【高校生×OL】スターマインを咲かせて

紅茶風味

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7話-2(完結)

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***

 三月中旬、冬の寒さが名残を見せながらも、日に日に暖かさが増してきた頃。もうすぐ春になるのだな、とぼんやりと思う。この時期は服装に困る。もう上着はいらないかな、と思えば突然寒い日が戻ってくるし、次の日には忘れたかのように再び暖かくなる。

「明日は暖かいんですかねぇ」

 パソコン画面を見つめたまま、隣に座る飯塚さんに言った。返事が無いので顔を向けてみれば、何故か呆れ果てた表情で私を見ていた。

「お前……明日の気温なんか心配してる場合かよ」
「なんですか」
「今のこの状況をみて! この仕事の量をみて!」
「はぁ……」
「終わんないよぉ、今日も明日も明後日も延々に終わんないよぉ」

 繁忙期真っただ中である今、私達は毎日、膨大な量の仕事に追われている。去年も同じ状態だったので覚悟はしていたけれど、こうして目の前にするとやはり怖気づくほどの量だ。

「毎年のことじゃないですか」
「去年はお前が敏腕だったから乗り越えられたでしょ!」
「今年もいますが」
「ポンコツ化した宮丘じゃなんの役にも立たないの!」

 なんという言い草だ、と思うも、否定が出来ない。仕事に身が入らず、プライベートでも常に頭が働かず、ただ毎日を時間に身を任せて過ごすだけの日々が続いている。理由なんて分かりきっている。三か月前のあの日、葵くんと別れてからずっと、この調子なのだから。

 あれから、しばらく葵くんからの連絡が続いた。着信だったり、メッセージだったり、日によって違ったけれど、ほぼ毎日のように送り続けられた。それが、二週間が経った辺りでぴたりと止まった。

 あぁ、諦めたのかな、と思った途端、喪失感が襲い掛かってきた。失ったものの大きさを再認識し、何度も一人で泣いた。

 応援してくれていた真希ちゃんには、何でもないように伝えた。学童のお迎えで顔を合わせるので、その時の様子を一度だけ伝えられたことがある。なんだか元気がなかった、と言っていたのはまだ年が明ける前の頃だ。今はもう、いつも通りに振舞っているのだろう。

 結局、決意をした私自身が引きずってしまっている。こうなるだろうとは思っていた。もしかしたらもう、誰かを好きになんてならないかもな、なんて思っていたけれど、それ以前の問題だ。毎日が色あせて、息が吸いづらい。

「駄目だ、俺もう無理。帰る」

 飯塚さんの言葉に、時計を見た。二十時を周っている。他の社員もほとんど帰っていて、フロア内には数人がぽつりぽつりと残っているだけだ。

「宮丘は帰んないの?」
「もうちょっとやっていきます」
「あんま無理すんなよ。お疲れー」

 お疲れさまでした、と早々に歩き出した背中に向かって言った。同じ部署の人がいなくなり、寂しさにそっと息を吐く。

 ちゃんとしなくてはいけない。身が入らないだなんて、理由にならない。皆が優しいのをいいことに、迷惑をかけるのは最低だ。

 ペットボトルの飲み物を一気飲みし、気合いを入れてパソコンを睨みつけた。よしやるぞ、と意気込んだところで、机に置いていたスマホが着信を知らせる。バイブの振動が響き、びくりと心臓が跳ねた。

 画面を見ると、飯塚さんからの電話だった。今出て行ったばかりだというのに、なんなのか。

「どうしましたか?」

 忘れ物でもして、持ってきてくれと言うんじゃないだろうな。

『なんかさ、下に変な男がいたんだよ』
「え……」
『お前のこと待ってるっぽいんだけど』

 嫌な感覚が一気に蘇ってきた。忘れていたのに。もう、思い出すことはないと思っていたのに。

「私のこと、話したんですか……?」
『え、まぁ。まだ中にいるのかって聞かれたから、いるって答えたよ』

 血の気が引いていく。どうしよう、あれだけちゃんと拒絶したのに、それでもまだ付きまとわれるなんて思わなかった。話からして、飯塚さんはもう駅に向かって歩いているようだし、今更戻ってきてくださいだなんて言えない。一人で下に行くしかない。

『もしかして彼氏?』
「違います」
『そーなの? 最初、花さん、とか言うから誰のことか分かんなかったわ』

 とくりと、心臓が高鳴った。周囲の空気が途端に軽く、鮮明になる。

『親戚かなんか?』

 不安感が消え、じわじわと心が高揚していく。私は本当に最低だ。あんな酷い別れ方をして、被害者かのようにずるずると引きずって、それでも、こうしてまた会えることを嬉しく思ってしまっている。

「あ、ありがとうございます!」
『え? お、おう』

 慌てて席を立ちながら通話を切った。内履きのままフロアを出て、エレベーターがくるのを待ち、到着したそれに飛び乗って下のボタンを急いで押す。

 もしかしたら、恨み言でも言われるのかもしれない。彼女が出来ました、なんて報告かもしれない。だけど、今はただ彼の顔が見たい一心で、足が勝手に動いてしまう。

 一階に着き、エレベーターホールを駆け抜けた。遅い時間の為か誰もおらず、低めのヒールが音を響かせる。入口を出ると、目の前に暗い空が広がっていた。心地よい空気が頬を撫で、目の前の道路を車が通りすぎていく。

