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第4章 - 蒼い霧
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漆黒の闇。
健次は浮かび、漂っている。
完全な虚無の中で。
光り輝くリボンが暗闇に溢れ出でた。穏やかでありながら、眩まばゆく、まるで夜を照らす小さなライトのように。
どのくらいの時間が流れたのか、健次にはわからなかった。あるいは、自分がどこにいるのか。ただ、それが何であろうと、何かをつかまなければと思った瞬間、彼の指に何かが触れた。健次は残っていた全ての力を振り絞って、無我夢中でそれにしがみついた。
「捕めた!誰か! 」
叫び声がエコーとなって耳元で響いた。声が大きくなるに従い、やがて健次の意識もだんだんはっきりしてきた。まだだ。まだ生きていたい。
.突然、鼻腔の中を冷たい何かが溢れた。肺に何やら不可解なものが入って来たとき、彼の生存本能が彼をたたき起こしていた。目を開いて、起き上がり。
―― 水だ
「ぎゃああああああああああ!!」
彼の靴も、服も、口や耳でさえ、何もかも水浸しになっていた。彼は咳き込んで荒く息をしながら肺から水を追い出そうとし、手荒ながらも何とかそれをやり遂げたとき、何かがおかしいことに気が付いた。
彼は水の中に立っていた…。のではなく小川に立っていた。倒れたコンクリートの上ではなく。そして辺りを見回して、ビルの代わりに、高い樹々が取り囲んでいる場所であることを知った。足元を流れる水の音だけが聞こえている。
青い空が水面に映り、今が昼間であることがわかった。ついさっきまでは真夜中で、そんなに時間は経っていないはずだった。
さらに不可思議なことに、痛みはもう全く感じず、自由に動ける。車にぶち当たったことなど、まるでなかったかのように。
「あのぅ…人間ですか? 」
声がして、その方向へ健次がすぐに振り向くと、そこには健次とほぼ同じ年ぐらいの2人の少年が河岸に立っていた。
だが、日本人ではなかった。彼らの肌の色はずっと白く、髪と瞳の色はこげ茶だった。
右側の少年の方が背が低く、ややぽっちゃりしていて、そして彼の頬はプラムのように赤かった。反して彼の横に立っているもう一方の少年は葦のように細く、それに極端に背が高かった。少なくとも腕一本分の長さぐらいは差があるだろうか。
だが、そういったことよりも、もっと遥かに健次の目を引いたのは、彼らの身に着けていた衣類だった。農場で働く人のような出で立ちで、ポケットがなく、靴には靴紐もなかった。また普通のベルトの代わりに、紐のようなものを腰に巻いていた。
まるで、映画で見た中世ヨーロッパに出てくるような感じに見えた。
「黒い髪に黒い瞳…。ねえ、兄さん、彼はプライム人じゃないよ、きっと悪魔だ!」
(彼らが日本語をしゃべってる? これは何かの悪い冗談か?)
もうひとつの可能性が健次の頭をかすめた。…異世…、いや、まさか、そんなバカな。
「あのすみません、交番がどこにあるか教えてもらえますか。」
健次の問いに、少年たちは互いに顔を見合わせ、そして太めの方が用心深く言った。
「兄さん、彼は僕たちと同じ言葉をしゃべるよ。ってことは、彼は外国人じゃないのかな? 」
「僕は日本人です。ここは日本じゃないんですか? 」
その答えを聞くことはなく、代わりに健次を、少年たちが大いな好奇と困惑をあらわにして見つめた。
「彼、お金持ちそうだね、…兄さん。」
太めの方が感想を漏らした。
「だって、着ているシャツやズボン、高級な布で作ってるみたいだもん…。」
「ああ…。銀のコイン一枚ぐらいにはなるな。」
痩せた少年の方が言った。彼の声はずっと低く、鋭い響きがあった。
そして、二人が水に入って来た。捕食動物がその捕食対象を誘い込むのと同じように。太った方が、健次の周囲に回り込み、健次の肩を掴んだ。彼のその手はまるで鉄のようだった。
「おい、離せ!僕に触るなよ!」
健次の抗議は誰にも聞き届けられることはなく、痩せたほうが、すばやい動きで健次の脚を持ち上げ、健次のズボンをあっという間に脱がせた。
「離せ!何するんだよ、やめろ! 」
彼が叫ぶと、痩せた少年は健次のみぞおちにパンチを喰らわせた。突然の痛みが彼の腹部に広がる以外、健次にはなす術はなかった。激痛に耐えるために、すぐに彼はもがくのを放棄した。
「抵抗するなよ、お坊ちゃん。身なりがいいことを呪うんだな。」
「全部取っちまえ、兄さん! 」
一分も経たないうちに、彼は素っ裸にされていた。下着さえもこの悪ガキたちに脱がされていた。それから彼らは、不意打ちのパンチにうめいて腰まで水に浸かっている健次を川に残して、去っていった。
「絶対戻ってくるなよ、でないと殺すぞ! 」
兄弟たちは樹々の中へと向かって消えていった。健次は彼らを罵ののしりたかったが、この異常な状況の中で踏みとどまっていた。
蒼い霧…。浮かんでいる、いや、少年たちの周りを取り巻いている。だが彼らは、その霧を気にも留めていないようだった。それどころか、彼らの身体から出ているものに、まるで気が付いていないようにも見えた。
健次は、少年たちの周りで渦巻いている蒼い霧をただ見ていた。彼らが木の陰に隠れてしまうまで、彼は川の流れの中で裸のままで立ち、寒さとともに言葉を失っていた。
(何…何が起こってるんだ一体?)
