセーラー服にスカート。おじさんが興奮する材料はそろっているが、同学年の男子高校生からすれば魅力的に感じない。

 ……これは……。

 解放感溢れる優希に、テコでも動かない碇が揺れた。写真集にして発売されていても、遜色がないくらいだ。

 どの色にも染まっていない状態は、清潔感がある。主張が弱いのは欠点にもなり得るが、爽やかさをアピールできる点にもなる。

 レースのような素材で作られている白のTシャツは、一吹きで消えてしまう灯火だ。袖口がふわりと浮き上がっていて、当の本人も涼しげだ。

 ショートパンツは、アウトドア系の活発さを思い起こさせる。ジーパン模様で、バッチリと決めてきていた。大人の世界に足を踏み入れていたら、瞬く間に囲まれてしまいそうだ。

 身だしなみより、中身を見ろ。そうやって過ごしてきた航生の司令部に激震が走った。

 ……こんな子がいたら、嫌でも気になるよな……。

 もし、ここでグレーに上下を統一していたらどうだろう。折角の雲一つない空が台無しになる。周りの風景もぼやけてしまいそうで、いいことなしだ。

 愛嬌は大事と、女子ならば一度は言われたことがあるだろう。素の自分を晒したい気持ちはあっても、必死に作りこんでいる人もいるかもしれない。

 断言は避けるが、人は外見しか確認しない。付き合って性格を見るなどという遠回りな手法は、敬遠するものだ。

 企業の書類選考で、ヤクザのような風貌の人はまず通らない。小学校の近くでサングラスにマスクをしていると、不審者と疑われて職務質問される羽目になる。

 顔面偏差値とは、よく言ったものだ。整形でもしない限り変わらないポイントのようなもので、こればっかりは努力で大きく変わらない。

 しかし、武器は正しく使ってこそ威力を発揮する。銃口が自分の方を向いていれば自爆するだけであり、手榴弾のピンが抜けなければただの火薬ボールだ。

「どーう? 普段はあまりしない格好にしてみたんだけど……」

 リスクを承知の上で一発勝負を仕掛けてくるとは、ギャンブラーの資格がありそうだ。

 優希は、特別な人間ではない。人から見られることに気を遣う、乙女心を持った女子高生だ。全地創造の神にはなりえない。

 どうして、カメラを持ってこなかったのだろう。桜を収めるのもそうだが、これだけ女の子らしさ全開の彼女は早々見られるものではない。航生を信用してくれているからこそで、二度目はないかもしれないのだ。

 謎にスケッチブックが鞄の中に入っているが、鉛筆でデッサンしようとは思わない。美術部に入って絵画の技術を磨いておけばと後悔したことは、今回が初めてだ。

「……もっと、自信持ったら? 優希が自分のことをどう思ってるかは分からないけど、清楚さなら、テレビのアイドルにも……」

 思ったことをそのまま話そうとする口に、無理やりチャックをかけた。四方八方にケンカを売っていたのでは体がもたない。

 ロマンティックな映画のクライマックスでの告白まがいのことは、恥ずかしくてとても公然とするものではない。あれは芝居だからこそ許されるのである。

 清楚で売り出しているアイドルを幾度となくテレビ番組で目にすることがあるが、優希の邪悪が抜け落ちている漂白された心からは程遠く感じる。這い上がろうとする精神力をむき出しにされると、何か清楚では無いような気がしてくるのだ。

