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【淳平編】5話-3
しおりを挟む警察署の一室で、パイプの椅子に座って待った。長机が並び、正面にはプロジェクターが見える。会議室のようだ。警察官に言われた通り、一番後ろの席に座っていると近くのドアが開いた。父が青い顔で僕を見る。
「大丈夫か?」
「あぁ、うん……」
ぼんやりと答える。父が隣の椅子をひいて座った。僕の顔をしばらく見つめると、長い息を吐いて片手で目元を覆う。
「まさか、お前が見つけるなんて」
その時の状況は、既に他の刑事に事細かに説明していた。説明したというよりも、質問に答えただけだ。子供の死体を見つけた直後に、流暢に話せるほど強くはない。
刑事は父の同僚だった。外出している父がもうすぐで帰って来るはずだから、ここで待っていてくれと言い、部屋を出ていった。始終、僕の様子を気にかけてくれていた。
「あの子、どうして、あんな」
形容しがたく、言葉に詰まる。男の子だった。歳は葵と同じか、少し上くらいだろう。身体が固定されていることに気づくまで、その子が死んでいるとは思わなかった。ただそこに座ってじっとしている彼は、異様な空気をまとっていた。
「マスコミには流してなかったんだ。びっくりしたよな」
僕の言わんとしていることが分かったようだ。父が驚いていないところを見ると、先に見つかっている二人の子供も同様だったのだろう。
それから他の刑事が来て、再度見つけた時の状況を説明することになった。先ほども話したと言うと、こういうものなのだと謝られた。二度目の説明だからか、幾分かスムーズに話すことができた。
父が腕時計を見たので、つられて確認した。いつの間に時間が経っていたのか、既に十七時をまわっていた。
「葵を迎えに行かなきゃ」
いつも約束している時間を過ぎている。それに今日は、少し時間が欲しいと言われていたのだ。
「保育園に言って、時間を延長してもらえないかな。お前には、もうちょっといてもらいたい」
「たぶん、大丈夫。ちょっと電話させてください」
もう一人の刑事に視線を向けて言った。携帯電話を取り出すと、着信を知らせる光が点滅している。履歴に表示されているのは、保育園と日野の名前だ。保育園からの履歴が異常に多い。
長いコールの後、知らない職員が出た。僕の名前を聞くとすぐに、里美先生に代わってくれた。
『もしもし、篠原君?』
早口で焦ったような声で里美先生が出た。
「すみません、連絡していなくて。ちょっと、その……、急用が入ってまだ行けそうにないんです」
まさか本当のことは言えず、はぐらかした。
『ああ、うん……ごめん、ごめんなさい。あのね』
様子がおかしい。なぜ謝るのだろう。嫌な予感が、心をざわつかせる。
『葵君、いなくなっちゃったの』
電話口の向こうで、騒がしい声が聞こえてくる。大人の声だ。
『今、職員みんなで探してるんだけど、見つからなくて……。園内にはいると思うんだけど、今、お迎えの時間で正門の鍵も開いてるから、もしかしたら、って。ごめんなさい、私のせいだ、私が目を離したから、本当に、ごめん』
泣き出しそうな声を聞きながら、呆然とした。訝しげに僕を見る父の視線で、ようやく事態を把握した。一気に熱が込み上げ、身体が熱くなる。全身から汗が噴き出してくる。
「あの、今、僕、警察にいるんで」
『えっ』
「話しておきます。見つかったらすぐに連絡してください」
『わ、分かった。あの、本当に、ごめんなさい』
里美先生の声が途切れる前に、電話を切った。そんなことを気にしてはいられなかった。
「葵、いなくなったって。今、保育園で探してるけど、もしかしたら外に出たのかもしれないって」
父の顔が一気に青ざめる。僕と同じことを考えているのだろう。先ほど、公園に誰かがいたかもしれないことは、二度の説明で伝えているのだ。もう一人の刑事も、同様に顔を曇らせる。二人は僕にここにいるように言うと、部屋を飛び出していった。
再び、部屋に一人になった。先ほどとは違い、ただ待つだけの時間がつらい。今すぐにでもこの部屋を出て、葵を探しに行きたい。
保育園からの着信履歴を見ると、最初の電話から一時間以上も経っている。もし園の外に出ているのであれば、子供の足だとしてもそこそこ遠くへは行ける。万が一、大人の存在があれば、それ以上だ。
履歴画面の日野の名前を見て、咄嗟に通話ボタンを押した。日野からの着信はつい十分ほど前に一度あったきりだった。
『あっ、はい! 淳平くんですか?』
明るい声が耳に届く。こちらも少し、焦っているようだ。
『もう、お迎え行っちゃいましたよね。すみません、連絡しなきゃと思ってたんですけど、さっきようやく仕上がって……、あ! いや! なんでもなくてですね、えっと、今から会えますかね。よかったら、おうちまで行きますので』
久しぶりに聞く日野の声は、僕の心を落ち着かせた。頼りたいと思った。葵がいなくなったことを伝えると、電話の向こうで息を呑むのが分かった。
「今、警察署にいるんだけど、父さんに動かないように言われてて」
『探しに行きます! これから電車に乗るので、ちょっと時間、かかりますが。とりあえず、保育園の周りに、行ってみますね』
声が切れ切れに弾んでいる。走っているらしい。
「ごめん、頼むよ」
『大丈夫ですよ。また、電話します』
通話が切れた。事態が好転したわけではないが、少しだけ冷静さを取り戻した。やはり、僕も探しに行きたい。
ドアが開き、父が戻ってきた。
「これから探しに行く。他の手が空いてる人達も、探してくれる。お前はとりあえず家に戻って」
「一緒に行くよ」
父は僕を見つめ、しばらく黙った後に頷いた。
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