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一二三琴音~キラキラなその名刺は…
しおりを挟む花町で生きる舞妓にとって出会いなんて許されるはずもなく、淡い思いも誰かへの思慕も募る前に諦めて捨て去る、それが私達が自らに架した掟。
片思いは両思いになる前に断ち切って一目惚れはなるべくはやく脳裏から消し去る。男はんを見つめて想って微笑んでええのはお座敷のあの空間とそのひと時だけ。普段はイケメンさんに会うたらできるだけ目は伏せるようする。
恋に堕ちるというのは花街の舞妓や仕込みの子にはご法度で名刺なんぞをもうた日には即刻おかぁはんに渡さなければいけない。
私がそれを着物の衿の間に挟んで胸の中で温めたままおかぁはんに差し出さなかったのはなぜなのか。べつにこの人とどうなろうなんて邪(よこしま)な考えがあった訳でもなく恐らくその名刺がキラキラしていて綺麗でそこに芸能界やアイドルの世界といったものが透けて見えたからではないか。
持っているだけで花街という風習や伝習に縛られた世界を抜け出してまるで背中に羽根が生えた様な気持ちになりどこにでも飛んでいけるようなそんな自分になれたからではないか。
祇園祭の宵々山にもろうたそのキラキラした名刺は私が祇園の花街を飛び出すまで私のお財布の中に鎮座して身を潜め、ある意味来たるべき時の為のお守りと化していたのかもしれない。いや今にして思えばこの世界を抜け出せて見知らぬ世界へと導いてくれるIDカードの類を私は手にしていたのかもしれなかった。
私が実家の一二三を捨てて家を出たのは男ができたからじゃない。
何か特別な諍いがあって感情の縺れで飛び出した訳でもない。私の中では燻り続けていたものが沸点を越えてもうどうにも一二三のおかぁはんには都合の良い娘は演じることができなくなった。
その夕方、いつもの様に男士(おとこし)さんに帯を締めてもらってる時に鏡に映る自分を見てたら10年後20年後もおそらくこの禿げた頭のおじさんの頭を上から眺めながら何も変わらない祇園の日々を過ごしているのだと思ったら
急に周りの景色が白黒に変わって気が付けばすんまへんの言葉だけを残して私は自分の部屋に消えた。リュック一つを背に木屋町通りを南へと歩いていた。
一分でも一秒でも早くこの京都の地を離れたかった私にはそのryuheiのキラキラした名刺の向こうに見える東京の街しか見えてなかったのだろう。
周りの京都の景色は歪んでいてかろうじて京都タワーの赤い灯だけが見えていた記憶がある。
寒さとひもじさと心細さに耐えてどうにか京都駅に着いた時にはちらちらと霰が舞い始めていた。
15年間生きてきて新幹線は一人で乗るのは生まれて初めてのことで
だいたいが電車に乗るのも京阪電車と京都市営地下鉄しか乗ったことはなくて
とりあえずJRの窓口で青い顔をして立っていると係りのお姉さんらしき人がやってきて、何か困ってるの?何がしたいの?何処へ行きたい?と聞いてきて来た。
新幹線で東京へ行きたい、手持ちはこれだけしかないけど行けるのかってそう答えた。今にして思えば真冬にグレーの薄汚れたパーカーにジャージのスエットパンツにデイパックを背負っている中学の遠足か何かに行くような姿で、これしか手持ちはないけど東京に行けるかって聞く15歳の少女を補導もせずに警察官も呼ばずにつきっきりで対応してくれたこの奇跡、あのお姉さんは一体何者だったのか。
この時大人たちによって私の東京行きを止められていたら私のそれからの人生は全く違っていたものになっていただろう。
実家の一二三に戻されしばらくの謹慎休養の後、何事もなかったかのように祇園の琴音として復帰。
数年後には木屋町界隈での看板芸子になっていた、今思えばそんな未来しか思い浮かばない。
それからわずか二年後、私はキラキラのスパンコールが眩しいミニドレスを身に纏って横浜アリーナの眩いばかりのステージに立っていた。グレーのスエットにデイパックひとつだけを背負いドブネズミのように京都を都堕ちしてきたこの私がだ。
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