 きめ細やかな肌が露出した腕を、気付かぬうちに掴んでいた。

「……航生も、遠慮しなくなったね……?」
「これは、手が勝手に……」
「いいの、いいの。やっと友達だと認めてくれた証拠だから」

 ピンクの舌が、唇の間から姿を覗かせた。先の尖った真っ白の歯も、光に照らされてまぶしい。

 握られている優希の腕は、骨が入っていないようだった。焼いた餅と同じくモチモチで、何処までも伸びていく。

 絹ごし豆腐は、その舌ざわりが癖になってやめられなくなる。絶対に起こりえないが、仮に食べるとなると絶品に違いない。

 季節を伏せると、優希は夏少女だ。麦わら帽子をかぶせてやれば、絵日記に出てくる涼風に揺られた女の子の完成である。

「お花見、どこでしよっか? 通路だと邪魔になるし、芝生の上は……」

 リュックにしまいきれなかったレジャー用シートが、脇に抱えられている。広さは二人が入っても十分余裕がありそうで、かなりの面積を使いそうだ。

 砂利道に広げるのは、選択肢に上がる方がおかしい。通行の迷惑であるし、それではシートを敷いた意味が無くなる。立って座るたびに、傷が増える。

 ……芝生、か……。

 並みの家族連れなら一発で芝生に決まるのだろうが、優希にはそうできない事情があった。

 芝生は、生きている草が集まった大地。植物が懸命に生きている花壇のようなものだ。雨という水やりを受けて、今日も葉を伸ばしている。

 学校で育てているチューリップの上に座り込む輩はいない。人が丹精込めて作りこんだ『作品』を壊したくないからだ。

 ならば、芝生はどうだろうか。時間をかけて作られた『作品』ではないにしても、生命は確かに宿っているのだ。

 踏みつけたくらいでは死なないという意見も出てくる。なんてことないのなら、過剰に心配する必要はない、と。

 ……それで優希がいいなら、それまでだけど。

 航生に、優希が決めたことを拒否する権利は無い。どんな矛盾が隠されていても、意志は尊重する。

「……芝生は、やっぱりダメか?」
「うん。……本当はいいんだろうけど、でもやっぱり、苦しいのかなって……」

 個人の都合と植物に挟まれて、息苦しそうだ。

 土がめくれあがっている所も無いわけではないのだが、双眼鏡を手に抱えるのは雰囲気に欠ける。

 ……優希が見えなくなるのは困るな……。

 あってないような選択権を、行使できないでいる。安息の地を求めて、優希の右手が空中を這った。

 植物は感覚神経が通っていない。真っ赤な血も出なければ、刺激におののいて後ずさりもしないのだ。義務教育でも、そう習って来たはずである。

 芝の草たちを自分の身に置き換えられるのは、生まれ持った天性の才能だろう。幼児教育が注目されるようになってきているが、遺伝がある程度の能力を決めてしまうのもまた事実だ。

「優希にとったら野暮なことなんだろうけど……、苦しいって、どんな感じに?」

 この航生では、残念ながら思いを予想することが難しい。雑草を抜くことに感情を抱かなかった時点で、植物を無機質なオブジェクトだと認識してしまっている。

 以心伝心と言われるように、日本には雰囲気や文脈で前後を予測する文化が強く根付いている。『反則?』『反則!』のように、名詞の言い合いだけで会話が成立するのは、日本という国くらいだろう。

 しかし、言葉にしなくては伝わらないこともある。個人の感度の違いは、文章にして表現しなければ一生分かってもらえない。

 ……出来るだけ、知っておきたい。

 それに、優希の一言一句を吸収したくなった。

 彼女の視点は、それまで閉鎖空間で閉じこもって来た航生の世界に次元を足してくれた。たった一言だけでも、開拓されないまま放置されていた街灯の無い荒れ地が、次々と街に生まれ変わっていくような気がしたのだ。

 安易な期待は時として大きな失望を呼ぶことを否定はしない。

 ……答えてくれる、よね?

 握った砂が隙間から零れ落ちていく光景がよぎったのは、なぜだろうか。

「……」

 普遍的に知られている知識量を凌駕した生物博士が、答えに行き詰っていた。

 進むか下がるかで、中途半端になっていた。息苦しいのは、芝生ではなく優希だ。

 窓どころか出入口も封鎖されている暗室で、ロウソクの灯火が僅かに生き永らえている。ガスコンロのように燃料が供給されてはおらず、蝋を消費してなんとか明かりを保っているに過ぎない。

