【メモリーバンク】記憶ゼロの俺が、量子の魔法で世界を変える ~封じられた過去が今、再構築をはじめる~

カイワレ大根

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第1章

第2話 恐怖と"生"の境界線

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 金色の穂が波のように揺れ、遠くの森がざわめく。
 風が吹き抜ける草原を、リュークはひとり歩いていた。

 神殿を探すには、情報がいる――
 紙は行き先だけを示し、道筋は教えてくれなかった。だからこそ、まず人を探すしかない。

 頼りになるのは、「神殿へ」とだけ記されていたメッセージ。
 人の気配もなく、地図になるものもない。

 せめて情報を持っていそうな人間が集まる場所――村か、集落の一つでも見つかればいいが、今のところ足跡ひとつ見当たらない。

 足元で何かが引っかかり、しゃがんで拾い上げる。
 風に運ばれてきたのは、前と同じような小さな紙片だった。
 ざらついた質感、焦げ茶の縁。
 記された文字は、前とは違っていた。

『君はまだ、自分が"見ている"ものを知らない』

「……は?」

 確か前は『世界は、すべて偽りである』だった。
 裏は白紙――だが胸の奥に、かすかな"違和感"が残る。
 
 紙を畳み、ポケットにしまう。
 風がねじれ、空気が震えた。
 草の海が不自然に押し返される。
 ガサリ。茂みが揺れ、低い唸りが響く。

「っ……!」

 ウルフ――。

 鋭い牙が光り、音もなく跳びかかってくる。
 ――来る。
 本能が叫び、足が勝手に地を蹴った。
 転がるように身をひねる。

 ガリッ。

 脇腹を裂かれる。熱い鉄の匂い。

「ぐっ……!」

 視界が揺れ、息が詰まる。
 もう一撃――喉元に影が迫る。

(……嫌だ)

 誰にも知られず、記憶にも残らず、ただ消える――その未来を、拒絶した。
 砂が舞う。反射的に足が動いた。

 ズザッ。

 蹴り上げた砂がウルフの目を覆う。
 咆哮が草原を震わせる。

(今しかない!)

 リュークは短剣を突き出した。
 全身の力と、生きたいという拒絶を刃に叩き込む。

 ブシュゥッ。

 肉を裂く感触。骨に触れる鈍い抵抗が伝わった。
 血飛沫が頬を打つ。
 ウルフがのけ反り――

 ――だが、倒れない。

「嘘だろ……!」

 裂けた肩口から鮮血を撒き散らしながら、獣はなおも牙を剥く。
 短剣が弾かれ、草むらへ転がった。

 武器がない。
 心臓が喉を突き上げる。

(冷静になれ――こいつの動きを見極めろ)

 ウルフが地を蹴る。
 リュークは咄嗟に小石を拾い、横顔へ投げつけた。
 カツン――乾いた音。獣の視線がわずかに逸れる。

(今だ!)

 低木の蔦を掴み、力任せに獣の脚へ投げつける。

 ギチッ――バキッ。

 絡みついた蔦が関節を締め上げ、軋む音。
 拘束はすぐに千切れたが、それで十分だった。

 リュークは草むらへ転がった短剣へ手を伸ばす。
 指先が土を掻き、ようやく冷たい鉄を掴み取った。

「……まだ、終わらせない」

 立ち上がる。膝が笑っている。
 それでも、刃を握り直した。

 ウルフが跳躍し、襲って来る。
 牙が迫る――。

 その瞬間、首飾りが熱を帯た。
 喉の奥から言葉が溢れる。

「……メモリーバンク」

 無意識に、舌が動いた。

(この言葉……何だ? 意味は分からないのに――)

 刹那、全身に戦闘の感覚が走る。
 短剣が手に馴染み、踏み込みと振り抜きが――**自分の記憶ではない"誰かの技術"**として流れ込んだ。

 燃え盛る都市で剣を構える誰かの残像が、脳裏を駆け抜ける。

 リュークの身体が、勝手に動いた。
 低く沈み、ウルフの突進を紙一重で躱す。
 そのまま捻じ切るように短剣を横薙ぎに振り抜く。

 グシャリッ。

 肉が裂ける鈍い感触が腕から脳天へ突き抜ける。
 骨をかすめる硬質な抵抗と、濁った体温が一気に刃へ絡みついた。
 ウルフは絶叫を上げることもなく、地面へ崩れ落ちる。

 ――どさり。

 痙攣を繰り返したのち、獣の身体は完全に沈黙した。


 リュークは膝を折り、荒い息を吐く。
 心臓が喉を突き上げ、耳の奥では血流が轟く。

「……生きてる」

 その実感が、遅れて襲ってきた。
 胸の奥で、小さな安堵がぱちんと弾ける。
 脇腹の傷口が脈打ち、熱い血が指先を伝う。

 痛い。

 けれど、この痛みこそが――"ここに在る"という、消えない証だった。

「怖かった。死ぬと思った」

 かすれた声がこぼれる。
 それでも、今はこうして息をしている。
 まだ終わっていない。ここから先へ、進める。
 悔しさと安堵がいっぺんに溢れ、力が抜けた。

 リュークは布を裂き、脇腹へ巻きつける。

 ギリッ――

 縛るたびに痛みが跳ねるが、それが確かに"生"を刻んでいた。
 この痛みを覚えている限り、自分の物語は続いていく。
 "生き残った"という事実だけが、胸の奥でまだ熱を帯びている。
 負けっぱなしじゃない。一度は死線を越えた――その事実が、かすかな自信となって灯る。

 なぜ戦えた?
 初めてのはずなのに、この身体は戦い方を――"知っていた"。

「メモリーバンク……」

(あの瞬間、身体が軽くなった。動きが“はまった”感覚があった)
(技術が勝手に流れ込んできたというより……眠っていたものが“目を覚ました”みたいだった)

(これはきっと――進むための道標だ)

「……悪くない」

(もっと戦える。もっと強くなれる。
 “上書き”じゃない――“積み上げ”だ。今の俺に必要なのは、そういう力だ)



 リュークは息を整え、周囲を見渡す。

 ふと、足元に浅い足跡が残っていた。乾ききっていない。
 しゃがみこみ、輪郭をなぞる。

 ――小柄な歩幅。
 子供の姿が、脳裏をかすめた。

 足跡は森の茂みへ続いている。
 人のものだ。

(……誰かがここを通った)

 導かれているような感覚――それは偶然ではない。

 リュークは、視線を茂みの奥へと向ける。

 足跡を追い、人の気配の真偽を確かめるため、情報を得るために。

 その瞬間、空気がわずかに揺れた。
 背を撫でるような"視線"が、確かにあった。

(……誰かが、見ている)

 鼓動が跳ねる。振り返るが、誰もいない。
 風だけが、世界の表面をなぞっていた。
 それでも、残滓のような"気配"が肌に貼りつく。

「……いいさ」

 リュークは、わずかに笑って空を仰ぐ。

「見ているなら――刻め。
 この傷が、ここに在ったことを」

 風が裂け、雲が流れる。
 声は消えず、かすかな残響となって宙に留まった。
 ――それが、"記録の始まり"だった。


 次回:異端の村と、歪む扉
 予告:生き延びた先で、運命の扉が軋む。
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