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第三章 白瀬紗菜 ― 青の継承 ―
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白瀬紗菜(しらせ・さな)は、その朝、自分の部屋の隅に干された軍服を見て、昨夜の出来事が夢ではなかったことを知った。
血と火薬の匂いが、まだかすかに残っている。
焦げた布の袖口には、名札がついていた。
――桐生遼。
山で見つけたとき、彼は倒れていた。
頬には泥がつき、唇は乾ききっていた。
最初はコスプレかと思った。けれど、近づいた瞬間、鼻を刺す焦げた匂いと、焼けた金属の感触が、すべてを否定した。
「……大丈夫ですか?」
呼びかけると、彼はうっすら目を開け、掠れた声で言った。
「……大丈夫……まだ…飛ばなきゃいけないんだ……」
「でも…誰か助けを…」
「…頼む…誰にも…
知らせないでくれないか…」
「……作戦中何だ……」
意味がわからなかった。
でも、その眼の奥に宿る“何か”に心が動いた。
怖さよりも、助けたいという気持ちのほうが強かった。
不安はあった。でも、放っておけなかった。
両親は数日間の出張で不在――それだけが、唯一の救いだった。
辺りはすっかり暗くなっていた。
月明かりを頼りに、彼を支えながら山を下り、両親が不在の自宅へ運び込んだ。
水で体を拭き、焦げた上着を洗って干した。
彼は夜通し、熱にうなされながら何度も誰かの名を呼んだ。
「……司……」
その声があまりにも切実で、紗菜は眠れなかった。
夜が明けた今、彼はまだ眠っている。
その寝顔を見ていると、まるで“時代の欠片”がここに取り残されたように感じた。
「……あの人、何者なんだろう」
机の上には、昨夜書き留めたメモ。
――桐生遼/零戦/司。
試しにネットで検索してみたが、何も出てこない。
ふと、スマホの通知音が鳴った。
SNSのトレンド欄に、見覚えのある文字があった。
#山中に墜落した零戦
「……まさか」
指が勝手に動いた。
再生された映像には、焦げた機体と煙が映っている。
撮影者がカメラを揺らすたび、画面の端に彼の姿が見えた。
遼。
焼けた翼のそばで、空を見上げていた。
その顔に浮かぶのは、恐怖ではなかった。
まるで、未来を信じるような静かな笑み。
その直後、制服姿と思われる人物の後ろ姿が、映り込むがそこで、映像は途切れていた。
コメント欄は荒れていた。
> 「AIフェイク確定」
> 「昭和の映画の宣伝?」
> 「誰かの悪趣味なジョークだろ」
だが、一つだけ心に刺さるコメントがあった。
> 「……この人、本物かもしれない。以前、資料館で見た写真の人達と同じ目をしている。」
紗菜の胸が熱くなった。
あの瞳を、彼女は知っている。
信じることでしか立てなかった人の目だ。
紗菜は指を震わせながら、投稿を打った。
> 「あの人は、“本物”です。
> 彼は戦争を知らない時代に現れたけど、
> 私たちよりも、ずっと未来を信じていました。」
投稿ボタンを押すと同時に、心臓が跳ねた。
通知が鳴り止まない。
数分で何千もの“いいね”と“リポスト”が重なっていく。
> 「この子、会ったのか!?」
> 「涙が出た。信じたい。」
> 「#ゼロ戦の青年 がんばれ」
小さな画面の中で、言葉が光に変わっていく。
その光が、やがて国全体を照らすことになるとは、まだ知らなかった。
スマホが揺れる…
ニュース速報。
> 《若手政治家・天野蓮氏、“共生主義”を提唱。若者の間で支持拡大中》
紗菜は画面を開いた。
壇上で語る青年――その名を初めて知った。
天野蓮。
彼は真っ直ぐに前を見つめ、静かに語っていた。
> 「人が人を信じる政治を。
> 対立ではなく、共に生きる国をつくりたい。」
紗菜は小さく息を吐いた。
「……“共に生きる”……」
窓の外では、雨が上がり、星が顔を出している。
