夏空 ……一夏の想いで。

Ilysiasnorm

文字の大きさ
1 / 11

第1話 風、来たる…

しおりを挟む
七月も終わりに近づいた頃。
夏休みを目前に控えた教室の空気は、どこか浮ついていた。
期末テストも終わり、あとは終業式を待つばかり……そんなタイミングで、転校生がやってきた。

「風見瑠璃さんです。夏の間だけ、うちの学校に通うことになりました。皆さん、よろしくお願いしますね」

担任の岡本先生がそう紹介したとき、僕を含めたクラス全体が「えっ」という感じでざわめいた。
今から転校してくるなんて、ちょっと珍しい。しかも「夏の間だけ」と言われると、何か事情があるのかなと勘ぐりたくなる。

彼女は、名前のとおりどこか風に似ていた。
静かで、でも確かにそこにいる。
さらっとした長い黒髪を後ろでまとめ、制服の袖をきちんと折ったその姿は、少し古風で、けれど妙に印象に残る子だった。

「……風見瑠璃です。よろしくお願いします」

声は小さかったけれど、はっきりと届いた。
それだけで、何となく“芯のある子だな”と僕は思った。

風見さんの席は、僕の二つ後ろ。
彼女は静かに座り、黒板を見つめたまま、何も喋らなかった。

その日一日、彼女はほとんど誰とも話さなかった。
昼休みにもひとりでお弁当を食べ、放課後も早々に姿を消していた。

(まあ、無理もないか)
いきなりこの時期に転校してきて、すぐに馴染めるわけがない。

ただ……
風見さんが教室に来た瞬間、廊下から入り込んだ風が、カーテンをひらりと揺らしたのを、僕はなぜかよく覚えている。

週末、僕は母に頼まれて、街の外れにある親戚の温泉旅館へ荷物を届けに行った。
「清水屋」といって、このあたりでは一番古くて大きな旅館だ。
叔母――母の姉が女将をしていて、子どもの頃はよく夏休みに泊まりに来たけれど、最近はほとんど顔を出していなかった。

帳場で声をかけると、奥から誰かの気配がした。

「いらっしゃいませ……あっ」

姿を現したのは、まさかの風見さんだった。

浴衣にエプロン、手には木製の盆。
僕の知っている制服姿とはまるで違っていて、一瞬、誰だかわからなかったほどだ。

「……風見さん、だよね?」

「うん。びっくりした。まさか、同じ学校の人にここで会うなんて」

彼女は小さく笑った。
その笑顔が、教室で見るより少しだけ柔らかく見えたのは、照明の加減だけじゃないと思う。

「僕、この旅館の親戚なんだ。今日、荷物を届けに来てて」

「そっか。私、ここの舞台で芝居するために来てるの。……一応、旅芸人なの」

「旅芸人?」

僕が驚いて聞き返すと、彼女はほんの少し恥ずかしそうにうなずいた。

「夏の間だけ、この旅館でお芝居するの。昼は少し仲居の手伝いもしてるけど、本当は……夜の舞台が本番」

「……すごいね。まさか、そういう人だったなんて」

「ふふ。変わってるよね。自分でも、ちょっと不思議な人生だなって思うの」

ふいに、奥から女将――叔母が顔を出した。

「まあ、ちょうど良かった。圭人(けいと)も手が空いてるなら、少しだけお手伝いしていってくれる?」

「えっ、僕も?」

「ちょうど人手が足りないのよ。風見さん、案内お願いできる?」

「はい、喜んで」

彼女はそう言って、僕に軽く会釈をした。
その仕草は、教室の誰よりも大人びていて、それでいて、どこか演技のようにも見えた。

不思議と胸の奥に、風が吹いた気がした……

こうして、僕と彼女の“夏”が始まった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

悪役令嬢は手加減無しに復讐する

田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。 理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。 婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。

明日結婚式でした。しかし私は見てしまったのです――非常に残念な光景を。……ではさようなら、婚約は破棄です。

四季
恋愛
明日結婚式でした。しかし私は見てしまったのです――非常に残念な光景を。……ではさようなら、婚約は破棄です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...