光の輪 〜網膜色素変性症で光を失った者の話

いしかわ もずく(ペンネーム)

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第23話 カブト虫 3

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 盲学校への編入をせずに高校生活を終えることが出来たのは投与された薬のお陰もあるだろうが、学校がおこなってくれた配慮が大きかったと思う。

 本来、新入生である一年生の教室は四階建ての四階部分が割り当てられ、二年生は三階、三年生になってようやく下駄箱と出入り口がある二階へとエレベーター方式に降りてくるのが慣例だった。でも僕が入学した年からの三年間に限って、二階の出入り口にある下駄箱に一番近い教室が僕の在籍する組となった。だから僕は何年生になっても同じ教室の一組であり、卒業時も三年一組、村尾良雄で卒業式を迎えることになる。

 実のところを吐露すると盲学校卒業者のほうが就職活動は有利である。企業も求人募集をする時から『障がい』があることを前提としているからだ。一般の普通高校に対する求人に障がい者雇用枠は存在しない。この違いを吉とするか凶とするかは本人次第なのであるが、僕の場合は普通高校の卒業予定者として就職活動をおこなう事になる。だから、学生生活最後となる夏休みの五十日間が勝負だった。

 僕がまず取り組んだ事はいずれ一般家庭にも普及するであろうパソコンの中にインストールされた表計算ソフトを使いこなせるようになる事、さらに同じソフトにある文章構成ソフトも使いこなせるスキルを身に付ける事だった。

 僕は吉田深雪さんの意思を受け継ぎ、音声を認識して自動表記できるソフト開発をおこなうプログラマーを目指すことにした。

 就活を斡旋している公的機関であるハローワークには職業機能の習得を支援する障がい者教育訓練給付制度というものがある。詳しく調べてみると、この制度を活用できるのは就職している者、もしくは何らかの理由で離職し、再就職活動を有利にするための者に対してのものであって、新卒の僕は条件を満たしていない。ただ、驚いたのは僕が通院していたあの航空公園駅にある国立リハビリセンターも開講していた事だ。てっきり、あんまとマッサージ師、鍼灸師しか選択肢がないと思っていたのだが、縁を切ると決めていた僕に新たな希望の道を与えてくれる新規受講コースが設立されていた。

 ー まずは行ってみよう。どんなコースがあるのか、ついでに障がい者雇用に積極的な会社を探し出してみよう ー

 思い込んだら、即、行動に移す。明日、僕の視力があるかどうか判らないのだから。翌日には電車を三度乗り換えて、久しぶりにリハビリセンターの正門をくぐった。ただし、向かった建屋は吉田深雪さんたちと出逢えた病院内ではなく、奥隣にある機能訓練棟になる。過去に数回、受け付けのある入り口までは足を踏み入れたことはあったが、そこから先に進もうとは思わなかった。

 受け付けのある窓の向こう側にいる人に声を掛けると見覚えのある顔と聞き覚えのある声で僕と目を合わせた。

 「村尾君じゃあないか。半年ぶり、いやもっと経っている。元気か」

 「リハビリの先生がなんで訓練棟の受け付けにいるんですか?」

 僕の疑問は的を得ている。

 「なんでって、ここは僕の職場だからださ。公務員をしている男性はなんでも屋さんだよ、雪が降れば雪もかく。水が溢れ出したら修理もする」

 公務員とは結構、厳しい職業なんだと納得した。

 「先生に聞いて良い事か判らないのですが、機能訓練の募集についてお聞きしたくて今日は来ました」

 「村尾君、杖は持っているけど、ある程度以上に見えているようだね。高校を卒業したら就職することにしたんだね」

 「はい、目が不自由でな人でもコンピューターを使えるようにするためのプログラムを作りたいんです」

 リハビリの先生は受け付けの窓の右横にあるドアを開け出てきて僕の全身を下から上に見上げていった。

 「それって、誰かとの約束事なのかい。自分で決めた進路って言うか目標なのかい」

 「はい、自分で決めました。表計算と文章構成ソフトなら、すでにスキルを身に付けています」

 僕は夏休みのすべてを使って身に付けたスキルを認めてもらいたかったし、自慢もしてみたかった」

 「そうかぁ、五年前、いいや六年前かな、吉田さんも就活の相談に来たことがあった。自分と同じ境遇の人たちのために、今までにないものを作りたい、そう言っていたなぁ。彼女も君と同じように夢を追いかけて生きていく人だった」

 吉田深雪、彼女の選んだ道を僕は歩こうとしている。
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