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第1話 空図巻の少年
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空を仰いだとき、ナイルはほんの少しだけ、この世界を好きになれる気がした。
軋む鉄板の屋根。空気に焦げた油の匂い。遠くから聞こえる汽笛の音。
ここは蒸気と煙が空を染める街――“テルグラム”。
ナイルは十二の頃から、街外れにある空挺機工房《レヴォル工房》で働いている。
親方のヴォルスは無口だが腕は確かで、時折ナイルに工具を投げて寄こす以外は、口出しも少ない。
「ナイル! ぼさっとすんな。気化圧調整弁が焼けるぞ!」
「はい、今直します!」
ナイルはすすで汚れたゴーグルを額に上げ、空挺機の腹に潜り込んだ。
空挺機――それはこの世界の“空の船”。都市間移動も、荷物の輸送も、戦争も、空を飛ぶことで成り立っている。
ナイルはこの機械たちが好きだった。いや、空を飛ぶものすべてが好きだった。
夜。工房の二階――工具棚と古い部品に囲まれた、わずか二畳ほどのスペース。
ナイルはそこに敷かれた寝台に横になり、小さなランプの下で古びた本を開いていた。
それが、父の形見――《空図巻》だった。
黄ばんだページには、意味のわからない幾何学模様と、風の流れ、星の配置が描き込まれている。
「……ペルニシカ。雲の上の、忘れられた都市」
父は死ぬ間際に言った。
> 「空を信じろ、ナイル。ペルニシカは夢なんかじゃない。いつか、おまえが辿り着く」
そんなのは、誰も信じなかった。
街の連中は「空図巻詐欺」の話と同列に扱ったし、からかう者もいた。
でも、ナイルは信じていた。信じるしかなかった。
それがなければ、空に向かって生きていく理由すら、失ってしまうからだ。
――そのときだった。
窓の外で、何かがひゅうっと流れる音がした。
ナイルは顔を上げた。夜空に、星が一列に並んでいる。
「……!」
彼は本のあるページをめくった。
星々が一直線に重なる日、空の門が開く――そんな一節があった。
心臓が高鳴る。
けれど今は、ただ見上げるしかできない。ナイルはまだ、地に縛られた少年だから。
「……いつか。絶対に」
彼はそっと、空図巻を胸に抱えた。
鉄の街の片隅、工房の屋根裏で、誰も知らぬ伝承を信じ続けるひとりの少年の夜が、静かに更けていく。
軋む鉄板の屋根。空気に焦げた油の匂い。遠くから聞こえる汽笛の音。
ここは蒸気と煙が空を染める街――“テルグラム”。
ナイルは十二の頃から、街外れにある空挺機工房《レヴォル工房》で働いている。
親方のヴォルスは無口だが腕は確かで、時折ナイルに工具を投げて寄こす以外は、口出しも少ない。
「ナイル! ぼさっとすんな。気化圧調整弁が焼けるぞ!」
「はい、今直します!」
ナイルはすすで汚れたゴーグルを額に上げ、空挺機の腹に潜り込んだ。
空挺機――それはこの世界の“空の船”。都市間移動も、荷物の輸送も、戦争も、空を飛ぶことで成り立っている。
ナイルはこの機械たちが好きだった。いや、空を飛ぶものすべてが好きだった。
夜。工房の二階――工具棚と古い部品に囲まれた、わずか二畳ほどのスペース。
ナイルはそこに敷かれた寝台に横になり、小さなランプの下で古びた本を開いていた。
それが、父の形見――《空図巻》だった。
黄ばんだページには、意味のわからない幾何学模様と、風の流れ、星の配置が描き込まれている。
「……ペルニシカ。雲の上の、忘れられた都市」
父は死ぬ間際に言った。
> 「空を信じろ、ナイル。ペルニシカは夢なんかじゃない。いつか、おまえが辿り着く」
そんなのは、誰も信じなかった。
街の連中は「空図巻詐欺」の話と同列に扱ったし、からかう者もいた。
でも、ナイルは信じていた。信じるしかなかった。
それがなければ、空に向かって生きていく理由すら、失ってしまうからだ。
――そのときだった。
窓の外で、何かがひゅうっと流れる音がした。
ナイルは顔を上げた。夜空に、星が一列に並んでいる。
「……!」
彼は本のあるページをめくった。
星々が一直線に重なる日、空の門が開く――そんな一節があった。
心臓が高鳴る。
けれど今は、ただ見上げるしかできない。ナイルはまだ、地に縛られた少年だから。
「……いつか。絶対に」
彼はそっと、空図巻を胸に抱えた。
鉄の街の片隅、工房の屋根裏で、誰も知らぬ伝承を信じ続けるひとりの少年の夜が、静かに更けていく。
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