「花さん」

 横から声がした。見なくても、誰だか分かる。その声で、その呼び方をするのは、君だけだから。

「慌ててどうした? もしかして帰りじゃないの?」

 葵くんが目を丸くし、私の姿を見て言った。鞄も持たず、靴も履き替えないまま出てきた私を不思議に思っているのだろう。

 三か月ぶりだというのに、まるで何年も会っていなかったように感じる。葵くんだ、目の前にいる。よく見れば、学生服のブレザーを着ていた。すぐに気づけなかったのは、前が外され、更にネクタイも付けていなかったからだ。暗い空の下では、飯塚さんも分からなかっただろう。

「……さっき、同僚の人が電話くれて」
「あぁ、あの人か。なかなか出て来ないから聞いちゃったんだ」
「なかなかって……いつからいたの?」
「夕方くらい。本当は式終わってすぐ来たかったんだけど、なんか色々掴まってた。まぁ、花さんも仕事中だろうから急いでも会えないだろうしと思って」

 ブレザーのボタンが付いていないことに気付いた。ネクタイが無いのも、きっとそういうことだ。モテるんだね、と言ったら、おかしな空気になってしまうのだろうか。足元に置かれている学生鞄から花束が飛び出していて、私の視線に気付いたのか、葵くんが言った。

「卒業したんだ、今日」
「……おめでとう」
「うん、ありがとう」

 卒業してすぐ、その足でここに来た。その意味がまだ計り知れなくて、どう反応したらいいのか分からない。

「私、会社の場所教えたっけ」
「悠希のお母さんに聞いた」
「そ、そっか……」
「ごめん」

 怒ってるわけじゃないのに、悪いことをしているという自覚があるのか、眉を下げて謝ってくる。

 向かい合い、言葉を探す。どうしてここに来たの。どうしてまた、会いに来てくれたの。私のこと嫌いになってないの? 期待と不安が入り混じり、口から出ないままずっと頭の中をぐるぐると周る。

「俺、あの日、花さんに振られてすごいショックだった」

 葵くんが話し出した。遠い過去を思い出すように言う姿に、心が準備を始める。

「もう立ち直れないくらい落ち込んで、このまま一生苦しいんだろうなって思った」

 今の私と同じだ。目の前の表情を見ると、この人はもう、乗り越えたのだろう。

「でも、冷静になって花さんが言ってたこと考えたんだ」
「私が言ってたこと……?」
「好きだって勘違いしてる、って言ったの、覚えてる?」

 覚えている。その後、怒ったように必死に声を上げたのも。

「なにか、わかったの……?」
「ほとんど、分かった」
「……そ、っか」
「で、最後の一押し、確認しにきた」

 そう言うと、周囲をきょろきょろと見回した。人通りの少ない夜道には、今は誰の姿も無い。それを確認したのか、私に向き直る。

「このへん、見てて」

 自分の顔の前あたりで、指先をくるくると回転させる。言われた通りにそこを見つめると、下は見ないで、と念押しされた。

 小さな光が下から昇ってきた。次の瞬間、無数の光が円形に散らばり、色とりどりに煌めいていく。わ、と思わず声が出た。いつだったか、悠希くんの家で見せてくれた手品だ。すぐにまた下から光が現れ、花火のように咲いて輝く。次から次へと繰り返し咲き誇る小さな大輪に、ただ魅了された。

「すごい」

 まるで魔法だ。手元を見たくて、でも見ないでと言われた言葉を思い出し、ぐっと堪えた。やがて消えた光の中、宙を彷徨う視線が葵くんの瞳とぶつかった。今見た花火のようにきらきらと輝き、まっすぐに見つめられる。

 何度も見たその瞳に、意識が吸い込まれていく。いつだってこの人は真っすぐで、自分に正直で、私を捉えようとする。

「花さん、好きです」

 顔が近づいたかと思えば、唇が触れていた。柔らかい感触が力強く押し付けられ、ちゅ、と小さく音を立てる。

 驚いて言葉が出ず、固まった私を綺麗な瞳が至近距離で見つめる。ゆっくりと離れていく中、その目がすっと細められた。途端に胸が締め付けられる。ずるい、こんな時にずっと見たかった笑顔を見せるなんて、本当にずるい。

「花さんは優しくて、でも、すごく臆病な人だから、怖くても助けてって言えない。不安でも平気なふりする。俺のこと好きでも、離れる日がくるのが嫌で、付き合えないって言った。それが俺の答え。……合ってる?」

 じわりと目の奥から込み上げてくるのを感じ、顔を俯かせた。答えって、それ、私の投げかけた言葉と噛み合ってないよ。勘違いだよって言っただけなのに、どうしてそこまで分かってしまうの。

「大丈夫。俺はずっと、花さんの傍にいる」

 涙が一滴落ちてしまい、慌てて拭った。少しおかしそうな声が降ってくる。

「また泣くのかよ」
「泣いて、ない」
「泣いてないの?」
「泣いてないよ……っ」

 大きな手が髪を撫で、耳の後ろをなぞり、両頬を包み込む。顔を覗き込まれ、再び近くなった距離に心臓が高鳴った。

「もう一回キスしたい」
「ま、待って……っ」
「駄目?」

 慌てて押し返すも、全く距離が広がらない。

「先に、言わなきゃいけないことがあるから」

 見上げれば顔がくっついてしまいそうで、制服のシャツを見つめたまま言った。

「私も、葵くんが好き……です。付き合って、ください」

 恥ずかしさの余り、声が尻すぼみに小さくなってしまった。沈黙に耐えながら反応を待っていると、顔から手が離れ、背中に回された。キスされるという思いは外れ、ぐっと抱き寄せられる。身体が密着し呆気に取られていると、はい、という泣きそうな声が耳に届いた。




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