 弱弱しいオレンジ色からは、思い切りの良さが失われている。核でブルブル痙攣している体が、スクリーンに映し出されているようだ。

 優希は、正に風の一吹きで消し飛んでしまう。悪意ある圧力が加わると、簡単に屈するだろう。

「……分かってる。芝生が苦しいなんて、優希が思ってるだけだって。踏まれても大丈夫なんだろうけど……」

 そう言うと、肩を垂らして指先が草に触れた。植物が喋ってくれれば一発で解決するのだが、なるわけが無い。もし生き物の考えが透視できるのなら、彼女は翼を力強く羽ばたかせているから。

 レジャーシートを緑の大地へと広げる手は、力なくお辞儀をしていた。

 普通なら何でもないことを、深部まで掘り下げて迷路へと入り込んでしまう。多角的な視点を持っているが故のことだと言える。

 スポーツで、先の展開を読む能力があるとするのならば、誰もが欲しがる。未然に相手の狙いを消すことが出来、一見デメリットが見つからないように思える。

 ……少しでも不利な要素があると、もうその選択を出来なくなるからな……。

 しかしながら、一方向からでは見えなかった危険性を察知することで、その順に踏み込めなくなってしまう。結果として絶好のチャンスを逃してしまうことに繋がるのだ。

「……矛盾してるんだよね。植物自体は平気なのに可愛そうだと思っちゃうのも、他の人に押し付けたくないのに半ば命令してるのも」

 諦めの心を振り切って、優希は緑生い茂る天然芝の上に腰を下ろした。傷付けたくなかったのか、スローモーションであった。

 大空から差し込む日光が、金色のスポットライトとなって地表へと突き刺さっている。シャッターチャンスの桜が、真っすぐにそびえ立っている。

 そこに、元気のない女子高生が一人。一面に広がる芝生にまで喜怒哀楽を持たせ、どう扱うべきか苦労している『変な子』。冴えない漫画でいじめの対象になるのは、だいたい彼女のようなタイプだ。

 ……矛盾、か……。

 主張と行動の歯車がかみ合わないと、批判されることになる。整合性が取れないと、信用されにくくなる。それが、矛盾という状態だ。

 優希が行き詰っているのは、植物への価値観。彼女自身の感情と事実が乖離して、チクチクと心を責め立てる。存在しない悪魔に、メンタル攻撃をされている。

 目前にどん底の人がいて、航生は手を差し伸べようとしてきたことがあっただろうか。やれることは無いかと、必死に奔走したことがあっただろうか。

 ……無かったな……。

 勝手なものだが、自分が良ければそれ以上手出しすることは無かった。余計な物事に首を突っ込むのを過剰に恐れ、救えたかもしれない人を無視してきたのだ。

 そのことを後悔はしていない。どうせ過去の事実は変えようがなく、あれやこれやとIFストーリーを考えるだけムダだ。

 くすぶった顔色のまま、優希がバッグから薄ピンクの大型弁当箱を取り出した。ずっしりと中身が詰まっているようで、重みに負けて手が下敷きになった。

 桜の鑑賞より食べることにしか目がいかない航生だけなのだろうか、三色団子を片手に持って談笑することが本来の楽しみ方だと思うのは。

 折角の木々も、気分が冴えていないのでは色が霞んで見えてしまう。ピントが合わずにボケてしまい、くっきりとした楽しさを味わえなくなる。

「……航生は、優希のことをどう思ってる? 無農薬信者だったり、菜食主義者だと思う?」

 オンラインで通信が遅延しているかのように、優希の唇は鈍かった。一か八かの賭けに全財産をかけたような不安定さだ。

 ……優希は、命を大切にしたいだけなんだよな……。

 菜食主義者と言うのは、その名の通り肉食をセルフ縛りしている人のことだ。タンパク質を何処で補うのかは常々疑問に感じるところだが、今回の焦点はそこではない。

 彼女が述べる論理に基づくと、生き抜くために致し方ない行為は存在するべきだ。それが他種族の生存に不利であっても、己が滅亡するよりはマシということである。

 動物は、血が流れていることが分かりやすい。それ故、同情を誘いやすくもある。

 大雑把に分類すると、ヒトも動物の仲間だ。同志の死に哀れみを感じるのは、むしろ当然という感情しか生まれない。

 ……優希にとったら、命の天秤は平等なんだっけ……?

