サンタの願いと贈り物

紅茶風味

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【葵編】3話-2

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 授業を終えた帰り、いつもの大通りには向かわず、学校の反対側の道を歩いた。裏通りを抜けると小さな寂れた公園が見えてくる。住宅街の中にあるというのに、子供どころか人ひとりいない。

 路上で立ち止まり、乾いた砂場を遠目で見つめる。あそこで、初めて日野に会った。リンゴジュースが欲しいと言ったら、それを出して見せてくれた。その異質さに呆気にとられていたが、気づけば俺にとって彼女は大切な存在となっていた。

 葵さん、と心の中で日野が呼ぶ。弾けんばかりの笑顔だったことは覚えているのに、その顔に靄がかかって鮮明に思い出せない。

 公園から視線を反らし、歩き出した。緑道に入り、狭い道幅をゆったりと進む。

 彼女はどうして、葵さん、だなんて呼び方をしていたのだろう。そういえば、いつも敬語を使う人だったかもしれない。小さな歩幅で少しずつ前に進みながら、頭の中が徐々に蠢いていく。

 葵さん、お兄さんには、内緒ですよ。

 鈴の音のような声が蘇ってくる。内緒、そう言って二人で笑顔を向け合っていたのは、なんだったか。ふっとそれが浮かび上がり、足が止まった。

「誕生日、だ」

 思わず声に出していた。そうだ、あの日は兄の誕生日だった。クリスマスイブであるその日に向けて、内緒でプレゼントを用意しようと、二人で計画していた。俺は保育園で用意していたものとは別に、日野ともプレゼントを渡す予定だったのだ。

 そこまで思い出し、途端に心臓の辺りがざわつきだした。心の奥深くに眠っている記憶が、呼び起こしてはいけないと暴れだしているかのようだ。

 足は動かず、尚も立ち止まったままあの頃の記憶を辿る。

 誕生日である事件当日、日野がプレゼントを渡せたのかどうかは知らない。気づけば病院にいたし、その時にはもう、彼女は亡くなっていたのだ。遺品の中にあったといても、親族の自分達に対する対応からして、兄に渡しているとは思えない。

 胸のざわつきが弱まっていくのを感じて、違う、と首を振る。これじゃない。思い出さなければいけないのは、この記憶ではない。

 日野のことは思い出しようがない。だって、あの日は彼女に会っていないのだから。では誰に会っていたのか、そう思い、保育園が浮かんだ。

 あの日もいつも通りに園内で過ごしていた。迎えの時間が近づくのをそわそわしながら待っていたのは、兄のために小さなカップケーキを用意していたからだ。出来合いにチョコレートの入ったペンでデコレーションをした、簡易な物だ。

 お兄ちゃんを驚かせちゃおう。

 そう言って笑った顔に、黒く影がかかる。優しく手を引かれ、反対の手にはカップケーキの入った袋が握られていた。そのまま園庭を歩き、外に続く扉を抜ける。

 不思議だった。どうして外に出るのだろう。ここで兄を待っていなくていいのだろうか。そう疑問に思いながらも、普段から口数の少ない俺は、黙ってその手に引かれていった。

 やがてその手が離れると、代わりに大きな太い手が差し迫ってきた。ドクンドクンと心臓が大きく鳴り、声が出ず、訳も分からないままに身を預けた俺は、そこで意識を手放した。

 はっと息を大きく吸い込み、呼吸を繰り返す。緑道に立ち尽くし、誰もいない静かな空間に自分の激しい息遣いだけが聞こえている。気づけば額に汗をかいていた。こめかみを冷たい雫が伝い、落ちるより早く乱暴に拭う。

 弾かれるようにして走り出した。駅に向かい、電車に乗り、急く心を抑えながら最寄り駅を待つ。改札を走り抜けて家路を走り、着いた頃には全身が汗だくになっていた。

「おかえり。どうしたんだ、そんなに急いで」

 父がキッチンでフライパンを振っていた。俺の様子を見て、不思議そうに首を傾げる。

「連絡先!」
「え?」

 焦りのあまり、大声が出た。呑気な父に、再度声を上げた。

「里美先生の連絡先教えて!」

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