4 / 13
第4話「騎士たちの眼差し」
しおりを挟む
演習が終わった翌朝。
城の中庭では、淡い陽が石畳を照らし、朝露の匂いが微かに漂っていた。
「……あれが“例の異邦人”か」
誠が歩くたび、その背中に視線が刺さる。
兵の中には敬意を込めた者もいたが、それ以上に多かったのは――猜疑。
「戦を知らぬ者が、戦を導く? 笑わせるな」
特にその声を強めていたのは、重鎧をまとった一人の騎士。
王国の古参にして、歴戦の勇――ケイ卿だった。
誠はその声に目を向けず、黙って前を向いた。
それが不信に対する答えだと思った。
そのとき……
「誠、すぐに支度を。辺境から緊急の報が届いた」
ベディヴィアの声が響いた。
王の使者が手渡した巻物には、ひとつの村が盗賊の襲撃を受け、被害を受けたことが記されていた。
「軍は動けぬ。……王は君を遣わすと決めた」
誠は息を呑んだ。
(俺が……?)
「偵察と、可能であれば被害の収束を――軍師としての初陣だ」
その任務には、ケイ卿と彼の副官グリフが同行を命じられた。
馬を走らせ、三人は午後には目的の村に到着した。
村は焼け跡の匂いと共に、静まり返っていた。
「……遅すぎたな」
ケイ卿が呟いた。
村の広場には崩れかけた倉庫、ひしゃげた柵、倒れたままの荷車。
老人や女たちが遠巻きに誠たちを見ていたが、誰も口を開かない。
そのときだった。
石が飛んだ。
「っ!」
頬にかすかな痛み。顔を上げると、10歳にも満たぬ少年がこちらを睨んでいた。
「なんで今さら来た! うちの牛、殺されたんだぞ!」
誰かが慌てて少年を抑えたが、その声は空気を貫いた。
誠はしばし言葉を失ったまま、拳を握りしめた。
(これが……“現実”か)
演習では誰も死ななかった。だが、この村はもう命の重さを知っている。
理屈では、動かせない想いがここにはある。
その夜。
誠は焚き火のそばで、地面に簡素な図を描いた。
「明日の夜、再び盗賊が来る」と、村の男が怯えながら告げたのだ。
「物資も兵もない。でも……この地形なら、守れる」
彼は倉庫の裏に落とし穴を掘るよう村人に頼み、
井戸の周囲に罠を、そして焚き火を“偽の避難所”に見せかけるよう指示した。
「まるで、おままごとだな」
ケイ卿が嘲るように言った。
「策というのはな……力があってこそ意味を持つものだ」
それでも誠は、静かに目を向けて言った。
「“命を奪うため”ではなく、“守るため”の策です。……それを笑いますか?」
ケイは答えなかった。代わりに、暗い空を見上げただけだった。
夜が明け、再び夜が来た。
盗賊団は十数人、予告通り現れた。
焚き火のそばに集落の灯が見える。狙い通り、彼らはそこを目指す。
だが――
「落ちろ!」
罠が作動し、先頭の盗賊が落とし穴に沈んだ。
井戸の裏に潜ませていた村人たちが音を立てて動くと、敵は混乱した。
「いま、囲め!」
誠の合図で、残っていた男たちが物陰から飛び出し、敵を取り囲んだ。
弓を構えた誠が叫ぶ。
「降伏しろ! もう逃げ場はない!」
だが一人の盗賊が刃を振り上げ、村の少年へと走りかかる。
「……ッ!」
誠の矢が放たれた。
刃が止まり、男が膝をつく。矢は肩を貫いていた。
「……ッはぁ、はぁ……」
少年は無事だった。誠の手は震えていた。
「……これが、“守る”ということか」
戦いが終わり、盗賊は捕縛された。
村人は静かに集まり、誠へと頭を下げた。
「……ありがとう、先生」
あの少年がぽつりと呟いた。
帰路の途中、ケイ卿が言った。
「一つだけ、認めてやろう」
「……?」
「お前は、少なくとも“人”の痛みを知っている」
それが称賛だったのか、忠告だったのか。
誠には、まだ分からなかった。
そして、カメロットに帰還した誠の名は、
再び、王の耳に届くこととなる。
――その男、剣を振るわずして“村”を救いし者。
だが同時に、初めて“誰かを傷つけた”軍師でもあった。
彼の中の正義は、静かに問いかけていた。
これは、“始まり”なのか――“破綻”なのか……と。
城の中庭では、淡い陽が石畳を照らし、朝露の匂いが微かに漂っていた。
「……あれが“例の異邦人”か」
誠が歩くたび、その背中に視線が刺さる。
兵の中には敬意を込めた者もいたが、それ以上に多かったのは――猜疑。
「戦を知らぬ者が、戦を導く? 笑わせるな」
特にその声を強めていたのは、重鎧をまとった一人の騎士。
王国の古参にして、歴戦の勇――ケイ卿だった。
誠はその声に目を向けず、黙って前を向いた。
それが不信に対する答えだと思った。
そのとき……
「誠、すぐに支度を。辺境から緊急の報が届いた」
ベディヴィアの声が響いた。
王の使者が手渡した巻物には、ひとつの村が盗賊の襲撃を受け、被害を受けたことが記されていた。
「軍は動けぬ。……王は君を遣わすと決めた」
誠は息を呑んだ。
(俺が……?)