 土の上を歩くアリと、鼻から水浴びをしている象。道端の花壇に咲いている真っ赤なチューリップと、名も無い畑に生える雑草。これらの命の価値が変わると言うことは、起こり得るのか。

 人身事故の民事裁判は、収入損失が重視される。医者と老人では、命の価値が数十倍も異なってくるわけだ。

 ふんわりとしたタンポポの綿毛で包まれている裁判所では、どのような判決が下るのだろう。猫が人類の癒し代表になっているからといって、贔屓されることは絶対にない。

 答え方によっては、ここまで構築してきた信頼関係が一挙に崩れる。航生を見透かしている目線が、それを予期させた。

 子供が間違えてビニルボールを投げ入れてくれれば、この膠着状態を打破できる。さもなくば、航生自身の言葉で茨を切り裂いていかなくてはならなくなる。

 空気を読めずに『なにしてるの?』と甘い声で助け船を出してくれやしないか、とあたりを見回すが、はしゃぐちびっ子の姿は無かった。

 ちゃぶ台返しをして、整えられた環境を台無しにしてしまいたくなった。首を縦に振っても横に振っても、足首にかかっている鉛の鎖は外れそうにない。

 ……ここで、逃げるのか……?

 着信画面を開いて、望んでいる返信がくるかどうかも分からないのに目をそらさない。現実を受け止め、自己の中に取り込む準備をしている。

 彼女は、これまで心を誰にも開いてこなかったのだ。価値観が合わないと言うだけで不適合と跳ねだされる世界で、光を目指して上へと泳ぎ続けてきた。

 長年蓄積されてきたトラウマは、例え全知全能の神とてかき消すことのできるものではない。いつどこでぶり返しても、何ら不思議なことでは無いのだ。

「……命のことが大切だけど、自分のことも大切にする。それが、優希だと思う」

 頭ごなしに全てを泡にすることは、口が許さなかった。中間から折れてしまいそうな棒をわき目から見守ることを、繰り返したくなかった。

「そうだよね。言ってること、おかしいよね……」
「おかしくなんかない」

 自虐で人格が風化していきそうになった優希を、寸でのところで食い止める。

「それは、矛盾してるかもしれないけどさ、優希は。誰かに強制されてるわけじゃないんだろ? 何をしても、自分の勝手」

 心理カウンセラーの勉強を受けに来たのか、談笑しながら桜をのんびり謳歌したかったのかは、もうどうでも良くなった。

 当事者の優希が悲しむようなことがあれば、それは九割九分達成されていても失敗扱いだ。

 ……そうさ、自分の勝手なんだから。

 厳密には答えになっていないような気はするのだが、人間の脳はコロッと騙されてくれる。

 数学の方程式ではないのだから、確実な答えを追おうとすればするほど迷宮から脱出できなくなる。妥協という選択肢も、たまには役に立つことがあるのだ。

「……自分勝手にしてもいい、か……。優希、自分を縛ってたかもしれない……」
「そんなに深く考えなくてもいいんだよ。純粋に、自分のしたいことをすればいいんだから」

 常識の範囲を超えないところでは、我慢をする価値はマイナスだ。倍返しになって負担が増大する時限爆弾を、誰がみすみす背負って生きていきたいだろうか。

 欲望に忠実な人は、全身をいっぱいに広げて床に就けているように思える。公共の福祉に反しないのならば、何をしても自由だ。

「大切なものが二つあるのなら、どっちも欲しいのは分かる。でも、それがストレスになってるんだったら、無理しなくていい」

 体あってこその高度な知能だ。万能な思想があっても、寝たきりでは大して影響は生み出せない。

 優希は、その場でフリーズした。とは言っても処理能力がパンクしているわけではなく、一気にこみ上げた感情と理性を整理しているのだろう。

 凍り付いていた頬に、また血が通うようになった。新鮮な赤身さながらのふっくらさを取り戻して、体調は万全と言ったところだ。

 静寂が、芝生を覆い隠す。寝静まった後の安らかな街を連想させる、風そよぐ野原だ。とても、都市の中とは思えない。

 一分はかからなかっただろうか。優希はため込んでいたらしい空気を一気に吐き出し、浮かび上がった。ボウリングの球にも見える黒いモヤモヤが、どこからか空いていた穴へと転がり落ちていった。