その空は、あの夜――桐生遼が祈った空と、同じ色をしていた。
青すぎる空の、その先で。
新しい時代の歯車が、静かに回り始めていた。
血と火薬の匂いが、まだかすかに残っている。
焦げた布の袖口には、名札がついていた。
――桐生遼。
山で見つけたとき、彼は倒れていた。
頬には泥がつき、唇は乾ききっていた。
最初はコスプレかと思った。けれど、近づいた瞬間、鼻を刺す焦げた匂いと、焼けた金属の感触が、すべてを否定した。
「……大丈夫ですか?」
呼びかけると、彼はうっすら目を開け、掠れた声で言った。
「……大丈夫……まだ…飛ばなきゃいけないんだ……」
「でも…誰か助けを…」
「…頼む…誰にも…
知らせないでくれないか…」
「……作戦中何だ……」
意味がわからなかった。
でも、その眼の奥に宿る“何か”に心が動いた。
怖さよりも、助けたいという気持ちのほうが強かった。
不安はあった。でも、放っておけなかった。
両親は数日間の出張で不在――それだけが、唯一の救いだった。
辺りはすっかり暗くなっていた。
月明かりを頼りに、彼を支えながら山を下り、両親が不在の自宅へ運び込んだ。
水で体を拭き、焦げた上着を洗って干した。
彼は夜通し、熱にうなされながら何度も誰かの名を呼んだ。
「……司……」
その声があまりにも切実で、紗菜は眠れなかった。
夜が明けた今、彼はまだ眠っている。
その寝顔を見ていると、まるで“時代の欠片”がここに取り残されたように感じた。
「……あの人、何者なんだろう」
机の上には、昨夜書き留めたメモ。
――桐生遼/零戦/司。
試しにネットで検索してみたが、何も出てこない。
ふと、スマホの通知音が鳴った。
SNSのトレンド欄に、見覚えのある文字があった。
#山中に墜落した零戦
「……まさか」
指が勝手に動いた。
再生された映像には、焦げた機体と煙が映っている。
撮影者がカメラを揺らすたび、画面の端に彼の姿が見えた。
遼。
焼けた翼のそばで、空を見上げていた。
その顔に浮かぶのは、恐怖ではなかった。
まるで、未来を信じるような静かな笑み。
その直後、制服姿と思われる人物の後ろ姿が、映り込むがそこで、映像は途切れていた。
コメント欄は荒れていた。
> 「AIフェイク確定」
> 「昭和の映画の宣伝?」
> 「誰かの悪趣味なジョークだろ」
だが、一つだけ心に刺さるコメントがあった。
> 「……この人、本物かもしれない。以前、資料館で見た写真の人達と同じ目をしている。」
紗菜の胸が熱くなった。
あの瞳を、彼女は知っている。
信じることでしか立てなかった人の目だ。
紗菜は指を震わせながら、投稿を打った。
> 「あの人は、“本物”です。
> 彼は戦争を知らない時代に現れたけど、
> 私たちよりも、ずっと未来を信じていました。」
投稿ボタンを押すと同時に、心臓が跳ねた。
通知が鳴り止まない。
数分で何千もの“いいね”と“リポスト”が重なっていく。
> 「この子、会ったのか!?」
> 「涙が出た。信じたい。」
> 「#ゼロ戦の青年 がんばれ」
小さな画面の中で、言葉が光に変わっていく。
その光が、やがて国全体を照らすことになるとは、まだ知らなかった。
スマホが揺れる…
ニュース速報。
> 《若手政治家・天野蓮氏、“共生主義”を提唱。若者の間で支持拡大中》
紗菜は画面を開いた。
壇上で語る青年――その名を初めて知った。
天野蓮。
彼は真っ直ぐに前を見つめ、静かに語っていた。
> 「人が人を信じる政治を。
> 対立ではなく、共に生きる国をつくりたい。」
紗菜は小さく息を吐いた。
「……“共に生きる”……」
窓の外では、雨が上がり、星が顔を出している。
その空は、あの夜――桐生遼が祈った空と、同じ色をしていた。
青すぎる空の、その先で。
新しい時代の歯車が、静かに回り始めていた。
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