サンタの願いと贈り物

紅茶風味

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【淳平編】3話-6

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 駅に着くと、電車に乗って家の最寄り駅まで移動する。いつもと変わらない移動風景は、日野がいるだけで違うものへと変わる。

 電車を降り、カバの公園を通り過ぎ、保育園に着いた。いつも通りの迎えの時間帯だ。日野は園内へは入らず、正門から少し離れた道端で待っていると言った。先ほど、不審者扱いされたことを気にしているのかもしれない。

「篠原君、こんにちは」

 里美先生が、事務室で葵と共に迎えてくれた。

「葵、先生と一緒にいたのか?」

 普段ならクラスの子供達と遊んでいるはずが、何故か今日は事務室にいる。大人用の高い椅子に、行儀よく座っている姿を見て不思議に思った。

「ちょっとね、元気無いんだよね」

 先生が葵をあやすような口調で言い、僕に視線を向ける。

「別に何があったってわけじゃないの。お兄ちゃんがもうすぐ来るから、ここで待っていたいって。甘えたい気分なのかな」

 無表情のまま座っていた葵が、椅子から飛ぶようにして降りた。高さがあったので咄嗟に里美先生が手を差し出したが、綺麗に床に着地した。鞄を手に取り、黙々と帰り支度をする姿はいつも通りのように見える。元気が無い、と言われれば、そうとも見れる。

 里美先生と別れ、葵の手を繋いで事務室を出た。正門まで歩きながら、葵の様子を窺う。

「……具合でも悪いのか?」

 僕の質問に、黙って首を横に振る。口を開かないところを見ると、やはり元気が無いのかもしれない。

 正門を出ると、先ほどと同じ場所に日野がいた。こちらに背を向け、手足を小さく動かしている。よく見ると、それは最近流行っている子供向けの踊りだった。朝に放送しているテレビ番組で、大きな着ぐるみと大人が一緒になって踊っているのを、たまに見る。

 僕の異様な視線に葵が気づき、そちらを見た。

「ひのりんだ!」

 その明るい声に、一瞬耳を疑った。葵の声で振り向いた日野が、顔を綻ばせて駆け寄ってくる。

「葵さん、お久しぶりです。元気でしたか?」

 目の前でしゃがみ、視線を合わせて日野が言うと、「うん」と嬉しそうに頷く。先ほどまで俯いて黙り込んでいた姿が、嘘のようだ。

「お兄ちゃん、ひのりんと遊びたい」

 その言葉に、日野が瞳を輝かせた。夕飯の支度をする時間まで余裕があるし、断る理由がない。少し迷ってから頷くと、二人の嬉しそうな声が重なった。



 カバの公園に入ると、真っ先にその象徴である滑り台に目がいく。大きな口から出てくる子供達はいつも笑顔で、シュールな光景は見飽きないものだ。しかし、今日はその光景が見られない。滑り台に子供がいないのだ。

 周囲を見回しても、子供の姿がない。公園内を奥へと歩き、ようやく子供がいたかと思えば、すぐ近くに母親が見張りのように立っていた。

「最近は、こんな感じなんですよ」

 隣を歩きながら日野が言った。

「きっと、あの事件のせいですね。もうひとり……子供が……」
「知ってるのか」
「あれから私も、ニュースを見るようにしているんです」

 葵が砂場へ入っていったので、僕と日野もそれに続いた。他には誰もおらず、貸切状態だ。

 普段、公園へ行くときには必ず砂遊び用の遊具を持っていっている。葵はたいてい、砂場で遊ぶからだ。

 今日はバケツもシャベルも無いから、手でやるしかないね。そう言って葵が両手を砂の中に突っ込んだ。日野がわざとらしく、フフフ、と笑うので見ると、両手に砂遊び用のバケツとシャベルが握られていた。

 三十分ほど遊んだ。僕は早々に離脱して、砂場の縁に座って二人の様子を眺めていた。

 砂をかき集めて大きな山を作り、そこに穴を開けてトンネルを開通させたり、新しく土で作った装飾品を乗せたりしている。いつも通りの遊び方だ。いつも通りのはずなのに、葵は滅多に見せない笑顔を見せている。

 日野と葵が会うのは、今日で三回目だ。なかなか人に懐かない葵が、たった三回会っただけの人間に笑顔を見せるなんてことは、今までに一度もない。

「葵、そろそろ片付けて帰ろう」

 日野が葵を連れて、水道場へ向かった。自分の手を見ると、二人ほどではないが土で汚れている。

 二人を追いかけようと立ち上がり、ふと砂場に目を向ける。そこにはなかなかの芸術作が出来上がっていて、このまま無くなってしまうのは惜しいと思い、携帯で写真を撮っておいた。

「手が冷たくなっちゃいました」

 水道の前で、日野が濡れた両手を振っている。葵はすでに洗い終わったようで、ハンカチで自分の手を拭いている。キャラクターの絵が印刷されているそのハンカチに、見覚えがない。

「ああ、ごめん。ハンカチは僕が持ってるんだ」
「いいんですよ」

 日野は葵の手からハンカチを受け取ると、続けて濡れた手を拭く。僕は水道の蛇口を捻り、汚れた手を水で流した。この時期になると、水道水はとても冷たい。適当に手をこすって、早めに水から離れた。横から先ほどのハンカチが差し出される。

「三番目ですが」

 受け取ったハンカチはたしかに二人分の水分を含んでいて、三人目の水分を吸わせるには少々申し訳ないような気がした。

「あのさ」

 公園の出口に向かって歩いている時、何気なく口から出た。口から出て初めて、自分が言おうとしていることを自覚する。隣を歩いていた日野は顔を上げたが、前を歩いている葵は反応しない。聞こえなかったようだ。

「あの……」
「どうしたんですか?」

 葵に聞こえないようにと、歩く速度を落とした。もともと子供の歩幅に合わせていたので、ほとんど立ち止まっているようなものだ。日野は不思議そうな顔をしたが、僕の視線に気づいて合わせてくれた。

「あいつ、普段あんまり笑わないんだ」
「え?」

 日野が小さな後姿を見る。

「今日なんて、保育園でもずっと元気なかったみたいで」
「そうなんですか? そうは見えませんでしたけど……」
「たぶん、あんたに会えて嬉しかったんだよ」

 日野には子供に懐かれる素質があるのだろう。まだ数えるほどしか会ったことがないが、その中でも彼女の裏表の無い性格はよく伝わってくる。子供からしても、警戒させない立ち振る舞いが心の緊張を解かせているのだ。

「私、葵さんに好かれてるんですかね」

 期待を込めた目でそう言うので肯定するのが悔しかったが、嫌々ながら頷いた。

「だからさ、遊んでやってほしいんだ。これからも」
「もちろんですよ」
「葵は保育園があるし、僕も学校と家事であんまり時間がとれないから、土日がいいんだけど」

 なんだかデートにでも誘っているようだが、そんなつもりはない。そもそも日野のことは、名前とサンタクロース見習いという怪しいステータス以外、何も知らないのだ。

 満面の笑みが、僕に向けられる。

「はい、いつでも大丈夫です!」

 きっと、葵に他の願いを聞きだせるチャンスだと思っているのだろう。残りの一人を葵に絞っているようだし、日野にとっては願ってもいない申し出なはずだ。

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