雲の上のペルニシカ

Ilysiasnorm

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第12話 空挺騎士セリカ

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心臓室に残る青い光が、かすかに脈打っていた。
 結晶の中で眠る“本体”は、まだ目を開けない。
 けれど確かに――指先が動いた。
 それだけで、ナイルの胸は熱くなった。
 その熱を切り裂くように、警告音が鳴り響く。
『外部勢力接近
 地上王国軍――識別信号確認』
 金属が擦れる音。足音。遠くで短い号令。
 リュミエールの光が揺らいだ。思念体の輪郭が薄くなり、声にも焦りが混じる。
「……来ています……複数……」
「どれくらいだ」
「少なくとも……小隊規模……。都市の防衛機構が……迎撃モードに……」
 廊下の紋様が赤く点灯し、壁が不穏な唸りを上げる。
 黒い霧が、床を這い始めた。
 ナイルは即座に判断した。
「ここから離れる。心臓室を知られたら終わりだ」
「……でも……」
 リュミエールが結晶を見つめる。迷いが浮かぶ。
「守る。絶対に。だから今は――ここを隠すために動く」
 ナイルは頷き、通路へ走り出した。
 その頃、ペルニシカ外縁――。
 崩れた広場の上空で、空気が裂けた。
 星の門とは違う、乱暴にこじ開けられた“航路”。
 そこから鋼の小型艇が三機、滑り出す。
 着地の衝撃で石畳が砕け、砂塵が舞った。
 降下した兵たちは装甲服と小型噴射装置を身にまとい、銃と刃を携えている。
「……これが、空の遺跡……」
「噂以上だ……!」
 だが驚きは一瞬で終わった。
 黒い霧が足元から噴き上がり、赤い眼が灯る。影の守護者が先遣隊を包囲したのだ。
「来るぞ――!」
 最初の影が跳んだ。
 兵が一人、悲鳴を上げて吹き飛ぶ。
「散開! 陣形を――!」
 混乱が広がりかけた瞬間、ひとりの女が前に出た。
 銀灰の外套。空挺騎士の徽章。腰には長剣。
 視線は鋭く、迷いがない。
「慌てるな。下がるな。守れ」
 冷たい声が、広場を貫いた。
「負傷者を中央へ。盾を立てろ」
 女は負傷兵の前に立ち、影を睨む。
「影は核を持つ。目を凝らせ。――斬るのは“中心”だけでいい」
 女――セリカは、影が跳ぶ瞬間に一歩踏み込んだ。
 剣が閃く。刃が風を切り、影の中心に走る赤い光を断つ。
 霧が弾け、影が消える。
 兵たちが息を呑む。
「……隊長……!」
「立て。死ぬな。生きろ」
 セリカは次の影へ視線を向けた。
「目的は鍵の確保。都市の奥には踏み込むな――命令だ」
 短く、はっきりと言い切る。
「この都市は遺跡じゃない。暴走すれば――空が落ちる」
 同じ頃、回廊の奥では――。
 ナイルは走りながら息を整えていた。
 壁の紋様が赤く点灯し、影が増えているのが分かる。
 リュミエールは揺れ、光が弱まっていた。
「……だめ……都市が……全面起動に近い……」
「もつか?」
「……今は……あなたの近くなら……」
 その言葉が終わらないうちに、角を曲がった先で金属音が響いた。
 ナイルは足を止めた。
 崩れたアーチの向こう。王国兵が三人。
 そして――先頭に立つ女。
 セリカ。
 視線がナイルを射抜く。
 すぐに胸元の《空図巻》に反応したように目を細めた。
「……鍵だ」
 短い断言。
 ナイルは反射的に身構える。
「お前ら……地上の……?」
「地上王国空挺騎士団、セリカ。あなたを確保する」
 言い方は丁寧だが、拒否は許さない口調だった。
「確保って……ふざけんな。俺は――」
「あなたが何者かは関係ない。鍵を野放しにすれば、世界が燃える」
 セリカが一歩踏み出す。兵が拘束具を構える。
 ナイルの心臓が跳ねた。
(ここで捕まったら……心臓室が……リュミエールが……)
「来るなら来いよ」
 ナイルは拳を握り、風の感覚を探った。
 空気が“線”として視える。あの感覚が薄く戻ってくる。
 セリカは驚いたように眉を動かした。
「……風の紋……? あなた、ただの少年じゃないわね」
 次の瞬間、セリカが動く。
 無駄のない踏み込み。剣の柄でナイルの腕を払う。
「っ!」
 痛みが走る。ナイルは風の線を辿り、ぎりぎりで退く。
 だがセリカの動きは速い。経験差が突きつけられる。
「動けるのは分かった。けど勝てない」
 冷たい言い方だが、嘲りではない。
「抵抗はやめて。傷つけたくない」
「俺だって……やられたくない!」
 ナイルが飛び退いた瞬間――床を這う黒い霧が跳ね上がった。
 赤い眼。影の守護者が、両者を分け隔てなく襲う。
「……っ、影が!」
 兵が叫ぶ。
 影が一体、兵を弾き飛ばし、次の一体がセリカへ向かう。
 セリカは舌打ちし、刃を振るう。
「邪魔をするな!」
 ナイルも反射的に動いた。風の線が見える。攻撃の筋が分かる。
「左だ!」
 セリカが一瞬だけ視線を動かす。
 その“左”から影が突進し、セリカは最短の動きで核を断った。
 影が霧散する。
 続けて別の影がナイルへ。
 リュミエールが光を広げようとするが、揺らぐ。思念体の限界が見える。
「……っ、だめ……!」
「俺がやる!」
 ナイルは風を辿り、影の核へ突っ込む。
 光の輪郭が腕に絡み、刃の形を作りかける――が、安定しない。
 そこへセリカが割って入り、影を斬った。
 霧が消え、回廊に静寂が戻る。
 息を切らす兵。剣を下ろさないセリカ。
 そしてナイル。
 セリカは言った。
「……今のは助かった。けど終わりじゃない。鍵は渡して」
「渡せるわけないだろ!」
 セリカの目が細くなる。
「あなたが持っているのは“都市”じゃない。“兵器”よ。
 制御できなければ、地上が滅ぶ」
 その言葉の重さに、ナイルの背筋が冷えた。
 だが――今は議論の時間じゃない。
 リュミエールがぐらりと揺れた。光が薄くなる。
「ナイル……私……長く……」
「くそ……!」
 ナイルは瞬時に決めた。
(勝つより、守る。ここで捕まったら終わる)
 ナイルはセリカを見据え、短く言う。
「悪い。今は付き合ってられない」
 そして走った。リュミエールを連れ、崩れた通路へ飛び込む。
「追え!」
 兵が動こうとしたが、セリカが手で止めた。
「待て。影が増えている。焦って隊を死なせるな」
 セリカは回廊の闇を見つめ、低く言った。
「……でも逃がさない。鍵は必ず回収する」
 ナイルは狭い通路を走り抜ける。
 背後から追跡の足音はまだ遠い。
 だが都市の鼓動は、確実に大きくなっていた。
 遠くの街路で、赤い眼が――一斉に灯った。
 まるで都市が“息を吸う”ように、闇が膨らむ。
 リュミエールがか細い声で呟く。
「……本体が……危ない……
 都市は……目覚めを拒んで……暴れています……」
「分かってる。絶対守る。心臓室は……渡さない」
 遠くで塔が赤く脈動し、影の唸りが響いた。
 ペルニシカは、完全な目覚めへ向かっている。
 そして地上の王国は、鍵を求めて迫ってくる。
 空の都市を巡る戦いが、始まった。
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