「偵察と、可能であれば被害の収束を――軍師としての初陣だ」
その任務には、ケイ卿と彼の副官グリフが同行を命じられた。
馬を走らせ、三人は午後には目的の村に到着した。
村は焼け跡の匂いと共に、静まり返っていた。
「……遅すぎたな」
ケイ卿が呟いた。
村の広場には崩れかけた倉庫、ひしゃげた柵、倒れたままの荷車。
老人や女たちが遠巻きに誠たちを見ていたが、誰も口を開かない。
そのときだった。
石が飛んだ。
「っ!」
頬にかすかな痛み。顔を上げると、10歳にも満たぬ少年がこちらを睨んでいた。
「なんで今さら来た! うちの牛、殺されたんだぞ!」
誰かが慌てて少年を抑えたが、その声は空気を貫いた。
誠はしばし言葉を失ったまま、拳を握りしめた。
(これが……“現実”か)
演習では誰も死ななかった。だが、この村はもう命の重さを知っている。
理屈では、動かせない想いがここにはある。
その夜。
誠は焚き火のそばで、地面に簡素な図を描いた。
「明日の夜、再び盗賊が来る」と、村の男が怯えながら告げたのだ。
「物資も兵もない。でも……この地形なら、守れる」
彼は倉庫の裏に落とし穴を掘るよう村人に頼み、
井戸の周囲に罠を、そして焚き火を“偽の避難所”に見せかけるよう指示した。
「まるで、おままごとだな」
ケイ卿が嘲るように言った。
「策というのはな……力があってこそ意味を持つものだ」
それでも誠は、静かに目を向けて言った。
「“命を奪うため”ではなく、“守るため”の策です。……それを笑いますか?」
ケイは答えなかった。代わりに、暗い空を見上げただけだった。
夜が明け、再び夜が来た。
盗賊団は十数人、予告通り現れた。
焚き火のそばに集落の灯が見える。狙い通り、彼らはそこを目指す。
だが――
「落ちろ!」
罠が作動し、先頭の盗賊が落とし穴に沈んだ。
井戸の裏に潜ませていた村人たちが音を立てて動くと、敵は混乱した。
「いま、囲め!」
誠の合図で、残っていた男たちが物陰から飛び出し、敵を取り囲んだ。
弓を構えた誠が叫ぶ。
「降伏しろ! もう逃げ場はない!」
だが一人の盗賊が刃を振り上げ、村の少年へと走りかかる。
「……ッ!」
誠の矢が放たれた。
刃が止まり、男が膝をつく。矢は肩を貫いていた。
「……ッはぁ、はぁ……」
少年は無事だった。誠の手は震えていた。
「……これが、“守る”ということか」
戦いが終わり、盗賊は捕縛された。
村人は静かに集まり、誠へと頭を下げた。
「……ありがとう、先生」
あの少年がぽつりと呟いた。
帰路の途中、ケイ卿が言った。
「一つだけ、認めてやろう」
「……?」
「お前は、少なくとも“人”の痛みを知っている」
それが称賛だったのか、忠告だったのか。
誠には、まだ分からなかった。
そして、カメロットに帰還した誠の名は、
再び、王の耳に届くこととなる。
――その男、剣を振るわずして“村”を救いし者。
だが同時に、初めて“誰かを傷つけた”軍師でもあった。
彼の中の正義は、静かに問いかけていた。
これは、“始まり”なのか――“破綻”なのか……と。
0
あなたにおすすめの小説
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
背徳のミラールージュ(母と子 それぞれが年の差恋愛にのめり込んでいく鏡写し)
MisakiNonagase
恋愛
24歳の市役所職員・中村洋平には、自慢の恋人がいた。2歳年上の小学校教師、夏海。誰もが羨む「正解」の幸せの中にいたはずだった。
しかし、50歳になる母・美鈴が21歳の青年・翔吾と恋に落ちたとき、歯車は狂い出す。
母の恋路を「不潔だ」と蔑んでいた洋平だったが、気づけば自分もまた、抗えない引力に引き寄せられていた。
その相手は、母の恋人の母親であり、二回りも年上の柳田悦子。
純愛か、背徳か。4年付き合った恋人を捨ててまで、なぜ僕は「彼女」を求めてしまうのか。
交差する二組の親子。歪な四角関係の果てに、彼らが見つける愛の形とは――。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる