宇宙艦紀アルカディア

Ilysiasnorm

文字の大きさ
11 / 11
第1章 黎明の航路

第10話 封印記録

しおりを挟む
格納庫の灯りは白く、冷たかった。
 EXA-01《ハルシオン》が回収され、整備班が外装パネルを外していく。
 蓮は機体から降ろされると、そのまま医療ユニットの簡易検査台に座らされた。
「意識ははっきりしてる?」
 医療班の声が落ち着いている。
「……問題ない」
 そう答えた瞬間、頭の奥が少しズキリとした。
 痛みというより、感覚が一拍遅れるような、気持ちの悪いズレだ。
 秋庭が端末を覗き込み、はっきり言う。
「時間同期のズレ。軽度です。致命的じゃない」
「視界ノイズは?」
 医療班が続ける。
「記録は残っています。神経に直接の損傷はありません」
 真壁が腕を組んだまま、周囲に聞こえる声で状況を整理した。
「他船団は接近拒否。危険区域は“立入禁止”で封鎖された。
 太平洋船団は――今この瞬間から孤立だ」
 誰も反論しない。
 それが結末であり、今の現実だった。
 蓮は検査台の端を強く握った。
「……観測者は俺を止めた」
「第三の存在は?」
 真壁が聞く。
「機体に割り込んできた。
 境界に触れた瞬間……時間が飛んだ。
 それから観測者が言った。『知ったな。次は選べ』」
 秋庭は短く頷く。
「回収データは確保できています。今から解析室で確認します」
 十分後。
 《オケアノス》の評議室には、太平洋船団の主要メンバーが揃っていた。
 オオトリ船団長。副長の真壁。主任解析官の秋庭。
 農業区画、工廠区画、医療、治安――各責任者。
 席につくなり、オオトリは前置きなしに言った。
「結論を先に言う。
 我々は孤立した。だが立ち止まらない」
 室内に緊張が走る。
 船団長はそのまま、指で机を三度叩いた。
「選択肢は三つある。
 一つ。孤立を受け入れ、封鎖区域から離れて航行を続ける。
 二つ。回収データを材料に、他船団へ封鎖解除と共同調査を求める。
 三つ。要求が拒否されても、我々だけで短縮航路を進む」
 治安責任者が先に口を開いた。
「孤立が長引けば、内部不満が増えます。
 “見捨てられた”という噂は、恐怖に変わります」
 農業責任者が続ける。
「補給が減るのが痛い。
 今すぐ破綻はしないが、長期的に持久力が落ちる」
 工廠責任者は端末を叩いた。
「部品の融通が止まる。
 交換用コイル、外殻材、医療用の精密部材――
 相互支援が前提の備蓄がある」
 真壁が短くまとめる。
「つまり孤立は“立場”じゃない。生存条件が悪くなる」
 オオトリは頷いた。
「だから我々は、データを使う。
 ――秋庭。現実の数字を出せ」
 秋庭がホログラムを展開する。星図と、二つの航路。
「安定航路の場合、到達まで百二十~百八十年」
「短縮航路の場合、到達まで四十~七十年」
 数字が出た瞬間、部屋の空気が変わった。
 七十年なら、今ここにいる大人たちが“結果”に手が届く。
 百八十年なら、船団は少なくとも二度、世代交代する。
 医療責任者が即答する。
「百八十年は危険です。
 世代が二回入れ替われば価値観が割れます。
 統治の合意が崩れた瞬間、船団は内側から壊れます」
 農業責任者も言い切った。
「閉鎖生態系は百年単位なら維持できる。
 でも二百年は“事故が続いたら終わる”」
 秋庭は結論を明確にした。
「短縮航路が必要です。
 短縮航路がないなら、アルカディアは希望ではなく“先延ばし”になります」
 オオトリは静かに息を吐く。
「地球に残った人々は、我々の成果に望みをかけている。
 数百年も待てない。
 だから――短縮航路を成立させる条件が必要だ」
 真壁が蓮を見る。
「お前が境界で聞いた“選べ”は、その条件に繋がってる」
 解析室で、秋庭は回収データを投影した。
 映像は歪み、音声は欠けている。だが数値は残っていた。
「境界は線じゃない。帯です」
 秋庭が言う。
「近づくほど現象が強くなる。時間同期のズレ、通信の乱れ、視覚ノイズ。
 そして――境界の奥へ入ると、ズレが戻らない」
 蓮が聞く。
「じゃあ、俺は奥に入ってないのか?」
「入っていません。外縁で触れただけです。
 観測者が止めたから戻れた」
 真壁が眉をしかめた。
「観測者の意図ははっきりしてるな」
 蓮が答える。
「越えるな、ってことだ」
 秋庭は、簡単な言葉にして整理した。
「境界のルールは一つです。
 『越えるな。外縁をなぞれ』
 越えたら壊れる。
 外縁なら通れる可能性がある」
 蓮は拳を握る。
「短縮航路は、境界の外縁を通る航路ってことか」
「その通りです」
 その夜。
 真壁、秋庭、蓮は深層アーカイブ区画に入った。
 扉の前で秋庭が先に言う。
「レイナ博士は境界の条件を知っていました。
 ただしログは一度書き換えられています。第三の存在の痕跡と一致します」
 端末が起動し、古い記録が表示された。
《DEEP ARCHIVE:E0計画》
《封印記録:航路条件》
 映像が流れる。古い船内。古い宇宙服。
 そして短い字幕。
《境界を越えるな》
《外縁を沿って通れ》
《越えた者は戻らない》
 真壁が言った。
「前の開拓隊が、越えたんだな」
 秋庭が頷く。
「越えてしまった。
 その結果、人が“人のまま戻れなかった”」
 蓮は息を飲む。
「……それが第三の存在?」
「可能性が高い。少なくとも“原因”はそこにあります」
 映像の次の場面。
 混線した命令。はっきりした言葉だけが残る。
『撤退は禁止』
『成果を最優先』
『越えろ』
 そして最後はノイズで崩れた。
 秋庭が結論を言い切る。
「当時の権力は隠しました。理由は簡単です。
 短縮航路がないと希望が成立しないから。
 事故を公表すれば、計画そのものが止まる。
 だから失敗を隠し、条件だけ残した」
 真壁は苦く笑った。
「人間らしい話だな」
 その瞬間、端末の画面が乱れた。
 文字が崩れ、映像が反転する。機械が壊れたのではない。
 何かが入り込んだ。
 音ではない。意味だけが、頭の中に直接入ってくる。
『そのデータを渡せ』
『境界を越えろ』
『お前の機体が必要だ』
 蓮は即座に言い返した。
「嫌だ。
 お前は人類を助けない。奪って、壊すだけだ」
 ノイズが強くなる。
『不完全……やり直し……』
 真壁が遮断レバーに手をかける。
 秋庭が叫んだ。
「今切ると、記録が消えます!」
「消える前に奪われる方が最悪だ!」
 真壁が遮断した。
 ――その瞬間、空気が軽くなった。
 重い圧が消えたのだ。
 蓮は分かった。
 観測者が、また介入した。第三の存在を押し返した。
 だが観測者は何も言わない。
 ただ“越えるな”という意志だけが残る。
 評議室へ戻ると、オオトリが全員に向けて結論を告げた。
「方針を決める。
 太平洋船団は短縮航路の準備に入る。
 ただし単独で突っ込む前に、他船団へ交渉する」
 秋庭が補足する。
「回収データを要約し、暗号化して送ります。
 内容は三点だけに絞る。
 ①境界は帯であり、越えれば戻れない
 ②外縁を沿えば短縮航路になる可能性がある
 ③第三の存在が妨害している」
 治安責任者が頷いた。
「それなら、船団内部にも説明できます。
 隠しすぎると不満が爆発する。最低限は共有すべきです」
 オオトリは蓮を見る。
「蓮。次は“観測”ではない。
 航路を選ぶ。
 そして、他船団を動かす」
 蓮は静かに答えた。
「分かってます。逃げない。選ぶ」
 送信用の暗号パケットが組み上がり、通信班が送信ボタンを押した。
 数秒後、端末に結果が並ぶ。
《受信拒否:連邦アーク》
《受信拒否:大洋連合》
《受信拒否:――》
 蓮が眉をひそめた、そのとき。
 たった一件だけ、返信が返る。
《東方同盟:受信確認。会う。条件がある》
 オオトリが立ち上がった。
「……来たな」
 格納庫の奥で、ハルシオンの装甲が閉じられていく。
 白と黒の機体は、静かに待っていた。
 遠い星の名は、まだ点にすぎない。
 だが、そこへ辿り着くための条件は、はっきりした。
 ――越えない。外縁をなぞって通る。
 太平洋船団は孤立したまま進む。
 その希望を守るために――次は、交渉が戦いになる。

第10話「封印記録」 完
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

転生先はご近所さん?

フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが… そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。 でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転

小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。 人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。 防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。 どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。

あなたのいない世界に私は生まれた

駄文のヒロ
SF
 西暦2051年12月上旬。  レイヤー聖台高等学校2年生の横澤穂花は、母である智美と穏やかな日々を送りながらも、心のどこかで言いようのない違和感を抱いていた。  優しく、何不自由なく育ててくれたはずの母――  けれど穂花は、『この人だけじゃない』という感覚を拭えずにいる。  自分を見守っている“もう一人の誰か”。  声も姿も思い出せないのに、確かに存在している気配。  それが母なのか、記憶なのか、あるいはただの思春期の錯覚なのか――  穂花自身にも分からない。  そんなある日、学校で囁かれている都市伝説を耳にする。  “世界を見守る守り神”  人知れずこの世界を監視し、迷える者の問いに応える存在がいるという噂。  真実を知りたい。  自分が感じているこの違和感の正体を確かめたい。  穂花は、誰にも打ち明けられない想いを胸に、その“守り神”に会いに行くことを決意する。  ――その選択が、世界の秘密と、彼女自身の出生の真実を揺るがすことになるとも知らずに。  人々のそれぞれの愛情を紡ぐ『あな生き』シリーズ最終章、始動!

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

処理中です...