健次は浮かび、漂っている。
完全な虚無の中で。
光り輝くリボンが暗闇に溢れ出でた。穏やかでありながら、眩まばゆく、まるで夜を照らす小さなライトのように。
どのくらいの時間が流れたのか、健次にはわからなかった。あるいは、自分がどこにいるのか。ただ、それが何であろうと、何かをつかまなければと思った瞬間、彼の指に何かが触れた。健次は残っていた全ての力を振り絞って、無我夢中でそれにしがみついた。
「捕めた!誰か! 」
叫び声がエコーとなって耳元で響いた。声が大きくなるに従い、やがて健次の意識もだんだんはっきりしてきた。まだだ。まだ生きていたい。
.突然、鼻腔の中を冷たい何かが溢れた。肺に何やら不可解なものが入って来たとき、彼の生存本能が彼をたたき起こしていた。目を開いて、起き上がり。
―― 水だ
「ぎゃああああああああああ!!」
彼の靴も、服も、口や耳でさえ、何もかも水浸しになっていた。彼は咳き込んで荒く息をしながら肺から水を追い出そうとし、手荒ながらも何とかそれをやり遂げたとき、何かがおかしいことに気が付いた。
彼は水の中に立っていた…。のではなく小川に立っていた。倒れたコンクリートの上ではなく。そして辺りを見回して、ビルの代わりに、高い樹々が取り囲んでいる場所であることを知った。足元を流れる水の音だけが聞こえている。
青い空が水面に映り、今が昼間であることがわかった。ついさっきまでは真夜中で、そんなに時間は経っていないはずだった。
さらに不可思議なことに、痛みはもう全く感じず、自由に動ける。車にぶち当たったことなど、まるでなかったかのように。
「あのぅ…人間ですか? 」
声がして、その方向へ健次がすぐに振り向くと、そこには健次とほぼ同じ年ぐらいの2人の少年が河岸に立っていた。
だが、日本人ではなかった。彼らの肌の色はずっと白く、髪と瞳の色はこげ茶だった。
右側の少年の方が背が低く、ややぽっちゃりしていて、そして彼の頬はプラムのように赤かった。反して彼の横に立っているもう一方の少年は葦のように細く、それに極端に背が高かった。少なくとも腕一本分の長さぐらいは差があるだろうか。
だが、そういったことよりも、もっと遥かに健次の目を引いたのは、彼らの身に着けていた衣類だった。農場で働く人のような出で立ちで、ポケットがなく、靴には靴紐もなかった。また普通のベルトの代わりに、紐のようなものを腰に巻いていた。
まるで、映画で見た中世ヨーロッパに出てくるような感じに見えた。
「黒い髪に黒い瞳…。ねえ、兄さん、彼はプライム人じゃないよ、きっと悪魔だ!」
(彼らが日本語をしゃべってる? これは何かの悪い冗談か?)
もうひとつの可能性が健次の頭をかすめた。…異世…、いや、まさか、そんなバカな。
「あのすみません、交番がどこにあるか教えてもらえますか。」
健次の問いに、少年たちは互いに顔を見合わせ、そして太めの方が用心深く言った。
「兄さん、彼は僕たちと同じ言葉をしゃべるよ。ってことは、彼は外国人じゃないのかな? 」
「僕は日本人です。ここは日本じゃないんですか? 」
その答えを聞くことはなく、代わりに健次を、少年たちが大いな好奇と困惑をあらわにして見つめた。
「彼、お金持ちそうだね、…兄さん。」
太めの方が感想を漏らした。
「だって、着ているシャツやズボン、高級な布で作ってるみたいだもん…。」
「ああ…。銀のコイン一枚ぐらいにはなるな。」
痩せた少年の方が言った。彼の声はずっと低く、鋭い響きがあった。
そして、二人が水に入って来た。捕食動物がその捕食対象を誘い込むのと同じように。太った方が、健次の周囲に回り込み、健次の肩を掴んだ。彼のその手はまるで鉄のようだった。
「おい、離せ!僕に触るなよ!」
健次の抗議は誰にも聞き届けられることはなく、痩せたほうが、すばやい動きで健次の脚を持ち上げ、健次のズボンをあっという間に脱がせた。
「離せ!何するんだよ、やめろ! 」
彼が叫ぶと、痩せた少年は健次のみぞおちにパンチを喰らわせた。突然の痛みが彼の腹部に広がる以外、健次にはなす術はなかった。激痛に耐えるために、すぐに彼はもがくのを放棄した。
「抵抗するなよ、お坊ちゃん。身なりがいいことを呪うんだな。」
「全部取っちまえ、兄さん! 」
一分も経たないうちに、彼は素っ裸にされていた。下着さえもこの悪ガキたちに脱がされていた。それから彼らは、不意打ちのパンチにうめいて腰まで水に浸かっている健次を川に残して、去っていった。
「絶対戻ってくるなよ、でないと殺すぞ! 」
兄弟たちは樹々の中へと向かって消えていった。健次は彼らを罵ののしりたかったが、この異常な状況の中で踏みとどまっていた。
蒼い霧…。浮かんでいる、いや、少年たちの周りを取り巻いている。だが彼らは、その霧を気にも留めていないようだった。それどころか、彼らの身体から出ているものに、まるで気が付いていないようにも見えた。
健次は、少年たちの周りで渦巻いている蒼い霧をただ見ていた。彼らが木の陰に隠れてしまうまで、彼は川の流れの中で裸のままで立ち、寒さとともに言葉を失っていた。
(何…何が起こってるんだ一体?)
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