サンタの願いと贈り物

紅茶風味

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【葵編】5話-2

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「本当、馬鹿だったなぁ、私」

 せんせい、と声にならない声が、呼気となって吐き出される。

「痛かった? ごめんね。こんな小っちゃいスタンガンだから、すぐに動けるようになるよ」

 そう言って、黒い長方形の物体を見せた。

「葵君はさ、ちゃんと薬を打っていたはずなのに、どうして生きてるのかな。量が少なかったのかな。やっぱり、私も一緒に行けばよかったんだよね」

 スタンガンを鞄にしまい、中を漁って何かを探している。

「私ね、可愛い男の子は好きだけど、べつに子供が好きってわけじゃないの。だって、うるさいでしょう。だから、園の子たちはどんなに可愛くても好きにはなれなかった」

 取り出したのは、携帯電話だった。俺をカメラで撮影し、両手の指先で操作している。

「でもね、君だけは違った。おとなしくて、喋らなくて、とても綺麗で可愛かった。職場の子だけは止めておかなきゃって思ってたけど、我慢なんて出来るはずないよ」

 里美先生の顔が、至近距離まで一気に近づいてきた。薄っすらと笑っているその瞳には、感動の色が見える。

「葵君、ねぇ、とってもかっこよくなったね。やっぱり、成長するとこうなるんだね」
「……せん、せい」

 絞り出した声が、掠れて出た。喉を必死で動かし、身体に力を入れる。

「里美先生が、犯人だったのかよ」
「そうだよ」
「捕まった男は……」
「言うこと聞いてくれただけだよ。私のこと好きなんだって」

 淡々と答える姿に、次第に感情が込み上げてきた。どうして、とやるせない思いが浮上する。

「なんで殺したんだよ……」
「だからさっき言ったとおり」
「理由になってねぇよ!」

 声を上げた瞬間、身体が動いた。勢いをつけて起き上がり、そのまま細い身体を倒して馬乗りになる。全身に鈍い痛みはあるが、動ける。

 驚いた瞳が、不思議そうにこちらを見上げてきた。

「どうして怒ってるの? 葵君は生きてるのに。お兄さんだって無事だよね?」

 頭の中に、日野の存在が浮かび上がった。

「君は偉いね。そうやって、他の子のことで怒ることができるんだから。私はさ、もう自分のことでいっぱいいっぱいで、どうしようもないんだよ」

 見上げてくる目が、瞬きをして淡く濁る。

「この十二年間、いつ警察の人が捕まえに来るかと思うと、不安で仕方がなかった。怖かったよ、ずっと」

 沸々と怒りが込み上げてくる。どうしてこの人は、子供を殺しておいて被害者のような立場でいられるのだろう。どうしてこんなにも簡単に、怖かった、なんて言えるのだろう。どうして、こんな人に日野は巻き込まれて死んでしまったのだろう。

 許せないと思った。こいつさえいなければ、彼女が死ぬことも、兄が不幸になることもなかったのに。じわりと鼻の奥が痛む。いや、違う。自分がこの女に、騙されたりしなければよかったのだ。

「泣かないで」

 滲む視界の中、里美先生の手が動くのを見た。近くに落ちていた鞄に伸び、そこから何かを取り出すとこちらに突き付ける。素早い動きに何もできず、気づけば視界の下方で鈍い銀色の光が見えた。

「あ、ちょっと切れちゃった」

 喉元に当たっているのが、ナイフらしきものの刃先であることは容易に想像ができる。

「動いたらもっと切るよ。でも、今の君なら、私には力で勝てちゃうかな」

 恐怖心など湧いてこなかった。ただ悲しくて、悔しくて、里美先生と自分への怒りだけがぐるぐると渦巻いて止まらない。

 ぼたりと目から雫が零れ落ちた。ナイフを持つ腕に当たって流れ、反応した隙にその手を掴んで強くひねり上げた。そのまま地面に押さえつけ、空いている自分の手を咄嗟に宙にかざす。

 脳裏に同じようなナイフが思い浮かび上がった。抵抗されず、一瞬で終わるようなものは何か。そう考え、さらには拳銃が浮かんだ。出せる。あんなもの、一度も出したことはないけれど、今なら何だって生み出せる。

『葵さん』

 その瞬間、日野の声が蘇った。覚えているはずがないのに、綺麗な笑顔がはっきりと俺に向けられていた。

『葵さん、お兄さんには、内緒ですよ』

 かざしたままの手が震える。

 内緒にしてたよ。一緒に祝いたかったから。でも、死んじゃったら意味がないじゃないか。

 落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせる。復讐なんて駄目だ。人を傷つけるなんて駄目だ。日野だったら絶対にそんなことはしない。

 でも、目の前にいるこいつも、絶対に許せない。

「葵!」

 どこからか、兄の声が響き渡った。はっとした瞬間、身体に何かが激突する。突き飛ばされて地面に横たわり、上から圧し掛かられた。

「葵、やめろ」

 真剣な目で自分を見下ろし、体重をかけて押さえつける兄を見て困惑した。やがてその鋭い視線が逸れ、俺の手元へと向けられる。同じように目で追い、初めて自分の手に持っている物に気づいた。

 拳銃だった。頭の中で想像はした。生み出そうと、確かにしていた。けれど、まさか本当に出していたとは思っていなかった。

 動揺して、言葉が出ない。自分はなんてことをしてしまったのだろう。こんなものを出して、何をしようとしていたのだろう。完全に正気を失っていた。

「……起きられるか」

 脱力した俺の肩を、兄が抱えて起こす。いつの間にか拳銃が手元から離れていた。スーツのポケットからハンカチを取り出し、俺の首元に当てる。そういえばナイフで切られたのだった、とその動作を見て思い出した。

 気づけば周囲に刑事らしき人達が数人いた。皆、里美先生を取り押さえるように囲い、無理やり立ち上がらせるとそのまま建築現場から連行していく。

「篠原君」

 腕を引かれながらも、振り返って呼んだ。それは、久しぶりの再会を喜び、成長に感動しているような声音だった。兄は眉を歪めて反応したが、振り返りはしなかった。

「とりあえず、傷の手当をしよう」

 誰もいなくなったそこに、兄の小さな声だけが届く。

「……兄ちゃん、俺、さっき」

 零れた声が、弱々しく漂う。

「許せなくて、……あんなもの、俺」

 その言葉に答えるように、兄が拳銃を手にして見せた。思わず顔を歪めるも、気にする素振りも見せずに銃口を上に向ける。まさか、と思った時には、かけた指が引き金を引いていた。

 パン、と乾いた音が鳴り、そこから色とりどりの紙吹雪が飛び出した。キラキラと光沢を放って舞い、二人の頭上に降ってくる。呆気に取られて見つめていると、その目が、優しく細められた。

「ひのりんのこと、思い浮かべた?」

 ようやく引いていた涙が、溢れ出てきた。止めどなく流れ出し、恥ずかしくて俯いた。腕で何度こすっても次から次へと零れ落ちてきて、頭に重く暖かい手が乗せられた。

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