【高校生×OL】スターマインを咲かせて

紅茶風味

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3話-1

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 開けっ放しの食器棚から皿を一枚取り出し、広げた新聞紙の上に置く。丁寧に包んでセロハンテープで止め、もう一枚新聞誌を重ねると再び皿を置く。同じ作業を繰り返しながらも、大きさの違う食器を包むのはなかなか大変で、気づけば目の前の作業に没頭していた。

 昨日、学童クラブで篠原くんに手紙を渡され、あれよあれよという間にこうしてここにいる。

 正直、手紙の内容に戸惑いはあった。突然すぎる要望に、兄、という不確かな存在を見て、いたずらなのではないかと疑いもした。真相を確かめようにも連絡先が分からず、手紙に書いていなかったので、まぁ、いたずらならそれまで、と思い、暇をつぶすつもりで今朝、電車に乗ったのだ。

 待っている、と書かれていた駅の改札で、本当に彼は待っていた。いつも見るラフで味気ない恰好とは違い、若者らしい服装を着ていた。あぁ、やっぱりいた。と心のどこかで思った。安堵というよりも、納得したようだった。

「あれ、ガムテープどこ?」
「さっき使ってただろ」
「兄ちゃん持ってたじゃん」
「え、そうだっけ……。えーと、……どこだ?」

 一人暮らしにしては広いリビングは、私が今いるキッチンからよく見える。大量の荷物と段ボール箱に囲まれ、兄弟そろって足元を見回している。

 こうして二人のやりとりを見ていると、普段から仲の良い姿が想像できる。篠原くんは、お兄さんと話していると口調が和らぐ。普段のむっすりとした愛想の無さも消え、遠慮を見せない弟になる。その珍しい姿に、なんだか心の中がほころんだ。

 梱包を再開しようと視線を落とし、ふと、視界にガムテープが映った。キッチンとリビングの間のカウンターに置き去りになっている。

「篠原くん、これ」

 ガムテープに手を伸ばし、持ち上げながら言った。え、と二人が同時に振り向き、その光景に数秒呆けた。

「えっと、葵くんのほうです」
「あぁ、そうですよね。すみません……」

 そりゃあ、二人とも同じ苗字なのだから振り向くのは当然だ。床に置かれている段ボール箱を避けながら篠原くんが近づき、手を伸ばしてきた。その顔が何か言いたげに見えて、不思議に思いながらガムテープを手渡す。

「どうかしました?」
「……べつに」

 素っ気なく背中を向けられてしまった。お兄さんに対してはあんなに自然体だったのに、やっぱり、同じ場所にいたところで私に対してもああいう風にはならないんだな。

 食器棚の中を梱包し終えると、今度は本棚を頼まれた。二人が力仕事をしているのに対して楽な作業ばかりで、なんだか申し訳なくなってくる。きっと、気を使ってくれているのだろう。

 案内された部屋は寝室で、少しだけ緊張しながら中に入った。大きな本棚に並んでいるのはほとんどが専門書だ。難しい内容は理解が出来ないが、それらが法律関係の書籍であることは分かる。もしかしたら、お兄さんは弁護士か何かなのかもしれない。

 十二時が過ぎ、そろそろお昼ご飯にしましょう、と、お兄さんが呼びに来てくれた。リビングに戻ると、先ほどまでよりも完成された段ボール箱が増えていた。短時間で結構片付いている。

「どこ行く? 寿司?」
「人の財布だと思って……」
「駅まで行ったほうが店あるかな」
「そうだな。商店街の中とか、お前詳しいだろ」
「全然覚えてない」
「毎日なに見てんだよ……」

 二人の会話をぼんやりと聞いた。この辺りの地理は詳しくない。家から遠いというわけではないけれど、電車を乗り換えて来たし、初めて降りた駅だ。たしかに駅前は賑やかで、先に商店街が続いているのは見えた。

 特に支度をする必要もなく、手を洗ってコートを着ると三人で玄関を出た。共同の廊下は外に面していて、少しだけ冷たい空気と暖かな日差しが合わさって届く。

「あ。駄目だ」

 玄関の鍵を掛けてすぐにお兄さんが言った。意味が分からず、隣で篠原くんも「何?」と言う。

「集荷くるの忘れてた」
「いや、まだ荷詰め終わってないじゃん」
「パソコンとか、精密機械だけ別で頼んでるんだよ。梱包細かくやってくれるところ」
「うちの車使えばいいのに」
「そう思ったんだけど、父さんに言うのがめんどくさくて……」
「あぁ……」

 お兄さんは迷ったように腕時計を見て、その視線を私に向けた。

「すみません、葵と二人で行ってきてくれますか」
「あ、はい」

 別に謝る必要など無いのに、なぜか少し申し訳なさそうに言った。財布を取り出し、それをそのまま篠原くんに渡す。

「帰りに、なんか適当に買ってきてくれ」
「ん、わかった」

 お兄さんをマンションに残し、外に出た。明るい太陽の光が真上から降り注いでいる。こういう、涼しい日の晴天は好きだ。過ごしやすいし、気分も軽くなる。共同玄関を出てすぐに篠原くんが道を曲がっていき、私もそれに続いた。朝、駅からここまで来た道を戻っている。

「お兄さん、残念でしたね。一緒にランチできたらよかったのに」
「あー……、うん……」

 なんだか歯切れの悪い返事がかえってきた。見れば、いつもと変わらない無表情がある。無言が落ち着かない。

「えっと、どこ行きます? この辺詳しいんですよね」
「駅の向こうならなんとなく。飲食店なら結構あった気がする」
「篠原くんもこの辺に住んでるんですか?」
「いや、俺は学校がこっちに……」
「そっか、大学があるんですね」

 別に変なことを言ったつもりはなかった。だから、何故突然会話が途切れたのか分からず、少し驚いたようにこちらを見る篠原くんを、私も見つめ返した。一体どうしたというのだろう。

「あ、あぁ、うん、そう……、いやっ、違う」
「え?」
「その、前、通ってた高校があって」
「高校ですか」
「昔よく、商店街通って行ってたから」

 なにを慌てているのか分からないけれど、先ほどのお兄さんの言葉は、今ではなく、昔の話をしていたらしい。三年間通っていた場所ならば、たしかに詳しいだろう。

「ごめん、やっぱり場所変える」

 くるりと踵を返したかと思えば、来た道を戻っていく。すぐに反応出来ず、駆け足でその背中に近づいた。

「どうしたんですか急に」
「こっちに定食屋があるから、そこにしよう。あ、定食屋でもいいですか。すみません、勝手に……」
「いえ、いいですよ」

 不安そうな顔で言われ、思わず大きく頷いてしまった。ちょっと大げさだったかなと思うも、ほんの僅かに頬が緩んだのが見れて、安心した。

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