雲の上のペルニシカ

Ilysiasnorm

文字の大きさ
3 / 12

第3話 火花と職人の背中

しおりを挟む
昼下がりの工房は、鉄と蒸気と油の匂いが濃く漂っていた。

 ナイルは胴の長いレンチを片手に、空挺機の腹部に潜り込んでいる。
 熱を帯びた金属が頬をかすめ、微細な火花がぱちぱちと飛び散った。

「そこ、締めすぎんな。軸が歪む」

 低い声が、機体の外から響いた。ヴォルス親方だ。

「わかってます」

 そう言いながらも、ナイルは工具の角度を少し緩めた。
 親方は口数が少ないが、その一言一言には“長年の勘”が詰まっている。
 ナイルはそれを知っていた。

 午後も半ばに差しかかった頃、事件は起きた。
 整備中の機体の燃料供給管が異常な圧を示し、計器の針が急上昇する。

「やば……!」

 咄嗟にナイルはバルブを閉め、冷却弁を解放する。
 金属のきしむ音とともに、白い蒸気が勢いよく吹き出した。

 作業場の仲間たちが息を呑む中、親方が静かに近づいてくる。
 そして計器を一瞥し、蒸気が収まるのを確認すると、ただ一言。

「……よく見てたな」

 それだけ言い残し、親方は別の作業台へ向かっていった。

 夕方、作業を終えて着替えをしていると、ナイルの机に何かが置かれていることに気づいた。
 新品の、手になじみやすい握りのレンチだった。
 名前は刻まれていないが、ナイルはすぐにそれが親方からのものだとわかった。

 手に取ると、鉄の冷たさの中に、どこか温かいものがある気がした。

 その夜、工房の二階の自室。
 ランプの下で空図巻を開きながら、ナイルはレンチを机の横に置いた。
 ページの上では、星々の線がゆるやかに近づき、形を整えつつある。

「……もうすぐ、なのか?」

 つぶやいた声は、窓の外の夜風に溶けていった。

 階下では、親方が黙々と工具の手入れをしている音が、いつまでも響いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす

蒼月よる
ファンタジー
七日後、この港に神罰が落ちる。 追放された元観測士イオナだけが、その事実を知っていた。 しかも災害は自然現象ではない——誰かが、意図的に引き起こそうとしている。 港の上層部はすでに手を打っていた。「下層区画を緩衝被害区として切り捨てる」秘密契約。被害を最小限に見せかけ、体制を守る冷徹な計画だ。 イオナは元護送隊長ガルム、荷運び組合長メラとともに動き出す。 犯人を暴き、証拠を公開し、住民を逃がし、工廠を止める——すべてを七日で。 被害を「選ぶ」管理か、全員を「残す」運用か。 追放観測士の、七日間の港湾カウントダウン・サスペンス。 この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。 ・世界観・設定の管理補助 ・プロット段階の壁打ち ・作者による執筆後の校正

小さくなった夫が可愛すぎて困ります

piyo
恋愛
夫が、ある日突然、幼児の姿になってしまった。 部下の開発中の魔法薬を浴びてしまい、そのとばっちりで若返ってしまったらしい。 いつも仏頂面な夫が、なんだかとっても可愛い――。 契約結婚で、一生愛とは無縁の生活を送ると思っていたノエルだったが、姿が変わってしまった夫を、つい猫可愛がりしてしまう。 「おい、撫でまわすな!」 「良いじゃありませんか。減るもんじゃないし」 これまで放置されていた妻と、不器用に愛を示す夫。 そんな二人が、じれじれ、じわじわとお互いの距離を詰めていく、甘くて切ない夫婦再生の物語 ※完結まで毎日更新 ※全20話くらい ※一章ほのぼの、二章シリアスの二部構成です。 ※他サイトにも投稿

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

行き遅れ王女、重すぎる軍団長に肉で釣られる

春月もも
恋愛
25歳、独身、第四王女システィーナ。 夜会でも放置されがちな行き遅れ王女の前に、ある夜突然現れたのは、ローストビーフを差し出す重すぎる第三軍団長だった。 形のない愛は信じない。 でも、出来立ての肉は信じてしまう。 肉に釣られ、距離を詰められ、気づけば下賜され、そして初夜へ。 これは、行き遅れ王女が重たい愛で満たされるまでの、ちょっとおかしなお話。

最愛が……腕の中に……あるのに……

#Daki-Makura
ファンタジー
最愛と結ばれたかった…… この国を最愛と導きたかった…… その願いも……叶わないのか……

女神に頼まれましたけど

実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。 その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。 「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」 ドンガラガッシャーン! 「ひぃぃっ!?」 情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。 ※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった…… ※ざまぁ要素は後日談にする予定……

ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています

紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、 ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。 「もう君は、僕の管理下だよ」 退院と同時に退職手続きは完了。 住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。 外出制限、健康管理、過保護な独占欲。 甘くて危険な“保護生活”の中で、 私は少しずつ彼に心を奪われていく――。 元社畜OL×執着気味の溺愛社長 囲い込み同棲ラブストーリー。

処理中です...