「……優希、どうかしてたみたい。せっかくのお花見に変な話を持ち込んじゃって、ごめんね?」

 憑き物が落ちて、元のタンポポ少女がレジャーシートの上に正座している。当たり前の風景で、非日常。こんな少女は、二度と現れない。

「わざわざお礼を言わなくてもいいんだって。ほら、『友達』なんだからさ」

 優希が仮でも作りたかった『友達』は、今や正式な『友達』へと変化していた。

「そうだよね、ともだちだよね。……こうきゆきねこれぜんぶつくってきたんだよ……」
「言葉が渋滞し過ぎだよ。言葉なんて、ゆっくり言っても減るものじゃないんだから」

 『ともだち』という単語をまだ言いにくそうにしている彼女っは、また微笑ましい。ともかく、悩みが吹き飛んだようで何よりだ。

 ……優希の笑顔が、もっと見たい。

 一緒にいるだけで、花が咲く。ポカポカ陽気が立ち昇って、手足の先端まで温まる。彼女は、白黒の塗り絵に色を付けてくれる唯一無二の存在になっていた。

 ……どんなことをしたら、優希がもっと楽しんでくれるだろう。何かプレゼントするのが一番……。

 名案が、電球を点滅させた。

 自作のおにぎりを頬張ろうとしていた優希に、さりげなく声をかけてみる。

「……優希、明日の放課後、予定空いてる?」
「……空いてるけど、何かな?」

 優希の目が零れ落ちそうになった。先端が鋭利な棒で突かれたのか、大袈裟に芝生へと飛び出した。

 光沢のある黒髪に、野生のエメラルドグリーンが映える。内側にカーブして、地毛であるかのように振舞っている。

 天空から下界を観察している太陽で、彼女の瞳は金属をこすったように煌びやかになっていた。科学で神の類いが全否定されてから歴史も深くなったものだが、数式で証明できない美的感覚は今なお健在なのだ。

「……、明日、もう一回この公園まで来て欲しいんだ」

 正直なところ、構想が容器の中を暴れまわっているだけで、具体的な案は示せない。

 ……それでも、何かアクションを起こさないといけない気がした。

 優希の手が、刹那届かなくなった。蜃気楼を見ているかのように、何度手を握ろうとしても空ぶってしまった。

 幸いにも彼女は腐敗した湖沼に沈まなかったが、二度同じことが起きない保障はどこにもない。明日の天気予報が外れる世界で、人の無事を願うだけということがどれほど無力なのかは、言わずとも分かる。

 この奇妙な関係で成り立っている『友達』も、不慮の事態から露と消えてしまうかもしれない。甘い夢は、全てが泡となって弾けてから気付くのである。

「……それで、中身は?」

 優希の手が、腕をせり上がってくる。酒に酔っているわけでもないだろうに、いつもより勢いがある。

 それに触れて水を差すのも勿体ない。ここは空気読みの能力を試される国、日本である。

「……秘密。お楽しみと言うことで」

 秘密と言うよりは、まだ箱の外見しか作っていないだけなのだが。

「それ、優希が喜ぶんだろうね……?」

 タンポポを推しにしているほんわか少女は、極大の期待と極小の悪戯心をボールに注入した。メジャーリーガーたちも唸る、とても打ちづらそうなスローボールだ。

「うん、期待を裏切りはしないつもり」

 優希を手放したくなかったとは、口が裂けても声に出せなかった。

 ……ここまでやって、優希を失望させてたまるか。
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